半夏生が白くなる頃に
半夏生が白くなる頃に
半夏生が白くなる頃に
どんよりとした曇り空から、しとしとと雨が降り続く6月。
今年も過酷で、だけど賑やかな「田植えの季節」がやってきた。
「さあ、苗を買いに行くぞ!」親父の威勢のいい声が響く。
現代のような全自動の田植え機なんて、この時代にはない。
頼れるのは、大家族の揃った「手」と「足」、そして伝統の道具だけだ。
田んぼに集まった家族全員で、木製の回転式広がり器――通称「コロコロ」を泥の上で転がしていく。
ガラガラ、ガラガラ。
泥の上にきれいに引かれた格子状の線。
その交差点を目がけて、みんなで一斉に苗を植えていく。
「腰を落として! 均一に植えるんだぞ!」
「泥が温かくて気持ちいい!」
泥にまみれ、汗を流し、声を掛け合う。
気がつけば、あちこちの田んぼのあぜ道に、緑色の不思議な葉が顔を覗かせていた。
カタシロサギ、またの名を「半夏生」。
田植えの最盛期、その葉の表面は、まるで白いペンキを塗ったように真っ白へと変化していく。
緑から白へ。
それは、この地域の農家にとって「田植えを終わらせろ」という自然からのタイムリミットの合図だっ
た。
「ほら、半夏生が白くなってきた! もう一息だ、みんな頑張ろう!」
限界が近づく体に鞭を打ち、最後の苗を泥に差し込む。
すべての田んぼが鮮やかな緑の苗で満たされたとき、ようやく我が家の田植えが終わった。
しかし、仕事はこれだけでは終わらない。
「道具を transition( transition) 道具を大事にしない奴は、良い米は作れん」
使い古した「わら」を手に取り、泥だらけになったコロコロを丁寧に拭き上げていく。
ゴシゴシと泥を落とし、乾燥させる。
この手入れこそが、来年の豊作へと繋がる大切な儀式なのだ。
秋になり、食卓に炊きたてのご飯が並ぶ。
お茶碗に盛られたお米は、あの半夏生の白さよりも、ずっと眩しくツヤツヤと輝いていた。
「うまい……!」
口いっぱいに広がる甘みと香りに、誰もが笑顔になる。
一杯の白いご飯。
その中には、泥にまみれた家族の汗と、道具を愛する農家の誇りが、ぎゅっと詰まっている。
気楽に読んで。




