第60話 ブラウン軍務卿
「そうか、いまのところ緒戦は勝利したか。陣地の構築をしっかりし夜襲に備えよ」
ブラウン軍務卿は安堵の溜息とともに指示をだす。
公国に対して宣戦布告してから1週間、数百同士の小競り合いであったが公国を撃退したとの報告が入った。
王国軍は総勢12万。さすがに全軍を出し切る訳にはいかなかったが宰相からは予備役にある兵卒3万を後日援軍として送る旨の確約を貰っている。補給も今のところ大量に物資が送られて来ている。王国の力の入れようが分かる。軍を任される者としてなかなかの整った舞台に気分も高揚する。
「しかし、半年以内の勝利を望むとは少し欲張りすぎではないか?」
新しい情報と共に王国から新しい指示が飛んできていた。
混合魔法の使い手のセリスが北の砦側に立った事。北の砦で軍事行動が開始され反乱に違いないとの事。キラ帝国が公国の港封鎖に動いたとの事。
王国側が起こって欲しかった事が全て起きている。楽観的になるのは分かる。しかし戦場ではなにが起こるか分からない。
以前参加した帝国と共和国の戦争。正確には大陸の西で属国同士が戦っている代理戦争だ。属国の人口が合わせても100万人いるかいないかの地域で帝国側30万人、共和国側20万人を動員しての戦争。
ラクトニア軍2万人を率いて参加したこの戦争では常に最悪の事が起こり、甘い予想が叶う事はなかった。それでも私は最終的にキラ帝国の兵10万人の指揮権を預かる立場にまでなったのだから他の指揮官達はもっと最悪な事になっていたのだろう。
そして最終的に負けた共和国の指揮官にとってはどんな厄災が降りかかった気分になるのか気になるところだ。当事者にはなりたくないが。
最悪の戦争ではあったが私は戦争を勝利に導いた立役者として帝国からは名誉伯爵の地位をもらったし、ラクトニア王国では軍務卿に出世したのだから私にとっては最悪ではないのだろう。王国に帰れた兵が1000人しかいなくとも。
今回の戦争も私にとって最悪でなければいいのだが。今のところ状況は実に良好だ。
懸念としては、戦闘と関係なく中隊長、小隊長クラスの若手士官が殺された事か。犯人は分かっている。軍隊の後にくっついて来ている商売女達だ。たぶん刺客が紛れ込んでいるのだろう。しかし彼女達を皆殺しにしたり、利用するなと御触れを出す訳にもいかない。
10万人以上の男だらけの中、常に命の危険がつきまとう非日常の世界。商売女の存在は欠かせない。命の危険があるのによく来てくれたと感謝しなければならない。例え兵士の財布の中身が目当てだったとしても。
刺客はこちらも放っている。多少は公国側にも被害はでるだろう。
本来時間をかけてじっくりと仕留めるつもりだった。北の砦がこちらについたのであれば包囲網をしいて、徐々に弱らせていけばいいのだ。物資は消耗するが人は死なずに済む。
包囲網を狭めていけば公国も焦り有利な条件で講和する事ができるだろう。国王の前では一気に公都を落とすといったがべつに落とさなくても良いのだ。費用対効果がプラスになればよい。
しかし、公国は王国軍を過去に殺し過ぎ、王国は公国に恨みを抱き続けた。50年の平和は恨みを風化させるどころか熟成させてしまったのだ。
一度戦端が開かれたからにはどちらかが滅びるまで続くだろう。今回はそういう戦争だ。
戦争なんてやらなければいい。誰にも言えない言葉を心の中で思うのだった。
王国の兵士が1000人しか戻れなかったのは宗主国のキラ帝国の兵を殺さないため王国軍を酷使した為です。
ブラウン軍務卿は愚将ではありません。