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第17話「彼女の弟」

「初めまして。姉さんから聞いてるかもしれないけど僕は三柴みしば洋介ようすけ、っていうんだ」

「はい……。初めまして、洋介さん……。私は金崎千智です……」

 洋介さんの自己紹介に私はそんな疲れ切った声を返す。

 それでも、私は洋介さんの姿を見る。

 年は二十代の前半と後半の間くらいだと思う。柔和な顔立ちをしていてどことなく三柴先生と似通った部分がある。仕事に行く途中なのかスーツを着ている。だけど、その顔立ちのせいか堅苦しくは見えない。

 三柴先生と並んでいるのを見ると、姉と弟、というよりは兄と妹、というふうに見える。たぶん、今まで何人もの人にそう言われてきただろうから私は言わないことにした。言ったところで意味のあることでもないし。

「なんか、君、朝から疲れきってるみたいだね。……あ、ここ、髪、はねてるよ」

「先生に、無理やり着替えさせられたんです……」

 私は洋介さんに指摘された部分を手櫛で直しながら答える。

「姉さんは意外と強引だからね。……で、君はどんな問題を抱えてるのかな?」

 洋介さんは少し体をしゃがませて私と視線を合わせる。

「まあ、答えたくなければ答えなくてもいいよ。どうせ、僕は姉さんの手伝いをすることでしか君と関わることはないと思うからね」

 最後に私に微笑みかけて姿勢を元に戻す。答えたくないです、というつもりだった私は拍子抜けしてしまう。

たぶん、この人は三柴先生が関わった生徒と今まで何度も関わってきたのかもしれない。だから、この人は深く関わらないことに慣れている。

「二人とも自己紹介、終わったわねー。さ、洋介、学校までよろしく頼むわねー」

 三柴先生は私と洋介さんの自己紹介が終わると真っ先に家の前に止めてある洋介さんのだと思われる四人乗りの車へと向かっていった。洋介さん、一真君もそのあとへと付いていく。

 二人は自己紹介をしなくてもいいんだろうか。あ、でもよく考えたら一真君は外で待ってたんだから先に自己紹介くらいしてるか。私と三柴先生が外に出た時には話をしてたし。といっても、主に洋介さんが話しかけてたみたいだけど。

「おい、千智。なに立ち止まってんだ。早く来いよ」

 私がついてきていないことに気がついた一真君がこちらを振り向く。

 一瞬、この場を走って逃げようか、という考えがよぎった。だけど、向こうには車がある。だから、逃げるのは無理そうだ。それに、逃げる元気もない。

 仕方なく私は家の扉に鍵をかけて洋介さんの車のほうへと向かう。

「じゃあ、上原君と金崎さんは後ろの席に座ってくれるかしらー?」

 私が車の近くまで来たところを見計らって三柴先生が補助席に乗り込みながらそう言う。

 私は補助席側から、彼はその反対側の運転席側から席の後ろに乗り込む。洋介さんは私のことを待つことなくすでに運転席に座ってハンドルを握っていた。

 扉を閉めると、洋介さんが車を発進させる。

 誰も話をしようとしない。だから車の中はエンジンの音が聞こえてくるくらいで静かなものだ。

 普段は歩いて通っていた場所をその普段の何倍もの速度で進んでいく。ただそれだけのことだけど、私は少しだけ新鮮さを感じていた。



 十分と少しで学校についてしまった。その間、会話は一切なかった。一度くらい誰かが話しかけてきてもいいような気がしてたから変に気を張っていたんだけど、それも無駄だったようだ。

「それじゃあね、姉さん、一真君、千智ちゃん」

 私たちを学校の敷地内に降ろした洋介さんは短くそれだけ言うと車を走らせて行ってしまった。あんまり話をする機会がなかったからいまいちどんな性格の人なんだかわからなかった。けど、先の短い私にとっては彼がどんな人であっても関係のないことだ。

「じゃあ、私専用の第二生徒指導室に行くわよー」

 三柴先生は第二生徒指導室とやらに向かうためか校舎に向けて歩き出そうとした。だけど、それを一真君が止めた。

「は?第二、ってなんだよ。生徒指導室なんてひとつで充分だろ」

「そういうわけにはいかないのよー。金崎さんには一度話したのだけれど、この学校には二人の生徒指導がいるのよー」

 三柴先生は足を止めて一真君のほうに体を向ける。

「別に二人いたっておかしくはないだろ?」

「いやいや、それだけじゃないのよー。二人の生徒指導、っていうのは私と春川先生になるのだけれど、それぞれ担当が違うのよー。春川先生は暴力的で問題を起こしやすい子の指導をして、私は暴力的ではないけれど問題を起こす子の指導と、あとカウンセラーの真似事みたいなことをしているのよー」

 私に言ったのとほぼ同じことを言う。

「それで、私の担当してるカウンセラーの方だけど、カウンセラーは一対一でやるのが普通でしょー?だから、そのための部屋なのよー。誰も来ないけど、緊張しないように適度な雑音が入ってくるのよー。それに、私しかその部屋の鍵を持ってないから私が学校にいない時は誰も入れないのよー」

 そう言いながら三柴先生はポケットの中から鍵を取り出した。それが先生の言う部屋の鍵なんだろうか。鍵を見ただけでそれがどこの鍵なのか知る術なんてあるはずがないので本当にそうなのかはわからないけど。

「ふーん、そうなのか」

「なんだか反応が薄いわねー」

「いや、だって特に驚くところも感心する所もないだろ。まあ、学校側がよくそんな部屋を用意してくれたな、とは思うけどな」

「特別に用意してくれた、というわけではないわよー。あまってたから勝手に使わせてもらった、という感じねー。でも、鍵の方は学校の方に掛け合ってこれ一つだけにしてもらったのよー」

 それでもやっぱりすごいことなんじゃないだろうか。いや、でも使われてない部屋だ、って言ってたから意外と簡単だったんだろうか。

「と、言っても案外すんなりと通ったから苦労なんてなかったのよねー。学校側は真似事でもいいから常時、学校にいるカウンセラーが欲しかったのかしらねー」

 それが本当のことなら三柴先生は学校にその力を認められている、ということだ。まあ、三柴先生の憶測だから本当にそうなのかわかんないけど。

「まあ、そんなこと、どうでもいいわねー」

 そこで話すことがなくなったのか、それとも私と彼がほとんど反応を返してくれないからつまらなくなったのか、三柴先生はそこで話をやめてしまう。

「早く、私の部屋に行くわよー。あ、上原君はどうするのかしらー?」

「ついていく。大丈夫だとは思うけど千智を放っておくことはできない」

「上原君は心配性ねー。それとも、金崎さんを守れるのは自分だけだ、とでも思ってるのかしらー?」

「……ただ単に、千智が自殺しようとしてるのを何回か止めたから、今さら投げだせない、ってだけだよ」

 何故か少し言い淀んでからそう言った。

「そう、上原君は責任感が強いのねー」

 そして、三柴先生は対照的に何故かどこか楽しげな表情を浮かべてそう言った。

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