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第1話「嘘の弁解」

「で、もう一回聞くけどお前はこんなところで何してたんだ?」

 あの後、助けて欲しいとは頼んでいないのに助けてもらって、しっかりした地面を踏むことができている。この安定した足場が今は憎らしい。

 また私が落ちたりしないように、という配慮のためか私たちは崖の端から離れた所で向かい合って座っている。

 彼が持っていたコンビニの袋の中身が少し出てきている。そこにあるのはおむすびとかお弁当だった。ここで昼食を取るつもりだったんだろうか。それとも、今もそのつもりなのか。

 と、そんなことよりも彼の質問に答えないと。

 自殺をしようとしていた、と言ったら彼は怒るだろうか。今だって現に彼は怒っている。そして、私のあの姿は傍から見れば自殺をしようとしていたもの以外に見えるとは思えない。

 だから、彼は私が自殺しようとしていたことに怒っているんだと思う。確証は持てないけど、その確率が高いはずだ。

 だったら、どうするか。彼がどんなふうに怒るのか気になる気もするけど、出会ったばかりの人をわざわざ怒らせるようなことができるほど肝があるわけでもない。

「ここの景色が綺麗で、それを見てたんです」

 だから、嘘をつくことにした。いや、別に嘘でもないか。一応、景色は見ていたわけだし、その景色に目を奪われたりもしていた。

「本当か?」

「はい」

 何の躊躇もなく頷き返す。ここで返事に窮せば疑われるだけだ。

「じゃあ、なんで落ちそうになってたんだよ」

「海が綺麗だったからそれに見惚れていたら風が吹いてきて落ちそうになったんです」

 どこにも間違いはない。自分から落ちようとしていた、という結構大事な部分が抜けてしまっているけど。

「……その割には平静を保っていられるんだな」

 彼が少し冷たい瞳でこちらのことを見てきている。少し皮肉のように聞こえた。

 たぶん、彼は私が自殺をしようとしていたのに気が付いているんだと思う。彼が鋭いのか、それとも私の行動が露骨だったのか。

「私、あんまり驚いたりしない性格なんですよ」

 彼が気が付いているとわかっていてもなお嘘をついた。なんだか、今さら自殺をしようとしていたことは言いづらかった。

「ふーん……」

 彼は疑わしげに私のことを見てくる。信じていない、というのは明白だった。

 だからといって彼を納得させるための努力をしようとは思わなかった。恐らく、彼との出会いはこれが最初で最後なのだ。わざわざ納得させる必要も意味もない。

 彼は私の顔をじっと見てくるだけで何かを言ってこようとはしない。彼が何を思って私のことを見ているのかはわからないけど、私もじっと彼の顔を見てみる。私が死のうとしたのを止めた余計なことをする人を。

 顔は、結構整ってる方だと思う。モデルになれるくらい、とまでは言えないけど、標準よりは上だと思う。まあ、興味がないからよくわかんないけど。

 それと、私の方を見つめる瞳の色が青色だということに今頃になって気がついた。顔のつくりが日本人だから瞳の色が違う、ということに気がつくと少し違和感を感じた。ハーフ、なんだろうか。

 そんな風に、彼が私のことを見つめる以上に彼をじぃっ、と見ていたら不意に、くー、と私のお腹が小さく音を立てた。

 反射的に私は自分のお腹の方を見てしまう。そういえば、今はお昼御飯の時間だ。死ぬ事ばかりを考えてたからお昼をどうするかなんてこれっぽっちも考えてなかった。

 お金は持ってない。けど、お腹が空いていることくらいなら我慢できる。

 それよりも、これからどうしようかな。私はこの場所が気に入ったから死ぬならこの場所がいい。だけど、今は私を助けた男の子がいるからそんなことはできない。

 うーん、どうしようか……。

 そんなふうにこれからのことを考えていると、

「おい」

 と、声をかけられた。この場には彼と私しかいない。だから、呼ばれたのは私だというのはすぐにわかった。

 まあ、そんなこと以前に私は反射的に顔を上げていたんだけど。

 そして、視界に何かが入ってきた。突然のことに驚きながらも私はそれをどうにか受け取る。

 どうやら、彼が私に向って何かを投げてきたようだ。私は受け取ったそれがなんなのかを確認する。

 それは、彼が持ってきた袋の中に入ってたと思われるビニールに包装されたおにぎりだった。表には鮭、と書いてある。

「あの、これは?」

 私にくれる、ってことなんだろうけど、一応聞いてみる。もしかしたら、怒っているから私にぶつけるつもりで投げてきたのかもしれないし。

「それ、お前にやるよ」

 ぶっきらぼうな口調でそう言われた。

「あの、でも、あなたの食べるものが……」

 死のうと思っているのに人から食べ物を貰うことが何故だかとても悪いことのような気がした。

「そんなもん気にすんな。どうせ、あんまり動かないんだ。少し食べれば普通に我慢できる。……つか、それだけじゃあ足りなさそうだからもう一つやるよ」

 彼がまた包装紙に包まれたおにぎりを投げてきた。

 それを両手でどうにか受け取って表を見てみた。今度のは昆布のようだ。

「え、えっと……」

 意外な彼の優しさに戸惑ってしまう。何を言うべきなのかよくわからなくなって、結局簡単に一言だけ言った。

「ありがとう、ございます」

 気がつけば自然に頭まで下げていた。そんな私に対して彼はやっぱり「気にすんな」、と言うだけだった。

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