第57話 それぞれの想い、思惑
「なかなか壮観だね」
ラクトニア王国の親書が来て一週間後、北の大砦初となる大規模な軍事演習が行われていた。大砦の警備兵、冒険者併せて総勢3万。
「私もこれだけの規模の軍事演習は初めて見ました」
レオも初めてらしい。
「レオ様の威光のお陰ですわ」
セリスがレオを称える。レオではなく間違いなくグレンの威光によるものだろう。
親書が来た後、北の大砦で軍事演習を行う旨を公都に伝える。北の大砦周辺の砦にも混乱があったら困るので念のため伝える。
反響は凄かった。北の大砦の周辺の砦の責任者達からは恭順を誓う為にレオの下に押し寄せ、場合によっては降伏の文書なども送られた。攻めていないのに。
南の大砦からは、公国と北の大砦が争っても中立でいるとの手紙が来たし、双子砦からは視察目的でグレンの弟シオンが来訪。グレンと共に演習を行っている。
「これで、王国は公国と戦争を始めてくれるのかなぁ?」
サッサと始めて貰いたい。そしてサッサと終わらせるのだ。
「間違いなく始まるでしょう。王国には、北の大砦での軍事演習を行う旨とセリス嬢がレオ執政官の補佐官に就任した事を伝えています。今頃大喜びしているでしょう」
リュイが教えてくれる。本当にコイツはとんでもない奴だと心の中で毒づく。今頃公国の上層部は大変な事になっているだろうなぁ。
★☆★
「話が違うではないか!!宰相!!」
堪らずに声をあげてしまう。北の大砦に貢物を贈り満足しているとの話だったのに、大規模な軍事演習を始めるとは。
「しかし、軍事演習を行うとの話は態々文書で伝えて来ておりますので反乱の意思があるかどうかは計りかねます」
苦しい言い訳をするラクトニア宰相。
「しかも、双子砦のシオン将軍自ら北の大砦の視察に行っているとの事だ。ブルーシュ大将軍言い訳はあるか?!!」
双子砦の実質的な責任者のシオン将軍。ベルナルドの息子であり、グレンの弟だ。
「双子砦はこちらの要請に従って、5000の兵を公都防衛の為送ってきています。今の段階で反逆罪として裁くわけには……」
実際双子砦に常駐している10000の兵の内5000を対王国との防衛戦の為文句も言わず送って来ている。
「当然だ!!今反逆罪として裁こうとしても返り討ちに合ってしまうわ!!!」
ラクトニア宰相もブルーシュ大将軍も居心地悪そうに小さくなってしまう。筆頭魔導師も顔色が悪い。これからの事について話し合わなければならないのに萎縮させてしまった。
失敗に気が付き軽く咳をしてから、
「北の大砦については、現在の所対処が不可能だ。監視に留めて王国への備えを優先する。王国との戦いに負けはないな?」
「はい、前回お話をした通り一度こちらに引き込む必要はありますが、負けはありません。敵の兵は15万〜20万で想定しております。兵数が多いほど補給が困難になるため、敵の補給線を狙うのが効果的になります」
ブルーシュ大将軍が前回同様自身満々に答えてくれる。
「それと一つご提案が……」
クルエラ筆頭魔導師が言いにくそうに提案してくる。予想はできるが聞いてみる。
「なんだ?」
「いざという時には聖石の使用をご決断頂きたい」
やはりそうかと肩を落とす。
公国には最終兵器がある。初代様が残してくれた聖石だ。クロノア家の直系の者しか使えない最終兵器。対価は使用者の命。正確には10万以上の魔力があれば死にはしないが現在の10万を越える魔力の者は自ら隔離したアルフレッドだけだ。
しかもこの聖石はタチが悪い事に魔力が5万以上でないと発動しない。10年戦争時に魔力が4万程度だった王が使おうとして発動しなかったらしい。そして私の魔力は35000しかない。筆頭魔導師の二倍以上の魔力を持つ。だが公国王としては出来損ないと言われているようだ。
現在の5万以上の魔力を持つのは第一王子のレイモンドのみ。現在の13歳で魔力8万以上。二十歳前後まで魔力は伸び続けるのだからあと8年、せめて後3年ほどあればレイモンドの魔力は10万を越えたかもしれないのに……。
「少し傲慢に育ったがまだ成人もしていない息子を生贄に差し出せということか?」
「万全を期してはおりますが万が一の場合は」
クルエラ筆頭魔導師が声を震わせながらそう言う。彼もそんな事は言いたくないであろう。しかし過去二度の王国との戦争でクロノア公国家の者はは必ず犠牲となって来たのだ。先に覚悟を決めておいた方がいいだろう。
「分かった。私からレイモンドに話して置く」
本当に王とは呪われた職業だ。
★☆★
「例のセリスとか言う混合魔法の使い手が北の砦に入ったか?!!しかも軍事演習を行うと!!」
ラクトニア国王は歓喜の声を上げた。それもそのはず、思惑通りに事が運んでいるのだから。
この世界に於いても軍事演習と言うものは他国の威嚇に使われる。北の砦の連中は此方の誘いに乗り軍事演習という体で公国を攻める準備をしているのだろうとラクトニア国王は確信していた。
「間違いありません。しかも補佐官として麒麟児レオの右腕として働いているようです。公国に戻る事はありますまい」
ラキ宰相もいつもより弾んだ声で報告する。長年ラクトニア王国を苦しめたクロノア公国の最期を予感し気分が高揚しているのだろう。
「そうか!では、その旨をブラウン軍務卿に伝えよ!開戦は近いとな!!ラキよ。公国に送る文書は出来ておるか?」
「はっ、こちらにて王の署名を頂ければすぐにでも送ります」
「どれ見せてみろ。なるほど、これが受け容れられれば戦争は回避しても良いな」
「はい、平和の為に公国が良い決断をする事を願うばかりです」
その文書には、クロノア公国王の即時退位、魔物素材の権益の放棄、和解金として金貨1000万枚の即時支払い、エルフ自治の破棄及びエルフの隷属化など多数の要求が書いてあった。受け入れれば即時公国は終わる。つまり事実上の宣戦布告文書であった。
「だが、受け入れないとなれば戦争しかないな。ではすぐに送れ!」
そう言い放つラクトニア国王の顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。