G
最強の敵です
黒い残像を〇〇の視界に焼き付けて、消えた。
「――――クッ」
周りを見回す。
四畳半の狭い部屋。手を伸ばせば、部屋を占領する本棚に触れられる。
――――何処にいるんだ。
○○は悔しげに、右手の青い台所用スリッパを握り締めた。
「くっそ……」
黒い『それ』は、規格外の素早さでこの四畳半の部屋に身を隠したのだ。
TVラックの下か?
本棚の下か?
心音が狂ったように激しいビートを刻む。
不可解な緊張が息遣いを異常なほど荒くさせ、ブルブルと右手を震わせる。
相手は人間でさえ恐怖に陥れる化け物。
一撃必殺を心掛けなければ――――殺られる。
窓から差し込む夕陽が〇〇の心情とは裏腹に彼を優しく、包み上げていた。
「どこ……にいる」
いない。
何処にもいないのだ。
先程まで死闘を繰り広げていたはず―――――
「ん?」
○○は耳障りな音に気付く。
TVの砂嵐のような音。いや、どちらかというと携帯のバイブ音の方が近い。
そう虫の羽音のような
「羽音?」
咄嗟に○○は振り向くと、
夕陽に照される黒い化け物。
邪悪を体現したかのような黒に、素早さを追求した流線型のフォルム。闇を灯す黒き瞳。そして、恐怖を強要する二本の触覚。
それは――黒き悪魔(Gokiburi)だ。
またの名を、サタンと呼ぶ。
サタンについて、時代を遡ると、神話の時代。アマテラスが引き籠もりになった時の話だ。
アマテラスは弟があまりに暴れてしまった為に、拗ねて天の岩戸に隠れてしまった。しかし、突然、天の岩戸にGが現れ、アマテラスはそれを怖がり、急いで天の岩戸から出てきたのだ。
しかも、ワンワンと泣きながら出てきたアマテラス(作者的には長髪ロリ)を、スサノオががっちり抱き締めたのである。
ここから『も』予想の話だが、
「弟くん……怖かったよぉぉ……」
「アマ姉……」
アマテラスの涙が止まり、
「…………弟くんの腕の中って、暖かいね」
「え? いや、まぁ」
「ずっと…………いたいな」
「それは無理でしょう? ちゃんと、働かないとさ」
「バカ…………弟くんの鈍感」
的な会話が繰り広げられたに違いない。
恐らく、この後スサノオはアマテラスルートに進み、円満な家庭を作り上げただろう。
まぁ、作者の妄想は此所までとして、現在に戻ろう。
○○はおののく。
「空中形態だ……と」
黒き悪魔が、堕天使のごとき無数の薄羽を絶え間なく運動させ、宙に滞空しているのだ。
――――進化。
エボリューション。
どちらでもいいが、とにかく普遍的なGではなく、新種。
胸から沸き上がる恐怖を押さえつけて、○○は剣を構える。
「流石、ムシキング……だが!!」
勝てる。
それだけを信じ、右足を一歩前へ。
そして、跳ぶ。
しかし、黒き悪魔は動かない。まるで、○○を待っているかのように。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
振り上げられたスリッパは、重力と○○の力との合力を持ってして、凄まじい速度で振り下ろされた。
だが、空気を切り裂く威力は――――Gに避けられた。
「なん……だと」
いや、○○の手が震えて、狙いが外れたのだ。
視界がスローモーションになる中、彼は悟った。自分が床に着く前に死ぬと。
「見事、ムシキング……」
ドカッと地面に倒れ込む○○。
また一人、悪魔に挑み息絶えた勇者が…………
ズバンッ!!と、
それこそ剛腕の悪魔が何かを殴ったかのような凄まじい音が、隣の壁から発生した。
「○○!! うるさい!!!!!!」
「は、はい。すいません……△△さん」
MAXスピードで○○は立ち上がり、浮いているゴキブリをスリッパで叩き落とす。
やっぱり、幼馴染みで片思い中の△△の方が、○○にはよっぽど悪魔に感じられた。
いや、デレる時は最高の天使だが。