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第27話「風邪でも相変わらず」

 がちゃ……。

 扉の開く音が小さく聞こえてきた。目を開けて部屋の入口の方を見てみれば、ちょうど一真君が部屋に入ってきていた。

「あ、悪い、起こしたか?」

 申し訳なさそうに謝る彼。今までそんな姿を見た事がなかったから意外に思ってしまった。

「別に、そんなことないですから、気にしないでください」

 そう言えば、一回、目を覚ました時もこんなやり取りをしてたような気がする。あの時はだるくて意識がぼんやりとしていたからよく覚えていない。あのとき、彼はこんなふうに申し訳なさそうにしていただろうか。

「本当か?お前、って自分のことはどうでもいい、とか言うくせに他人には気を使ってばっかりだから、あんまり信用できないな」

 ため息まじりに言われる。

「私は、別に他人に、気なんて、使ってないですよ。ただ、私なんかが、他人に迷惑をかけるわけには、いかない、って、思ってる、だけです」

 そう言った瞬間に彼に頭を弱く、触ったのとほとんど大差ないような力で叩かれた。

「馬鹿か、そんなふうに思うなら死のうとすること自体やめろ。どれくらいのやつがお前のことを考えてると思ってるんだよ」

「……あなたに会ってなければ、誰も、私のことを考えなかった、はずです」

 そう、一真君に会う前は私のことを考えてくれるような人なんていなかった。

 学校では誰かと話すようなことなんて皆無に等しかったから、学校で私のことを考えている人なんて皆無だろう。両親は私のことなんてどうでもいいと思ってるのか、それとも実は考えてくれているのかどちらなのかさえもわからない。

 その中で、三柴先生だけは私のことを考えてくれていたのかもしれない。でも、そのときの私は三柴先生のことを知らなかった。

 だから、私が認識していた範囲内では彼に出会うあの瞬間まで私のことを考えてくれるような人はいなかった。

 それなのに、彼に出会ったときそれが変わってしまった。

「自分のことをそう言うふうに言うんじゃねえよ。それに、実際、今までいなかったんだとしても、今はいるんだ。今さらどうしようもないだろ」

 また、彼に頭を弱く叩かれる。

「……病人を、叩かないでください」

 彼の言葉に何を言い返さばいいのかわからなくてそう言うことしかできなかった。

「じゃあ、自分のことをどうでもいいみたいに言うのはやめるんだな」

 私の言葉が気に入らないような険のある返答だった。

「でも、だからって、それが病人を、叩いても、いい理由になんて、なりません、よ」

「手加減してやってるだろ。それでも不満なら、力一杯やるぞ?」

「そうやって、暴力で、訴えかけるようなことは、しない方が、いいと、思いますよ……」

 そこまで喋って一度、息を吐く。喋っただけのはずなのに、結構、疲れてしまった。

「大丈夫か?病人なんだからあんまり、無理して喋んなよ?」

「誰のせいだと、思ってるんですか。一真君が、私を叩いたり、しなければ、よかったんです」

「はは、お前にそんなことを言う権利はないな」

 何故か彼は笑いながら言った。

「なんで、笑うん、ですか」

「いや、お前がそんなふうに不満そうな顔をするのを初めて見たからな。お前が、そうやって感情を表情で出してくれたらこっちも安心できるんだけどな」

「どういう、ことですか、それは」

 彼の言いたいことがわからない。

「感情が表に出るってことは少なくとも感情が表に出てきてなかった時よりは生きている意味を感じてる、ってことだろ」

「別に、私は、そんなこと、思ってないですよ」

「いや、たぶんお前が気が付いてないだけだ。お前、意外と意地っ張りみたいだからな」

 それは、自分でも少し自覚している。でも、

「意地っ張り、でも、それくらい、気がつきます」

「それが、気がつかないもんなんだよ。意外とな……」

 彼の口調は何かを思い返しているようなものだった。

 そういえば、と思い出す。彼も一度、死にたいと思っていたことがあった、と言っていた。

「あの……」

「……なんだ?」

「えっと……。いえ、やっぱり、なんでも、ないです」

 なんだか聞きづらかった。そう思うのは一度死にたいと思ったことがあるからですか、とは。

「俺は、別に何を聞かれても気にしないぞ?まあ、お前が聞きにくい、っていうなら無理に言わなくてもいいけどな」

 彼は私に何を聞かれるのかわかっているのだろうか。それとも、ただ単に、本当に何を聞かれても構わない、と思っているのだろうか。

 それは、どちらにしろ彼はもう、死にたい、と思ったことに関して悩んだりしていない、ということだ。

「じゃあ、言わせて、もらいます」

「ああ、言ってくれ」

「…………お腹が、空きました」

 結局言えたのはそんなことだった。やっぱり、どうしても聞くことができない。

 私は自分が死ぬ、ということをそこまで重大なこととして捉えていない。死に方をこだわったりはするけど、その程度のことだ。

 だけど、彼は他人が死のうとするのを止めようとする人だ。そんな人が何を聞いてもいい、と言っても聞きづらいことに違いはない。

「……」

 何故か彼が私の顔をじっ、と見る。青色の瞳が私の心を覗こうとしているような、そんな感じを受けてしまう。それに居心地の悪さを感じた私は彼から目をそらしてしまう。

「あ、あの、なんです、か?」

「いや、別になんでもない。……腹が減ったんだよな。今からお粥、作ってやるけど、それでいいか?」

「あ、はい」

「じゃあ、ちょっと時間かかるかもしれないけど、待っててくれよ」

 彼が私から離れていこうとする。ゆっくりと離れていく彼の背中に何かを感じて、

「待って、ください」

 気がつくと、彼を呼び止めていた。

「どうした?」

「あ、えっと、その……」

 自分でもよくわからないうちに呼び止めてしまっていたのだから何かを言おうとしても言葉が思いつかない。

 それでも、なんとか言葉を紡ごうとして頭を働かせる。

「……あの、私も、一緒に行って、いいですか?」

 そうして思い浮かんだのがそれだった。

「横になってた方がいいぞ」

「……そこまで、ひどい、病気には、なって、ません」

「……はあ、わかった。でも、出来るだけ暖かい恰好はしろよ」

 ため息をつきながらも彼は私を抱き起こす。私はそのことに安堵のようなものを感じた。

 そして、気がつく。彼が部屋から出ていこうとしたとき私は少しだけ、不安を感じていた、ということを。

 どうして、そんなことを感じてしまったんだろうか。別に一人になったところで何かあるわけでもないのに。

 ……もしかして、風邪のせいで心が弱ってしまっているんだろうか。予想以上に風邪、というのは精神的なものも削ってしまうようだ。

 そんなことを考えながら私はベッドから立ち上がる。長時間、寝ていたせいか思ったよりも足に力が入らずふらついてしまう。

 彼はそんな私を支えてくれた。

「ありがとう、ございます」

「気をつけろよ。怪我されたら、面倒だからな」

 注意のような、そうじゃないようなことを言われる。

 とりあえず、彼に言われた、暖かい恰好をしろよ、という言葉に従うためクローゼットを開けた。

 そこにはたくさんの服があった。その中から目についた赤と黒のチェックのブラウスを取り、それを着る。

 これでいいかな、と思いクローゼットを閉じようとしたら、

「もう一枚くらい、着た方がいいんじゃないか?」

 後ろから、彼の声。私は彼の言葉に素直に従う。

 今度は黒色のカーディガンを選んだ。別に、今着ている服に合うから、とかじゃなくてさっきと同じでただ目についたからだ。私は服にこだわったりはしない。

 私はそのカーディガンを適当に羽織る。それから、クローゼットの戸を閉じた。

「じゃあ、行くか。階段で転んだりするなよ」

 彼は私の方へと手を差し出した。私は自然とその手を握っていた。

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