一話 疑うことを知らない剣士と、嘘つきな暗殺者(5)
Ⅴ (ロラン)
祭りの前日、楽師たちがオーボエや太鼓を手に家々を巡った。家の玄関や窓の下で賑やかに音楽をかき鳴らす。楽師の後ろについて寄付金を募りながら、ロランもいよいよ祭りが始まるのを実感した。ジャンが呼び寄せたというパリの楽師たちはいままで見たことのない豪華な出で立ちで、寄付も予想以上に集まった。
「今年は逆に儲かりそうな勢いだなぁ」
細かい銀貨でずっしりと重くなった革袋を肩に提げて、フランクが笑いながら楽師たちを手放しに褒め称えた。
「お前たちはすごいな!」
「いやあ、ジャンの旦那に頼まれたら嫌とは言えませんよ。あっしらも精一杯やらして頂きますので」
パリにある庶民の盛り場ではジャンはちょっとした有名人なのだという。ロランも町のみんなの笑顔に触発されて穏やかな気分になった。
一日かけて町内をぐるりとまわったあと、集まった寄付金を持ってボルディエ家に引き返すと、リシャールが浮かない顔をして待っていた。
「ごくろうだった。明日もまた頼むよ」
リシャールは楽師一人一人と握手をして労った。賃金を貰った楽師たちは頭を下げて酒場へと繰り出していく。見送った後、フランクが腑に落ちない顔で訊いた。
「いったいどうした? 冴えない顔をして」
「エンゾの娘が見つからない」
「なんだって?」
「いまジャンが捜索隊を組んでエンゾのところへ向かった。疲れているとは思うが、お前たちも一緒に……て、おいっ!」
リシャールが言い終わるよりも早く、ロランは駆けだしていた。
市場の近くにあるエンゾの家ではすでにたくさんの人間が集まっていた。一部屋の小さな家には入りきらず、みんな玄関の前に佇んでいる。部屋の奥ではエンゾの妻マノンが背中を丸めて泣いていた。
「また今年もか……」
隣に住んでいる農夫が十字を切った。ロランはたまらず町のあちこちを駆けずりまわった。東の森にも足を伸ばしてみたが、子供一人で歩ける場所ではなく、それに陽が沈んでは探しようもなかった。ロランは彷徨いながら、ずっとイネスの屈託のない笑顔が頭に浮かんで離れなかった。
すっかり夜の帳が下りた頃、
「これ以上探すところもない。ここまでにしよう」
ジャンが言った。自警団の面々が長い溜息をつく。
「待てよ! まだだよ!」
ロランはジャンに食い下がった。
「暗い中、これ以上捜索範囲を広げるのは危険だ」
ジャンが毅然と言い放つ。
「見捨てるのか?」
ロランはジャンの襟を掴んで睨みつける。ジャンはあくまでも平静を崩さなかった。
「祭りもある。行方不明になるのは一人とは限らないし、これ以上疲弊すると明日以降に差し支える」
ロランがさらに食ってかかると、リシャールが二人の間に割って入った。ロランはまわりを見遣る。自警団の面々は誰も顔を上げようとはしなかった。ロランは脇に積んであった祭りの建材を蹴り上げてまき散らすと、エンゾの家に立ちもどった。
もう野次馬はおらず、開け放たれた部屋で泣き止むことない妻をエンゾが慰めていた。エンゾと目が合った。ロランはやるせなく首を振ると、エンゾは悔しい表情をいっぱいに浮かべ頷いた。
ロランはうなだれて屋敷に戻った。母は祈りを捧げていた。無力にうちひしがれるしかなかった。
今年も、子供がいなくなってしまった。