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第19話「あの人の妹」

「失礼しまーすっ!汐織先生、お昼ご飯、食べに来たよっ」

 お昼休みの始まるを告げるチャイムが鳴ってから数十秒後に元気な声とともに部屋の扉が開けられた。

 部屋の入口を見てみれば制服を着た一人の女の子が立っていた。

 栗色の大きな瞳が特徴的で髪は肩のあたりで切りそろえられている。それらが、彼女を幼げに見せている。だけど、私と同じくらいの年齢だな、とは思える。まあ、三柴先生が例外的なだけなんだろうけど。

 それよりも、なんだかどこかで会ったことがあるような顔つきをしている。どこだろうか。つい最近のことだろうけど、思い出すことができない。

「川里さん、こんにちはー。もう少しで、作り終わるから適当に座って待っててちょうだいー」

「うん、わかったっ。……あれ?知らない人がいる?」

 扉を開けて入ってきた人が私に気がつく。ちなみに、私は今、ソファーに座っている。

 別に、ずっと座っていた、というわけではない。十分くらい前までは三柴先生が料理しているのを手伝っていた。

 その時は、妙に作る量が多いな、と思っていた。もしかしたら一真君を呼んでいるのかも、と思ったりもしたけど、それでも多いくらいだった。

 でも、その謎が今解けたような気がする。たぶん、さっき来た人も加わるから多めに作ってたんだ。

「その子は、今日から私が面倒をみることになった子で、金崎千智さん、っていうのよー」

 三柴先生は料理を作りながらも女の子の方を向いてそう言う。

「へえ、そうなんだ。……はじめましてっ、あたしは川里かわさと麻莉まりって言うんだ」

 ソファーに座ったままの私の方へと小走りで近づいてくる。

「……初めまして」

 彼女の明るすぎるテンションについていけない。いや、でもそんなことよりも、ひとつ気になることがある。

「あの、あなたに愛理さん、っていうお姉さんはいますか?」

 彼女に名乗られてから気づいたのだけど、彼女の名字は愛理さんと同じ川里だ。

 川里がこの辺りで多い名字なのか、別にそうでもないのかはわからない。まあ、違ったら違ったでいいんだけど。

「うん、いるよ。あたしのお姉ちゃんに会ったこと、あるの?」

「はい」

「どこで会ったの?」

 彼女が私の顔を覗き込んでくる。なんだか興味津々といった感じだ。

 どこで会ったのか、というのを言うのは簡単だ。でも、小児科で会った、と正直に言っても不審がられて更に質問をされてしまいそうだ。なんで、小児科に行っていたのか、とか。

 一真君に連れてこられた、ということを言ったら色々と説明しなくちゃいけないだろうし、嘘を考えるのも面倒くさい。だから、ぼやかして言うことにした。

「仕事中の愛理さんに突然、話しかけられたんです」

 突然、ということ以外は嘘ではない。

「ああ、やっぱりそうなんだ」

 やっぱり?なんだか、ある程度答えが予測できていたみたいな言葉だった。

「……でも、お姉ちゃんが仕事中にも関わらずに話しかけたの、わからないでもないかも」

 麻莉さんが私の顔をじぃっ、と見つめながら呟くような声でそう言った。私に話しかけた、というよりも独り言、という感じだった。

 なんだか私は麻莉さんから愛理さんと同質のものを感じて少し距離を取る。

「あ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。あたしはお姉ちゃんみたいに見境がないなんてことないから。でも、あたしと恋人になりたい、っていうなら歓迎だよ!千智ちゃんみたいに可愛い子ならいくらでも」

 そんなことを言われても逆に警戒心しか現れてこない。

「川里さん、同性じゃなくて異性と付き合おう、というつもりはないのかしらー」

 三柴先生が二人分の料理を机の上に置きながらそう言う。

 私と三柴先生で作ったのはきのこのクリームリゾットだ。クリームのいい匂いが漂ってくる。

「可愛い男の子とならいいかな。当然、年はあたしと同じくらいで。……それよりも、汐織先生。あたしはまだまだ汐織先生と恋人になる気はまんまんだよっ」

「……私にはそんなつもりないわー」

 三柴先生はため息にも似たような声でそう言って調理台の方へと戻っていく。

 どうやら、三柴先生も麻莉さんに狙われてしまっているようだ。でも、なんでそんな人に昼食を出したりしてるんだろうか。

「そっか……。でも、いつでも大歓迎だから千智ちゃんも汐織先生も気が変わったら恋人になりたい、ってあたしに言ってねっ」

 強引ではないけど、諦めが悪い、というところは姉妹で共通しているようだ。できれば、二人が一緒にいる時に会いたくはない。

「絶対に気が変わることはないと思います」

「絶対に気が変わることはないと思うわねー」

 はもるということはなかったけど、三柴先生と私は同じことを言った。

「そんな、二人で同じこと言わなくてもいいのに……」

 本気なんだかよくわからないけど、落ち込んだような声になる。気の毒だとはこれっぽっちも思わなかった。

「……あれ?なんで四人分も用意してるの?」

 麻莉さんは三柴先生が更に二人分の料理を持ってきたことに気がついてそう言った。先ほどまでの落ち込んだような声はすでになくなっていた。たぶん、こういうことには慣れているんだと思う。

「もう一人来るのよー。別にかまわないわよねー」

 三柴先生は料理を机の並べ終えるとソファーに座った。スプーンはすでに準備してあるから、これで食べる準備は終わった。

「うん、別に大丈夫だけど、誰が来るの?あたしが知ってる人?」

「たぶん、知らないと思うわー。あなたとはクラスが違うしつい最近、転校してきたばかりなのよー」

「そうなんだ。……男の子?それとも女の子っ?」

 前半と後半で声のトーンが違った。どっちが彼女の望む答えなのか、というのは聞かなくても明白だ。

「それは―――。自分で見た方がいいわねー」

 その言葉の直後に部屋の入口の扉が開けられる音がした。私と麻莉さんは同時に扉の方を見る。

 そこにいたのは一真君だった。予想通りではあったけど、どうして三柴先生は彼が来るんだ、ってわかったんだろうか。決まった人しかここには来ないんだろうか。

「……なんだ、男の子か」

 あからさまにがっくりしたような声で言った。

「なんだ、はこっちの台詞だ。なんでお前は、俺の顔を見るなり落胆してるんだよ。つか、お前は誰だ?」

 麻莉さんの言動が気に入らなかったのか、初めて会うはずなのに彼の口調は攻撃的だった。

 私が初めて会ったときもあんまり穏やかな口調じゃなかった。でも、あの時も特殊な状態だった。普通に初めて会う人と相対する時はどんな喋り方をするんだろうか。

「あ、ごめんごめん。別にあなたが来たから落胆してたわけじゃないんだよ。ただ、まあ、あたしの希望と違ったからちょっと、ね。それで、あたしの名前だけど、あたしは川里麻莉、っていうんだ。初めましてっ」

 何を焦ってるのか麻莉さんの口調はどこか早口だった。一真君のことを怒らせてしまったとでも思っているようだ。

「川里?……もしかして、看護師の仕事をしてる姉とかいるか?」

「え?お姉ちゃんが看護師の仕事をしてるよ。なんで知ってるの?」

「俺の名前は上原一真だ。どこで働いてるかを知ってるならこれでわかるだろ」

 彼は質問に答えるのと自己紹介を同時に済ませるためにかそう言った。

「もしかして、あの上原小児科の先生の弟?」

「ああ、そうだ」

「そうなんだ。……」

 あとに続けて何かを言おうとしているみたいだけど、何故だかそれを言うのをためらっているようだ。

「……もう大丈夫、なの?」

「それは、いつの話だよ。つか、誰から聞いたんだよ」

「……お姉ちゃんから」

「そうか」

 一真君と麻莉さんがなんのことについて話しているのか全く分からなかった。私の隣に座っている三柴先生もわからないようで不思議そうな表情をしている。

 ただ、二人の声には共通して明るさ、というものがなくて暗さが見え隠れしていた。

 一真君に関して何があったんだろうか。不覚にも私はそのことが気になってしまった。

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