二話 何もしなかったことを嘆く少年と、してしまったことを後悔する少女(6)-2
ロランが陽が落ちる前の過ごしやすい時間帯に中庭で剣をにぎっていると、見回りの途中なのかジャンが屋敷を訪れた。
「だいぶ良さそうだね」
ロランは汗を拭い、傷を負った肘や脇を動かして見せた。痛みはあるが、動かさないでいると固まって動かなくなってしまう。
「違和感はあるけど、いまこれだけ動いてくれれば問題ない」
「そうか、それは良かった」
「で、何しに来たんだ? 見舞いという訳ではないんだろう?」
「そんなことはない。ちゃんと見舞いも兼ねているさ」
「見舞いも兼ねて、ね」
ロランはちくりと嫌味を言ったがジャンは気にするそぶりも見せなかった。
「実はあのときのことを詳しく教えて欲しいんだ、ロラン。あの技はなんだ? 一瞬にして人狼に切りつけていたように見えたが」
端から見れば、確かにあれは瞬時に移動しているようにしか見えないだろう。
「……」
「黙っているつもりなのか?」
ジャンが顔を近づける。
「言いたくないというよりか、言えないんだ。自分でも整理がついてなくて……」
「ドルレアンを暗殺しようとした男も、我々が護衛している中を一瞬で近寄ったんだ。なにか仕掛けがあるのだろう? なんだというのだあれは」
ジャンは眉根を寄せて考え込む。ロランはあまり真剣に考えて欲しくなくて
「できれば忘れて欲しい」と剣を仕舞った。
「……クロエに関係するのか?」
ジャンが表情をうかがうように切り出した。
「いっ。クロエは、関係ないっ」ロランは慌てた。
「隠し事が下手だな」
ジャンの指摘に言葉が詰まる。
「……どうするつもりだ?」
ロランは不安になって尋ねた。
「別にどうもしないさ。僕は知りたいだけなんだよ。この世の中の仕組みとか、一切合切をね」
ジャンはウィンクして微笑んだ。ロランはこの町を離れた方がいいような気がしていた。マリーの件もある。多くのことを知られすぎてしまったのだ。ジャンはそんなロランの気持ちを見透かすように
「僕はまた旅に出ようかと思っている。誘拐事件の黒幕も見つかったことだしね。きみはずっとここにいるつもりなのかい?」と言った。
「わからないよ」
ロランの答えを聞いて、ジャンは遠くを見つめて自分のことを語りだした。
「僕は最初、詩や戯曲を書くために見聞を広げようと思って旅を始めたんだよ。東から西まですべてをまるっと見てやろうとね。そしたら世の中は広くてね、全然回りきれないんだよ。それでも色んな不思議に満ちあふれていて、知らないことがたくさんあったよ。もうびっくりさ。いつしか、詩を書くことより、知ることのほうが僕の中で重要になったんだ。だから僕は旅をする。まだまだ知りたいことがたくさんあるからね。ロランも一度、外を見ておくといいよ。ここに戻る戻らないに関わらずに」
「確かにそうかもしれない」
ロランは素直な気持ちでそう答えた。
「俺も、いつかこの町を出ようかとは思っているよ」
このいつかはすごく近くにあるかもしれない。それは言わなかった。
「どうだい。一緒に来てはくれないか?」ジャンが誘った。
ロランはその突然の申し出に驚いた。
「どうして?」
「君の力を信用してのことだよ」
「悪いけど、他にやりたいことがあるんだ」
「ほう。どんな?」
「クロエを姉妹に会わせてやりたいんだ」
「どこにいるんだ?」
「わからない。いくつか手掛かりはあるけれど」
「生き別れたのか。では取引をしないか? 僕の仕事を手伝ってくれたら、僕の人脈を最大限に利用してクロエの家族を探すことに協力しよう」
「それは近道なのか?」
「僕の情報網を信用していないね。伊達にあちこちを旅していないよ。それに先立つものはあるのかい? 旅費とか」
「それは……」
「そのあたりも一切負担しよう。どうだい、悪い条件じゃないだろう?」
ジャンは笑顔でロランの目をのぞき込んだ。思わず目をそらしてしまう。
「考えるよ。しかしそこまで俺を買いかぶるのもどうだろう」
「気に入っているんだよ。君たちと旅をしたら色々と退屈しないで済みそうだから」
よく考えてくれと言って、ジャンは立ち去っていった。




