第18話「第二指導室」
「ここが、第二生徒指導室よー」
三柴先生に案内されたのは教室よりも一回り大きくらいの部屋だ。中央と壁際にそれぞれ一つずつ机が置かれている。中央の机には向かい合って座れるようにソファーが置いてあり、もうひとつの机には何かの書類が綺麗に整理されて置かれている。そこにはキャスター付きの椅子がある。そう言ったものに加えて、冷蔵庫や本棚、そして、極めつけにはコンロや調理道具、流し台まである。なんだか、このままここで暮らすことができそうだ。よく見てみると部屋の端の方に観葉植物してか何かの植物が置かれているけど、もはやどうでもよかった。
「先に言っておくけど別に私はここに住んでいるわけじゃないのよー。家に帰りたくない、っていう子がいてもいいように、って準備してあるのよー。でも、今までそんなことはなかったのよねー」
そう言いながら三柴先生はキャスターの付いた椅子に座った。
「金崎さん、立っていないで座ったらどうかしらー」
そう言われて私はソファーの方に座る。
一真君は今この場にはいない。彼はここに来るまでの途中で本鈴が鳴ってしまったので急いで教室へと向かっていった。
私が学校に行くのを拒んで抵抗したりしたせいで思ったよりも時間が過ぎてしまっていたようだ。
私と一緒にいたのは彼の勝手だけどそれでも、私が迷惑をかけた、というのには変わりはない。彼は、遅刻していないだろうか。
どうせ、私は命を捨ててしまうのだ。そんな私が誰かに迷惑をかけるなんてこと、したくない。そんなのは私は望まない。誰にも気に掛けられず静かに消えてしまいたい。今ではそう思っている。
それに、私が迷惑をかけているのは彼だけではない。美沙都さんに、愛理さん、そして、今一緒にいる三柴先生にも迷惑をかけている。
なんで皆、私を助けようとするんだろうか。私は助けてほしくないって、放っておいてほしいと思っているのに。それに、私を助けたところで何か利点があるとも思えない。
「金崎さん、何か、考え事をしているみたいねー。何を考えているのかしらー?」
「……なんで、先生や一真君みたいな人が私の周りにはたくさんいるのかな、って考えてたんです。なんでですか?」
「私や上原君みたいなの、ってどういう人かしらー。それを教えてもらわないことには答えようがないわー」
「私が自殺しようとするのを止めるような人です。私は止めてほしくなんてないのに、なんでですか?」
三柴先生の顔を見ながら聞く。
別に私はその理由を聞いたからといってどうこうするつもりはない。ただ、私の邪魔をするその理由を、知りたいだけだ。理由がわかれば、その理由を消すことができるかもしれない。
「なんで、と言われても私にはわからないわねー。金崎さんを止めようとする、それぞれの人がそれぞれの理由を持っているんでしょうからー」
当たり前のことを言われた。一番わかりやすくて、一番消すことが難しい理由。それぞれが違う理由を持っているのは当たり前だし、理由が違うとなればそれを消す方法は全て異なってしまうからだ。
「……じゃあ、先生は何で私を止めるんですか」
疑問の言葉に拒絶の意志を少し混ぜ込む。
「これが私の仕事だから、というのが理由ねー」
意外にも普通の理由だった。むしろ、普通だったからこそ、腹立たしい。つまらないから死にたいと思っていたのに、つまらない理由なんかで止められたくなんかない。
「でも、それだけじゃないわよー。自分よりも若い人には死んでほしくない、という思いもあるわよー」
私とほとんど変わらない年齢の見かけをしている人にそんなことを言われても説得力のかけらもない。それに、その理由もありきたりなものだ。
つまらないから死のうと思っている私への当てつけだろうか。
私はゆっくりと顔を俯かせた。もう、話を聞く価値もない、という意思を見せるために。
「―――でも、本当の理由は、あなたへの興味からかしらー」
それは、意外な言葉だった。なんで、私なんかに興味を持つんだろうか、ただ、私を止めるための言葉なんじゃないだろうか。
そんな不審と疑問がごちゃごちゃになったまま私は顔を上げて、聞く。
「なんで、私なんかに、興味を持つんですか」
「まあ、それは金崎さんの性格が特殊なものだからよー。あなたは死にたいと言っているし、いじめを受けてもいるわー。だけど、あなたはそれが死にたいと思う理由ではないといっているわー。なら、その理由とはなんなのかしらー?私が思いつかないような理由で死のうと思うあなたの性格はどんなものなのかしらー? という興味を持ったのよー」
今、三柴先生の顔に浮かんでいるのは目の前の謎へと挑んでいくような人間の表情だった。それも、子供が何も知らないことへと挑むというものではなく、科学者が自分の得意分野でわからないことがありそれを解明したいというものに近い。
「じゃあ、先生が私の性格がどんなものかわかったら私が自殺をしようとするのを止めるのをやめるんですか?」
「それはないわねー」
即答される。でも、そう言われることはなんとなくわかっていた。この人も一真君同様に諦めさせるのは難しそうだ。
「あなたの自殺を止めただけではあなたの性格はわかりそうにないわー。止めたその先のあなたにも興味があるのよー」
「……具体的にはなんですか」
「それは、秘密よー。まあ、いつか機会があればゆっくりと話してあげるわー」
三柴先生は彼女にはあまり似合わない大人っぽい笑みを浮かべるとそう言ったのだった。