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三話 黒い騎士と紅い瞳の乙女(2)-1

 Ⅱ (ロラン)


 慌ただしい日々が続いた。ロランは自警団の面々と町に入り込んだ水を掻き出し、瓦礫となった防壁の修理に勤しんだ。マリーは屋根裏に居候を続け、セバスチャンがなにかと様子を見にやってきた。クロエは家事を手伝いながら、毎日教会へと足を運んでいた。屋敷にいるときのクロエは、ロランが話しかけない限りはいつも黙っている。今までの辛い生活がクロエの積極性を奪っているのだと思うと、ロランは悲しい気持ちになった。教会へ足繁く通うのも、抱えきれない苦しみに苛まされているからに違いなかった。


 死者の記念日を迎え、ロランは久しぶりに母とゆっくり話をした。教会で祈りを捧げ、ミサが終わった後も母と一緒に長椅子に腰をかける。この町に父の墓はない。だから母はこの日をどう過ごすのかいつも迷っているように思えた。ロランはここ数年重荷に感じていた父とのことを、腹を割って母と話してみる気になった。


「母上、父上はどんな人でしたか?」


 母がいまでも盲目的に父を愛し続けているのは知っている。だからこそ、いままで母に父のことをあまり聞いたことはなかった。


「あなたのお父上アンリはとても素敵な人でしたよ。私の初めての夜会で舞踊のお相手をしてくださったのがアンリなの。緊張して上手く踊れなかった私を、彼は優しく手ほどきしてくれたわ。けれども身分違いの恋ですから、私はその想いをずっと胸の奥に秘めているしかなかったのよ。しばらく遠くで恋い焦がれるだけの生活が続いたわ。

 でもアンリのお父様、あなたにとってのお祖父様が殺されてからは辛い毎日だったと思います。そんな彼を見て、私は側で支えてあげたいって思ったのよ。そして駆け落ち同然に彼の元に駆け込んだの。彼には妻がいて、私は日陰の存在ではあったけれども、彼のために祈り、彼のすべてを肩代わりするつもりでいたわ。それでもやはりあんなことになってしまって……。生き急ぎすぎてしまったのよ。アンリも復讐では人は生きていけないことを知っていたはずでしたのに……」


 ユグノーに祖父フランソワを暗殺された父アンリは、徹底的にユグノーを弾圧した。それこそ虐殺もいとわないほどに。人を許しなさいとは神の言葉ではあるが、人間は争うことをやめられない。


「仇討ちは大義ではないのでしょうか?」


 ロランはその寂寥に満ちた言葉をあえて口にした。


「違うわ。復讐は罪よ」


 母から予想した通りの答えが返ってくる。父が死んでからの苦労を考えると、母が父を恨んだり、負担に感じたりはしていないのが、ロランにはずっと理解できなかった。けれども今なら受け止めることができそうな気がする。


「父上は、道を誤ったのでしょうか?」


「いいえ。ただ迷っていたのよ。正しい道はわかっていたはずなのに、失った悲しみを乗り越えられなかったの。ロラン、あなたは悲しみに囚われないで」


 母は父を憐れんでいた。そして同じくらいにロランのことを不憫に思ってくれている。ロランはいままで母が自分を正しく導いてくれたことに感謝した。


「はい、母上。長いこと迷ってしまいましたが、もう復讐を目標にはしません。父上が成し遂げられなかったことは、きっと誰かが違う形で成し遂げていくのでしょう。

 自分がこれから町を出て旅立つことをお許しくださいますか? 手を貸してあげたい人たちがいるんです。その人たちを助け、そして自分自身どう生きるべきなのか、見つめ直したいんです。ここを出ることでしばらく母上を寂しくさせますが、親不孝な息子と責めたりはなさらないでください。俺はいつでも母上のことを考えているのですから」


「私は淋しくなんかありませんよ。あなたが成長することを楽しみにしています。どうかあなたに神の加護があることを。ロラン」


「母上もお元気で」


 母は息子の成長を誇りに思い、息子は母の優しさを同じく誇りに感じた。二人は泣いたり、抱き合ったりはしなかった。そんなことをしなくても、思いは十分に通じていた。


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