第61話 将の器
「順調に敵を引き込んでいるな」
今のところ計画通りに進んでおり安堵の溜息をつくブルーシュ大将軍。
ゲーリック公国王の前では大言をはいたものの50年近く平和だった公国において戦争経験者はいない。戦争の指揮など誰もとった事がないのだ。魔境が近いため兵士達は世界一屈強だと言い切ることができるが。
敵のブラウン軍務卿は10年前の大陸での戦争で手柄を上げた事で有名だ。ただ評価は二つに別れる。すごい有能とすごい無能だ。
有能だと認めているのが敵だった共和国。散々痛い目に合った為、ブラウン軍務卿の戦略、戦術は士官学校でも教えているらしい。ブラウン軍務卿にも講師に来てくれとオファーを出したとの噂もある。実際行く事はできないだろうが。
無能だと思っているのは王国だ。預けた兵の損耗率95%、戦争での平均損耗率35%。数字を見れば確かに無能だ。ただ、その損耗率になるまで兵を戦わせる事ができる指揮官がどれほどいるだろうか。そして彼の元には、その戦争をくぐり抜けた兵士が1000人もいるのだ。
こちらには、宮廷魔導師50人を含む魔導師部隊2000人がいる。これだけの魔導師部隊を組織している国は公国以外には共和国だけだ。ただ人口比率から考えると異常な程の大部隊。魔物の肉をたくさん食べることができる公国だからこそ維持できる数字だ。
王国の生き残りの1000人と公国の魔導師部隊2000人どちらがより強力な兵器たりえるかで勝敗は決するだろう。
あとは、どれだけ有利な条件下で魔導師部隊のカードをきれるかの指揮官の才次第だ。
★☆★
「ふむ、順調すぎるな」
ブラウン軍務卿は報告を聞いて呟く。
「大胆に内陸部に引き込もうとしているな。わかりやすいことだ」
敵の指揮官、ブルーシュの考えることが手に取るようにわかる。
「まだ序盤だ。魔導師部隊の投入はないだろう。だとしたら糧道を断つつもりか。甘いな」
将軍の一人ラインを呼ぶ。
「ラインよ。三万を連れて港と公都の道を遮断しろ。もし敵が大軍を率いてやって来たら無理せず退け」
「了解しました。兵力分散は各個撃破の危険性がありますがよろしいので?」
ラインは当然の疑問を口にする。公国の兵は強い。三万の同数なら負ける可能性がある。
「だから大軍が来たら退くのだ。敵が仮に三万動かせばこちらは公都まで攻め上る。一万動かせば本体の兵数差は大きくなる。無視すれば、港との補給が出来ず公都にいくら蓄えがあっても民衆は不安になって買い溜め、価格の釣り上げする者もでてくるだろう。敵に悩みの種を増やすだけでもよい」
大兵力で押し潰すこともできるのに、敵の迷いを誘う。ブラウン軍務卿は決して油断しない。敵としてこんなにやりにくい相手はいないだろう。
「分かりました。南に向かいます。エルフの亡霊が出ないことを祈ります」
王国軍には一つの怪談が伝わっている。公都の南に兵を進めると王国に恨みを持った女のエルフの亡霊が現れ兵を殺して回ると言うのだ。過去の二度の公国との戦争においても現れて美しさに見惚れている間に殺されているというのだ。
見惚れている間に殺されたのなら話は残っていないし、生きてるのであれば亡霊にあっていないのでやっぱりただの与太話だとラインは思っている。
ただ、キラ帝国とラクトニア王国はエルフを迫害し続けた。いや、今もしている。公国の自治領にいるエルフ達がどちらの味方になるのかは一目瞭然だ。亡霊ではなくエルフに殺されただけだろう。こちらの攻撃があまりに当たらなくて言い訳に亡霊と言う話になったのだとラインは考えている。
「どのみち亡霊の出る幕なくこの戦争は終わる」
ラインはそう呟き南に向かった。