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一話 疑うことを知らない剣士と、嘘つきな暗殺者(6)-3

 広場は事件など何もなかったかのように祭りで騒々しかった。すでにドルレアンは従者たちに守られながらボルディエ家の邸宅へ戻っている。刺客はまだ逃走中だが、捜索は完全に行き詰まっていた。小さな町なので、探せる範囲は探し尽くしてしまっていた。それでも見つからない。


 刺客は見つからなかったが、ねぐらにしていた拠点は見つかったと連絡があった。先月肺の病で亡くなった老農夫の廃屋に荷物が残されていた。武器や毒薬、衣類などで、服装は男女の分あったという。ロランはクロエのことを自警団には言わなかった。


「駄目だな、見失った」


 リシャールは悔しげに吐き捨てた。エマもすでに帰宅している。


「この混雑では探すのが難しい。引き続き警戒をして、男爵には祭りが終わるまでのあいだ外出を控えてもらうしかあるまい」


 ジャンが指示をだして、その場は終わった。ある者は祭りの続きを楽しみに、ある者は警備の持ち場へとそれぞれ帰っていく。自警団はいつのまにかジャンが取り仕切っていた。


 ロランは陽が沈む前にしておきたいことがあった。行方不明のままになったイネスの捜索である。暗殺騒ぎでどたばたしたが、東の森をもう一度見ておきたかった。クロエを残したままになるが、暗くなってからでは森には行けない。抜け道を使って、急ぎ足で森の中へと足を運んだ。


 森に変わりはないようにみえた。もともと幼い子供が通れるような道ではない。ロランは落胆の気持ちを隠せない。しかしよく観察するとロラン以外にも出入りをしている人間がいる気配があった。足跡である。小さい足跡に見えるが、痕跡はかすかだ。体重が軽いのかもしれない。だとしたら子供で、イネスかもしれなかった。ロランは期待に胸が膨らんで、興奮を隠しきれなかった。


 足跡を辿って道なき道をしばらく進むと、洞窟に行き着いた。藪に隠れるように存在している。注意深く探していなければ気がつかなかっただろう。狼の巣か、もしくは刺客が隠れひそんでいる可能性もある。ロランは意を決して洞窟に潜入した。中は完全に暗闇で、ロランはしばらくそこで目が慣れるのを待った。剣こそ携えているが、灯りがない。取りに戻るのももどかしく、直感を頼りに奥へと踏みこんでいった。途中で這うように潜り込まなければいけないほど細い空洞を、ゆっくりと通り過ぎる。どれほど歩いたのか時間の感覚もないままに進んでいくと、広い空間に出た。ロランでもぎりぎり頭をつかないくらいの高さになっており、その先の曲がり角からわずかな灯りが漏れている。揺らめく炎の灯りだった。ロランは息を殺して奥へ近づいた。曲がり角の直前で立ち止まって呼吸を整える。剣を抜こうか迷ったが、この狭さでは十分に振れそうもなかった。壁に隠れて中の様子を窺うべく、慎重に灯りの見えるほうへと頭を出した。


 黒い影が目と鼻の先にあった。目を凝らす。赤毛だった。さらによく見ると開いた口から白い歯が見えた。


「……!」


 慌てて後ろへのけぞった。


「何をビックリしておるのだ。待ちわびたぞ」


 赤毛がにやりと笑った。



 目が隠れて見えないほど長く赤い縮れ毛が、腰の近くまで垂れている。一度も梳かしたことがないと思えるほどぼさぼさで、そのボリュームに最初見たときはロランは何かの動物かと思った。薄い褐色の肌に、頭を垂れる朝顔のように下に大きく広がった白いローブを羽織っていた。胸の膨らんだシルエットから女性だとわかる。ほの暗い洞窟ではよくわからないが、二十歳くらいだろうか。


「誰だ?」


「聖女だよ」


 ぼりぼりと頭を掻きながら女は答えた。自分から聖女だと名乗る人間はまともじゃない。


「……気狂いの類いか?」


「それは失礼だの。勝手に人の家に入ってきておいて」


 ロランは言われて初めてあたりを見回した。


「ここは、お前の家か?」


 確かにテーブルや棚など、生活に必要な品々が蝋燭の炎に照らされている。


「そうだ」


 赤毛はテーブルにあったグラスを掴んで喉を鳴らしながら飲み干した。


「やってきた割に、なかなか来ないから待ちくたびれたぞ……げっぷ」


「どうしてこんなところに住んでいる?」


「他に住むところがないからさ」


「物乞い……いや、ジプシーか?」


「どっちもこんな辺鄙なところに住みはしないだろう」


確かにジプシーなら定住しないし、物乞いなら高価な蝋燭など使えるはずもなかった。また大量の本が壁一面に陳列されている。教会はもちろん、町一番の富豪であるボルディエ家の書架よりも数が多そうだ。ラテン語らしき物も見える。つまり金持ちでかなりの有識者であることがうかがい知れた。


「名前は?」ロランが口を開いた。


「まずは先に名乗るのが礼儀ではないかい?」


 赤毛の女は床から瓶を拾っては中身が残っていないか確認していた。


「それは失礼した。ロランだ。町に住んでる」


「やっぱりあんたがロランか」


 赤毛の女は腰に手を当てて、まじまじとこちらを見た。


「なぜ知ってる?」


「セバスチャンが教えてくれる」


 床に転がった瓶から葡萄酒の残りを見つけると赤毛の女は顔を綻ばせた。テーブルに備え付けられた椅子に股を広げてどかりと座る。


「セバスチャン?」


「セバスチャン・ミカエリスだよ」


 赤毛はまたもや頭を掻いた。


「あの教会の小僧か」


 教会の門前でいつも寝ている子供をロランは思い出した。どうやらあの足跡はセバスチャンのものらしい。


「どうしてこんなところに来たんだ?」赤毛の女が聞いた。


 ロランは水浴びをしにときどき森に忍び込むこと、イネスや刺客を探していることを話した。赤毛はそのあいだも瓶から直接あびるように葡萄酒を飲んでいる。


「ここには誰も来ていないよ。森にもたぶん誰も足を踏み入れてない。もうすぐセバスチャンが来る。あの子にも聞いてみるといい」


 先ほどロランが通ってきた暗がりから足音が聞こえてきた。


「マリー様、お腹すいたでしょ? お待たせしました」


 セバスチャンが籐かごを持って入ってきた。


「ほらきた」


「どうしてわかる?」


「気配でわかるんだよ」


「あたしはマリー」


 マリーがロランに自己紹介した。手を差し出すので儀礼によってロランはその手の甲に口づけをした。ロランがいることに驚いたのか、セバスチャンが戸口でぽかんと口を開けていた。


「ロランさん、どうしてここへ?」


「イネスを探していたら偶然……」


「これセバスチャン。客人だぞ。丁重にもてなす準備をせい」


 マリーが横やりを入れた。酒臭い匂いがセバスチャンにも伝わる。


「マリー様、飲み過ぎですよ。そんなに飲まれたらボクがいくつ持ってきたって足りません」


「しょうがないだろう。飲みでもしなきゃ退屈でしょうがないんだから」


「まったく」


 セバスチャンが呆れて空瓶をまとめて部屋の外へと運んでいった。




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