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第16話「死にたい理由は二人だけのもの」

「金崎さん、学校はどうするのかしらー?」

 朝食の後片付けが終わり、一真君が学校に行くのに必要な荷物を取りに行ってから少しして三柴先生がそんなことを聞いてきた。

「行かないに決まってるじゃないですか」

「やっぱりそう答えるのねー。……でも、それは聞き入れられないわねー。授業を受けろ、とは言わないけど学校には来てもらうわよー」

「それでも嫌です」

 三柴先生の言いたいことはわかる。むしろ、わかるからこそその言葉に従おうとは思わない。自殺をする、そのことをやめる気なんて全然ないのだから。

「何が何でも来てもらうわよー。あなたを一人にするのってかなり不安なのよねー」

「私は何が何でも行く気はないですから。先生一人で行ってください」

「うーん、上原君に引っ張っていってもらうしかないかしらねー。または背負っていってもらうかねー」

 何にしろ彼の力で私を無理やりにでも学校に連れていきたいようだ。

「……金崎さん、本当に授業に出なくてもいいのよー。ただ、私と同じ部屋にいればいいのよー。まあ、希望があれば私が教えてあげるけれどねー」

「だから、私は行きたくないって言ってるじゃないですか」

「お昼ご飯も出してあげれるわよー?」

「……三柴先生は学校で何をしてるんですか?」

 料理でもしてるんだろうか。既に調理したものを買ってくる、といったような言い方ではなかったし。

「主にはあなたみたいな暴力的ではない不良の指導とカウンセラーの真似事をしてるわねー。暴力的な子の指導は春川先生に任せてるわー。まあ、あなたみたいな子、っていうのは暴力的な子に比べたら少ないのよねー。私に相談事を持ち込んでくる人も少ないのよー。だから、暇がある時はちゃんと授業をしてるわよー」

「そうなんですか」

 そうとしか答えようがない。

「そういえば、今まで上原君がいたから聞くことが出来なかったんだけれど聞いてもいいかしらー?」

 相変わらず間延びしているけど改まったような口調で言う。

「何を言われるかもわからないのに聞くか聞かないかなんて判断できないですよ。言いたければ勝手に言ってください。聞きたくなければ無視しますから」

「それもそうねー。じゃあ、勝手に言わせてもらうわー。……金崎さんが自殺しようとしているその理由はいじめられていたことが関係してるのかしらー?」

 どうしてそのことを知ってるんだろうか。……もしかして、事前に私のことについて調べてたんだろうか。まあ、知られてたからと言って何か問題があるわけじゃないけど。

「それは、別に関係ないですよ。それがあろうと無かろうと私は自殺することを選んでたでしょうから」

 躊躇なく、淀みなくそう答える。私が死にたいと思った理由はそんな他人によって作られるようなものではない。つまらない、そんな簡単なことが私が死にたいって思った理由。

 だけど、私はそう思うだけで絶対に口にはしない。誰にその理由を聞かれようとも。だけど、私があの崖から身を投げた瞬間に私の腕を掴んだ彼にだけは教えてしまっている。

 あの時はその場の雰囲気で答えざるを得なかった。彼のあの青い瞳から逃げることが出来なかったから。

「じゃあ、あなたが死にたいと思っているその理由はなんなのかしらー?」

 三柴先生はそう問いかけてくる。私は彼女の瞳を見る。

 少し茶色がかかっているけど日本の中ではよく見る黒色の瞳。あの時の彼の瞳のような私を捕える不思議な力はなかった。だから、

「なんで、それを先生に言わないといけないんですか」

 そう言って答えることを避けた。

「それなら、上原君はあなたが死のうとしている理由を知っているのかしらー?」

「私は話してないから知らないと思いますよ」

 真実を知っている人しか気づくことのできない嘘を吐く。この嘘を見破ることができるのは私と彼だけだ。

「……そう。でも、あなたが嘘をついていることがあるかもしれないから上原君に直接聞いてみるわー」

 どうやら、私の言葉を信用していないようだ。自殺をしようとしていた人と話したことがあったみたいだからその経験からかもしれない。私の、自殺しようとしている人に対する印象は嘘をつく、というものだ。

 まあ、一般的なのは私みたいに自殺を止められたいからじゃなくて、周りに心配をかけたくないからなんだろうけど。

 そのとき、玄関の方から扉を開ける音が聞こえてきた。どうやら、一真君が戻ってきたようだ。

「あら、ちょうどよく帰ってきたわねー。じゃあ、早速聞いてみましょうかー」

 その言葉を聞いた途端、私は玄関の方へ向けて走っていった。

 そうすることが、私が嘘をついている、という証明になるけど、どうせ三柴先生が彼にそのことを聞けばすぐにわかってしまうことだ。だったら、ここで彼の口を塞ぐなどして喋らさなければいい。

 彼はまだ玄関にいて靴を脱ごうとしている。今なら引っ張ればそのまま連れていくこともできるかもしれない。けど、私が靴を履いてる暇がなさそうだからそれは出来そうにない。裸足で外を走ることができるように鍛えてなんかない。

 だから、彼が靴を脱いで家に上がったところを狙ってこちら側に引っ張って転ばすことにした。

 そう決めたときにはすでに彼との距離は後一、二歩で手が届くほどの距離となっていた。走ったまま私は手を伸ばして彼の服をつかもうとした。

 だけど、避けられてしまった。しかも、今になって気づいたけど走っていって足をどう止めるのか考えていなかった。

 当然、自然に足が止まるはずもない。しかも、予想外なことに足をもつらせてしまい転んでしまいそうになる。

 けど、転ぶことはなかった。何故ならすでに家に上がっていた彼に腕を掴まれたからだ。けど、体はまだ傾いたままで彼がこのまま私の腕を離してしまえば私は倒れてしまう。

 私が飛び降りて彼に腕を掴まれた時のことを思い出した。

「お前は、何をやってるんだよ」

 彼は呆れたようなため息をつきながらそんなことを聞いてきた。

「あなたに言われたくないことがあったから口止めしようとしたんです」

 無理な姿勢のままで答える。そろそろ、腕が痛くなってきた。

「は?言われたくないことってなんだよ」

 当然ながら彼は私が言われたくないことなんてわかっていない。だから、それを説明するために口を開こうとすると、

「あなたが死にたいと思ったその理由を言われたくないのよねー?」

 三柴先生の声が後ろから聞こえてきた。私は振り返ろうとした。だけど、

「うわっ!」

 彼が倒れそうになって私の腕を引っ張った。その結果、私と彼は床の上に倒れてしまう。そして、彼は私の下敷きとなる。

「お前はもうちょっと考えて動けよ……」

 怒鳴られるかと思ったけど意外にも今にもため息をつきそうな声だった。もしかしたらあの状態では仕方ない、と思ったのかもしれない。あくまで私の勝手な想像だけど。

「それで、上原君、聞かせてもらうけどあなたは金崎さんが死のうとしている理由を知ってるのかしらー?」

 三柴先生はこっちまで近づいてくるとその場にしゃがんで彼の顔を覗き込む。

「まあ、知ってることは知ってるな」

「じゃあ、それを私に教えてくれるかしらー?」

 このままでは言われてしまう、と思った私は彼の口を塞ごうとした。だけど、その前に彼の青い瞳がこちらに向いた。それが意外なことだったから私は動きを止めてしまう。

「お前は言ってほしくないんだよな?」

「え?……はい、絶対に言ってほしくないです」

「……わかった。なら、俺は言わない」

 彼はそう言ってからしゃがんでいる三柴先生の方を見る。

「ということだ。俺の口からは言えないな。どうしても聞きたいんならこいつから直接聞き出してくれ」

 彼の意外な言葉に私は戸惑ってしまう。

「……そう、わかったわー。まあ、今は無理そうだから今度にさせてもらうわー」

 だけど、三柴先生は納得したようでゆっくりと立ち上がる。私は思わず、三柴先生の顔を見上げてしまう。

「なんだか不思議そうな顔をしてるわねー。私は無理やり人から何かを聞き出そうとしたりしないわよー。急がば回れ、これが私の信念の一つよー」

 三柴先生は笑顔でそう言った。というか、信念の一つ、ということは別の信念もある、ということだろうか。

 考えこみそうになったところで、

「……お前は、いつまで俺の上に乗ってるつもりだよ」

「あ、ごめんなさい」

 下から聞こえてきた彼の言葉に素直に従って私は彼の上からどける。それから、そのまま私は床の上に座る。

「今日は素直にどけるんだな」

 彼がそう言いながら立ち上がる。三柴先生はいつの間にかこちらに背を向けてリビングの方へと戻っていっている。

「だって、今はもうそんなことをする理由がないですから」

 どうやっても彼に敵いそうな気もしないし。

「まあ、それもそうだな。……で、今日は学校、どうするんだ?」

「行かないに決まってるじゃないですか。なんで死ぬつもりがあるのに学校になんて行かないといけないんですか」

「近くにいないと不安だからに決まってるだろ。まあ、学校が嫌だって言うなら姉さんの所でもいいけどな。……とりあえず、お前を一人にはしておけない」

 じっ、とこちらを見下ろしてくる。

「どっちがいいんだ?学校に行くのと姉さんの所に行くの」

「どっちも嫌です。一人にしてください」

 下から彼のことを睨みつける。そして、この場から立ち上がらないのは絶対に動かない、という意思表示だ。

「それは却下だ。選べないなら学校まで引きずってくぞ」

「できるものならやってみてください」

 ここから学校までは引きずっていくには長い距離だろう。だから、その間に確実に彼の体力は尽きて私が逃げる隙もできるはずだ。

「今、車を呼んだから車に入れさえすれば簡単にできるわよー」

 リビングに行っていたはずの三柴先生が戻ってきていた。

「車を呼んだ、ってどういうことだよ」

 私の方を見ていた彼が三柴先生の方に振り向く。

「私の弟を呼んだのよー。あ、金崎さん、電話、勝手に使わせてもらったわねー」

 笑顔でそんなことを言う。

「勝手に使わないでください」

「さあ、洋介が来る前に準備をしないといけないわねー。上原君、金崎さんが逃げないように見張っててくれるかしらー?」

 三柴先生は私の非難の言葉は無視して彼にそんな指示を出す。というか、洋介、というのは誰だろうか。三柴先生の弟の名前だろうか。

「あ?おい、あんたは何するつもりだよ」

 彼は三柴先生のことを呼びとめようとしたけど三柴先生はそのまま二階へと上がってしまう。

「何がしたいんだ?あの先生は」

 彼は私の方を見てきたけど私がわかるはずもなく首を傾げるしかない。

「まあ、わかるわけないよな」

 彼ははあ、とため息をつく。それから、私たちの会話は途切れてしまう。

 今すぐにあの場所に行こうか、と考える。だけど、今の状態では外に行くのでさえ無理だと思う。たぶん、立ち上った途端に彼に止められる。

 私は、立ち上っていなかったことを後悔した。もし、立ち上っていたのなら逃げることが出来たかもしれないからだ。

 でも、よく考えてみればすでに彼にはどこに行くのか知られてしまっている。だから、いくら彼から逃げても結局は先回りされてしまうと思う。

 死ぬ場所を変えればそんなことはないんだろうけど、それをしないのは今まで何度も思ったようにあそこで死にたい、と思ったからだ。あの場所で太陽が見える、その時に。

 と、三柴先生が階段を降りる音が聞こえてきた。

「お待たせしたわねー」

 その言葉と同時に三柴先生の姿が視界に入ってきた。

 三柴先生の手には私の通う学校の鞄があり、腕には制服が掛けられていた。

「あの、先生、何を―――」

「さ、上原君は外で私の弟が来るのを待っててくれるかしらー。あ、でも私の弟が来たからと行って家の中に入ってきたら駄目よー。私がこの子を着替えさせてるからねー」

 三柴先生は私の言葉を遮って彼にそう言った。まあ、私が聞きたいことはその言葉に含まれていたから、いいか……。

 って、いいわけがない。着替えさせる、という三柴先生の言葉に私は身の危険を感じる。

 その危険から逃れる為に逃げようとした。だけど、

「あら、金崎さん、逃げたらだめよー」

 妙に楽しげな表情を浮かべた三柴先生に両肩を押さえられてしまって立ち上がることが出来なかった。

「……じゃあ、俺は外に出てるな」

 そう言って彼は扉の方へと行ってしまう。

「あ、ちょっと待ってください……っ!」

 私は割と切実な思いで彼を止めようとした。だけど、彼は気がつかなかったのか、それとも無視したのか立ち止まることはなくそのまま外に出てしまった。

「さ、邪魔者はいなくなったわねー」

 物凄く楽しそうな表情を浮かべている。先ほどよりも更に身の危険を感じる。

「あの、先生?」

 なので、思わず呼んでしまう。このまま流されてはいけない、と思って。

「なにかしらー?」

「……自分で着替えるので離してもらえませんか?」

 私は制服を着てもマイナス要素はないから別に着てもいいと思っている。むしろ、この状況だと着る、という選択肢しかない。そして、その選択肢からは二つの選択肢が生まれるはずだ。私が自分で着替えるか、三柴先生に着替えさせられるか、だ。

 私は当然、前者の方がいい。そして、前者がいいと思ったから彼女にはそう言った。

 だけど、選択肢が二つあると思っていたのは私だけだったようで、

「それは駄目よー。金崎さん、逃げちゃうかもしれないじゃないー。……流石にあなたも服を脱がされた状態で逃げようとはおもわないでしょー?」

 そう言う三柴先生の顔に浮かんでいるのは嗜虐的な笑み。

 その時、私は本気で思った。自殺をするためではなく、危険から離れるために逃げたいと……。

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