前編
書いていてとても楽しかったです。どうぞお楽しみください。
12月20日。小学校の終業日。5年生の今田剛太は2学期最後の掃除だというのに悪友たちとほうきを刀にしてチャンバラ遊び。女子に文句を言われてクラス委員の菅原道雄くんが注意しました。
「君たち。まじめに掃除したまえ」
ゴウタは勉強ができて女子に人気の道雄くんが日頃から気に入りません。
「おりゃあ」
ほうきの刀でバッサリ斬りましたが、道雄くんはシラッとして無反応。
「ノリの悪い奴だなあ」
ゴウタもしらけてしまいました。
「勉強ばっかして、つまらねえ奴」
道雄くんは冷たい目で言いました。
「君こそ、そんな悪い子だとクリスマスイブには黒いサンタがやってきて、オモチャじゃなく勉強道具をプレゼントしていくよ」
ゴウタはそれを聞いてポカンとして、仲間といっしょに大笑いしました。
「黒いサンタあ〜? おまえ小5にもなってサンタクロースなんて信じてんのかよ? バッカじゃねえの?」
仲間たちとギャハギャハ大笑い。道雄くんもさすがに赤くなって、ちょっとムキになって言いました。
「ああ、そうだよ。サンタクロースはいるよ。悪い子の君たちのところには来ないだけだよ」
「そうでーす、ボクたち悪い子で、サンタクロースさんは来てくれませ〜ん。え〜ん」
また大笑い。怒ってぷるぷる震えている道雄くんを女子たちまでおかしそうにクスクス笑いました。
「いいよいいよ。まったく君たちはどいつもこいつも。サンタクロースが来たことがないなんて、なんて気の毒な子どもたちだ」
道雄くんは怒って一人でさっさと掃除を進めました。女子たちは悪がっていっしょに掃除をしましたが、ゴウタたちはまたチャンバラを始めて、けっきょく最後まで掃除を手伝いませんでした。
その夜です。
ゴウタはひどい成績表のせいでお母さんにみっちり説教をされていました。
ピンポーン、とチャイムが鳴りました。
「こんな遅くに誰かしら?」
お母さんはブツブツ言いながら玄関に出ました。
「はい、どなたです?」
厚いガラス越しに黒い影が立っています。
「夜分遅く失礼します。わたくし『科学教材社』の販売員でございます」
「セールスマン? なんだか知らないけどけっこうです」
「そうおっしゃらず。お子さん、剛太くんのためにとてもよい商品を用意してまいりました」
お母さんはセールスマンがゴウタの名前を知っているのに驚いて怪しみました。
「どこでうちの子の名前を知ったんです?」
「これは失礼。こちらにうかがったのは菅原道雄くんのご紹介です」
戸の陰からそっと覗いていたゴウタは道雄くんの紹介と聞いて『あのヤロウ、よくも余計なことをしやがって』と思いました。
「菅原さんの紹介じゃしょうがないわね」
お母さんは優等生でクラス委員の道雄くんの紹介なので仕方なく鍵を開けて戸を開いてやりました。
途端に、
ビュオオオー・・
と、冷たい風が吹き込んできて、お母さんもゴウタもブルッと震え上がりました。
「こんばんは」
どっしりとした大きな男で、真っ黒な頭に真っ黒な硬いひげをモジャモジャ生やし、真っ黒な背広に真っ黒なズボンをはき、真っ黒な四角い箱を持っていました。
ちょっとびっくりしたお母さんは、慌てて
「さあ入ってください。寒いわ」
と言って、黒いセールスマンは「失礼します」と言って玄関に入り、戸を閉めました。こっそり見ていたゴウタはなんだかひどくまずいものを家に入れてしまったような気がしました。
「わたくし、科学教材社の黒岩三太郎と申します」
と、黒い男はお母さんにていねいに名刺を渡しました。
黒岩三太郎・・・黒いサンタクロース!
ゴウタはまさかと思いながらちょっと怖くなりました。
「こちらの商品なのですが」
と黒岩三太郎は四角の黒い箱をガタッと上がりがまちに置きました。
「ええ、ちょっと」
お母さんは黒岩三太郎が運んできた冷気にガチガチ震えました。
「ここじゃなんだから、部屋に」
「そうですか。それでは失礼します」
黒岩三太郎は靴を脱いで廊下に上がってきてしまいました。ゴウタは慌てて部屋の中に引っ込みました。黒岩三太郎はお母さんに案内されて部屋の中に入ってきました。
「やあ、あなたが剛太くんですね。なるほど、道雄くんの言っていたとおりとても元気そうな男の子だ」
黒岩三太郎は定規で引っ張ったみたいなまっすぐな目をニッと笑わせました。ゴウタはゾゾ〜っと背筋が寒くなりました。
「さてこちらの商品がわが社の人気ナンバー1、『ブレイン・リフレッシュ・ドリーム・マシーン』です」
三太郎が黒い箱から大事そうに取りだしたのは、角の生えた、丸いマンガの顔をしたトナカイの首でした。
お母さんは不思議そうにそれを見ました。
「あら? これ、お勉強道具なんですの?」
「いえ、眠っている間に勉強のできる頭にする画期的な商品です」
「ふう〜ん・・」
お母さんはうさんくさそうにそのトナカイの顔のオモチャを見て、端っこに突っ立っているゴウタを冷ややかな目で見て言いました。
「寝ている間にお勉強のできる頭になったら、そりゃあいいわねえー」
ゴウタはそんな便利な道具があるわけないじゃないかと思いました。三太郎はゴウタの疑わしそうな目を見てニヤッと笑いました。ゴウタはまたゾッとして、この大きな男が怖くて仕方ありませんでした。
「ただいまー」とお父さんが帰ってきました。
「おや、お客さんか?」
「こんばんは。遅くにおじゃましております。わたくしこういう者です」
と、黒岩三太郎はお父さんにも名刺を渡してていねいに挨拶しました。
「お父様お母様は眠りに2種類あるのをご存じですか?」
「えーとー、ラム睡眠とか?」
「レム睡眠だよ」
「おお!ご主人! 博識でいらっしゃる!」
三太郎は大げさに驚き喜んで、商品の説明をしました。
「その通り、眠りには深い眠りのノンレム睡眠と浅い眠りのレム睡眠とがあり、人間はこの二つの眠りを一夜の中に繰り返します。
この『ブレイン・リフレッシュ・ドリーム・マシーン』は枕元に置いて寝ると、呼吸と心拍数をコントロールする音楽が流れ、深い深ーい眠りと、イマジネーション豊かな夢見を繰り返し、脳をスッキリリフレッシュし、朝の快適な目覚めと、日中の活力ある脳活動をお約束する画期的なマシーンであります!」
「ふうーん、面白そうだな?」
とお父さんが興味を示しました。
「それでこの子のおバカな頭が良くなればねー」
とお母さんはゴウタを横目に睨んで言いました。
「で、これはいくらするんです?」
「はい。消費税込み39,630円です」
「うーん・・、4万かあ・・」
「効果がはっきり分からなくちゃあ、ねえ?」
「それでしたらクーリングオフ制度がございます。今夜からさっそくお試しいただいて、効果が実感されない場合、気に入らない場合、2週間以内にこちらのハガキをお出しいただければ無条件に一切無料でお引き取りいたします」
「まあ、そういうことなら」
「試させてもらいましょうか」
と、三人はゴウタの顔を見ました。三太郎は言いました。
「剛太くんばかりでなくお父様お母様もぜひお試しください。きっと気に入っていただけると思いますよ」
ゴウタは気が進みませんでしたがお母さんにきつく言われたので寝る前に「ブレイン・リフレッシュ・ドリーム・マシーン」のトナカイの鼻を押しました。目がチカチカ光って顔がゴウタの方をまっすぐ見ました。そして口のスピーカーから子守歌のようなピアノ曲が流れ出しました。退屈な音楽だなあと思っていると微妙にテンポが揺らぎ、それを聴いているうちゴウタはまぶたが重くなってきて、ウトウト、やがてグーグー、深い眠りに落ちていきました。
家の中を誰かが歩き回っている気配がします。家の中をコソコソ歩き回り、ミシミシ階段を上ってくるとゴウタの部屋のドアをそっと開けました。そーっと足音を忍ばせて近づいてきて、そーっとゴウタの顔を覗き込んできます。怪しい人物は二人のようです。二人組はじいっとゴウタの顔を見つめ、やがてまたそーっと部屋を出ていきました。
朝起きると、ゴウタはびっしょり汗をかいていました。
「よお、爆発頭。今朝の目覚めはどうだ?」
笑顔のお父さんにゴウタはむっつり言いました。
「あんな機械インチキだ。なんか変な夢見て気味が悪かったよ」
「わっはっは。そうか。それじゃ今夜はお父さんが使ってみるか」
というわけで次の夜はお父さんが使ってみました。
ところがマシーンを使っていないのにゴウタはまたあの嫌な、怪しい二人組が家の中を歩き回ってゴウタの寝顔を覗きに来る、怖い夢を見ました。
朝ゴウタが起きてくると、お父さんはやたらと元気に張り切っていました。
「よお、ゴウタ。なんだその眠そうな顔は? お父さんを見ろ! 元気はつらつだぞ! いやあ、あのマシーンはいいなあ。お父さんきのうな、スーパーマンになった夢を見たぞ!」
お父さんは実に嬉しそうに話します。
「スーパーマンみたいにマントを翻して空を飛んでな、悪人どもをやっつけて、高ーいお城に捕まっていた王様を助け出したんだ! いやあ、気持ちよかったなあ! お父さんすっごいかっこよかったんだぞ? わっはっはっはっはっ」
まるで子どものようです。
「ただ一つ気に入らないのは、スーツもマントも真っ黒なんだ。お父さんもっと派手なスーパーヒーローのかっこうがよかったのになあ」
元気なお父さんにお母さんも呆れました。お父さんはお母さんに言いました。
「俺今夜もあれ使って寝たいなあ。お母さんもいっしょに寝ようよ」
「まあ、いやですよ。お父さんたらいびきがひどいんですもん」
「だいじょうぶだよ、あのマシーンがあればすぐにぐっすり眠れるから! な、いっしょに寝ようよ?」
「まったくもう、いい年して。はいはい、分かりました。いびきかかないでくださいよ」
と、その夜はお父さんとお母さんが二人でいっしょにドリーム・マシーンを使って眠ることになりました。
ところでテレビでは
『昨夜ロシアで誘拐されていた大富豪が無事発見されました。犯人の誘拐団は全員捕らえられましたが、警察が通報で駆けつけたときには全員殴られて気絶していたそうで、仲間割れの末に全員自滅したと見られます。しかし犯人側に支払われた身代金1億ルーブル=日本円で約35億円は見つかっておらず、警察は全力でその行方を追っています』
というニュースをやっています。
「へー、35億円かあ。すげえな。さぞかし重くてかさばるだろうな。うん?そういえば俺もきのう夢の中でなんかやたらでっかい袋を運んだような気がするけど・・。わはは、どうせ夢の中だ、どうでもいいか?」
ところがところが、その夜もまたゴウタは家の中を歩き回る怪しい二人組の夢に悩まされました。ゴウタはもう怖くて仕方ありません。
朝起きると、
「おっはよー」
「おはよう! わはははは」
まったく、朝っぱらからお父さんもお母さんもやたらと元気です。
「ミャーオ。ブラックキャットキック!」
「えいやっ。こっちはブラックパワードパンチだ! わはははは」
二人とも5歳の子どもみたいにスーパーヒーローの必殺技のポーズを取って喜んでいます。
「二人ともいい年してなんだよ」
「ゴウちゃん! もう〜、ママったらすっごいかっこよかったのよ! 闇夜を駆けるしなやかなスーパーヒロイン、その名もブラックキャットレディー・エクセレント! ミャオーン!」
「なげーよ」
「なんのなんの、パパのスーパーブラックダンディー・ダイナマイトも絶好調だ! ドッカーン!」
朝っぱらから元気にスーパーヒーローごっこをするママとパパにゴウタは頭が痛くなってしまいました。
「で、なんだよ? 二人とも黒いかっこうのスーパーヒーローになった夢を見たのか?」
「それが不思議なのよ」
なあ?とお父さんとお母さんは顔を見合わせました。
「お母さんきのうブラックキャットレディー・エクセレントに変身して相棒のスーパーダンディー・ダイナマイトといっしょにアラビアの盗賊団からお姫様を救出したんだけど」
「お父さんもやっぱりブラックキャットレディー・エクセレントといっしょにアラビアの盗賊団からお姫様を救い出す大活躍をしたんだ」
二人はまた顔を見合わせて首を傾げました。ゴウタは言いました。
「ドリームマシーンから音楽じゃなくスーパーヒーローのお話が流れていたんじゃないか?」
「ふーん、そうかな?」
「そうなのかしらねえ?」
「そうに決まってるよ」
ところでテレビでは、
『昨日イラク武装組織に捕らえられていたイギリス人ジャーナリストの女性が無事に発見され身柄を確保されました。女性が捕らえられていたと見られるテロ組織のアジトではテログループと見られる集団が気絶しているところを発見され、逮捕されました。何者かに襲われたと見られますが、仲間割れの可能性が高く、イラク警察が取り調べています。イギリス政府は否定していますが女性解放のためにおよそ25万ユーロ=日本円にして4000万円が支払われたと見られています。その身代金はすでに組織に・・』
というニュースをやっています。お父さんとお母さんはボーッとテレビを見て、
「外国は怖いねえ」
「そうねえ・・。ところで4000万円って・・」
「きのうの袋はおとといよりは小さかったなあ・・」
「・・・・・」
と、黙り込んでしまいました。
さてさてその夜です。
ゴウタは布団を持ってお父さんお母さんの部屋にやってきました。
「よーしよし、今日は家族三人で夢を見よう!」
と、何年ぶりかにゴウタが間に入って三人で眠ることにしました。
お父さんがトナカイの鼻を押して布団に潜り込みました。
「今夜はどんな大活躍をするのかしら!?」
「ゴウタ、おまえもブラックマンに変身するんだぞ!」
「恥ずかしいよ、そんなもん・・」
ゴウタがお父さんお母さんといっしょに寝ようと思ったのはもうあの変な夢が怖くて怖くて仕方なかったからです。ピアノの子守歌が流れ出しました。ゴウタにドリームマシーンの効果はあるのでしょうか?
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
ピアノが静かに流れ、トナカイの目が怪しく光っています。