冒険者編⑤
森の朝は、まだ静かだった。
鳥の声が木々の上で響き、柔らかな光が葉の隙間から差し込んでいる。
アルマは立ったまま周囲を見渡していた。
大剣を肩に担ぎ、静かに森を警戒している。
そのとき――
ガサッ
小さな音。
枯れ葉が動きアルマの視線が瞬時にそこへ向く。
体が自然に動き剣を少し握り直す。
その瞬間、レオナがバッと目を覚ました。
寝ていたとは思えない速さだった
「……!」
体を起こし、すぐに周囲を確認する。
アルマは小さく頷く
「音」
レオナも頷く。
森の奥から、再び音がした。
ガサガサ……
何かが近づいてくる。
アルマは少し腰を落としレオナも身構える。
空気が少しだけ張り詰める。
そして――
草の間から
ピョン
長い耳が見えた。
二人は同時に少し力を抜く。
現れたのは――
野うさぎだった。
白い毛並み、丸い体。
ぴょんぴょんと跳ねながらこちらを見ている。
アルマは肩を落とした
「……またかよ」
レオナも小さく息を吐く
「体が警戒していて起きてしまいました」
少し苦笑する。
野うさぎはしばらくこちらを見ていたが、危険がないと判断したのか、また森の奥へ跳ねていった。
森は再び静かになる。
アルマは大剣を地面に立てかけた
「よし朝だな」
レオナは野営の荷物をまとめながら言う
「紅茶を入れましょうか」
アルマが笑う
「それ最高」
小さな火を起こして水を温め茶葉を入れる。
朝の森に、紅茶の香りが広がる。
しばらくしてノエルがもぞもぞ動いた
「……」
目をこすりながら起きる。
そして匂いに気づく
「……あ」
少し嬉しそうに言う
「いい匂い」
レオナがカップを渡す
「どうぞ」
ノエルは両手で受け取り一口飲む
「ふぅ……」
肩の力が抜ける。
アルマも紅茶を飲む
「うま」
三人はしばらく黙って紅茶を飲んだ。
森の朝の空気、温かい紅茶、静かな時間。
ほっと一息ついてアルマがカップを置く。
立ち上がり大剣を肩に担ぐ
「よし、行くか」
ノエルも立ち上がる
「うん」
レオナも荷物をまとめる
「はい」
三人は並び歩き出した。
森の奥。
今回の依頼の目的地。
廃修道院へ向かって。
~~~~~~~~~~
山間の奥の森を抜けた先に、廃修道院はあった。
かつては荘厳だったのだろう。
高い石壁、尖塔の跡、広い礼拝堂の骨格。
だが今は――
朽ち果てている。
屋根は落ち、壁は崩れ、柱だけがかろうじて残っている。
最早、建物というよりは石の骨組みだ。
風が吹くと、崩れた瓦礫が小さく音を立てる。
アルマは周囲を見渡した
「……ボロボロだな」
ノエルも辺りを見回す
「完全に廃墟だね」
レオナは少し目を閉じ、魔力を探る。
周囲の空気・地面・石壁。
ゆっくりと感覚を広げる。
だが――
「魔力異常は感じられません」
アルマは眉をひそめた
(前回もそうだったよな……)
あのときも、遺構に近づくまでは何も感じなかった。
そして――
地響きがして爆発
(近づいたら……)
胸の奥が少しざわつく。
三人はゆっくり修道院へ近づいた。
ジリジリと距離を詰める。
警戒し足音を抑えながら。
だが――
何も起きない。
地響きも、爆発音も何も聞こえない。
ただ、風が瓦礫を揺らすだけだった。
アルマは小さく息を吐く
「……静かだな」
ノエルも頷く
「うん」
レオナが言う
「内部を調査しましょう」
三人は修道院の中へ入ると、内部はさらに荒れていた。
石の床は割れ、柱は傾き、瓦礫が散乱している。
かつて礼拝堂だった場所も、今は天井が抜けて空が見えていた。
アルマが辺りを見る
「荒らされた跡があるな」
ただ朽ちただけではない。
何かに壊されたような跡がある。
ノエルも瓦礫をどけながら言う
「巨躯かな……」
レオナは慎重に調べる。
壁・床・石像。
一通り見て回ったが――
特におかしなところはない。
ふとレオナが立ち止まった
「……待って」
二人が振り向く。
レオナは床を指差した
「石像を動かした跡が……」
そこには、石の床に擦れた跡が残っていた。
長い間動かされていなかった石像を、最近になって動かしたような跡。
その先にあるのは――
朽ちた女神像。
崩れかけているが、まだ形は残っている。
像を見上げる
「これか」
両手を像に当てる
「よっと」
ぐっと力を込めると石像がゆっくり動いた。
ゴゴ……
重い音を出しながら埃が舞う。
その下に――
暗い穴。
地下へ続く階段。
アルマはその穴を覗き込むと冷たい空気が流れてくる。
アルマは呟いた
「……ぜってぇーなんかいるな」
ノエルが苦笑する
「だよね」
レオナも静かに頷く。
三人は慎重に地下へ降りた。
石の階段。
古く湿った空気。
足音が反響する。
やがて地下通路に出た。
壁に何かが描かれている。
ノエルが近づき指でなぞる
「……なんの術式だろ?」
複雑な紋様。
円・線・文字。
レオナも壁を見る
「……」
しばらく観察してから言った
「古い術式の上から」
指で別の線を示す
「新しい術式が上書きされているようにも見えます」
ノエルが驚く
「え?」
レオナは首を振る
「ですが……」
少し悔しそうに言う
「私の専門外ですね」
「わかりません」
三人は通路を進む。
足音だけが地下に響く。
空気が冷たい。
そして――
通路の先に巨大な扉が現れた。
石で作られた重厚な扉だった。
表面にはびっしりと紋様が刻まれている。
円・線・魔法陣のような構造。
見ただけで普通の扉ではないことがわかる。
アルマはそれを見上げて言った
「完全にボス部屋じゃんか」
ノエルが笑う
「言い方」
だが、その声も少し緊張している。
レオナは扉をじっと観察していた。
指で表面の術式をなぞる
「……慎重に開けましょう」
アルマが前に出る
「任せろ」
両手を扉に当てぐっと力を込める。
筋肉が盛り上がる
「よっ……!」
だが扉は動かない
「?」
アルマは眉をひそめる。
もう一度力を込める
「んぎぎぎぎ……!」
石が軋む音すらしない。
びくともしない。
アルマは手を離した
「……やっぱりあかない」
ノエルが首を傾げる
「鍵でもかかってるのかな?」
レオナはしゃがみ込み、術式をよく見る
「封印の術式でしょうか……」
壁の紋様、線の流れ、構造。
レオナの目が真剣になる。
そして小さく呟いた
「……これは……」
アルマが振り向く
「何かわかったか?」
レオナはゆっくり立ち上がると言った
「引き戸ですね」
「え?」
アルマとノエルの声が揃う。
レオナは扉の端を掴んだ。
そして――
横に引くと
**ゴゴ……**
石の扉があっさり動いた。
すんなりと開きアルマがぽかんとする
「どーゆーことだよ……」
ノエルが笑う
「押して開ける扉じゃなかっただけじゃん」
扉の向こうへ三人は足を踏み入れる。
そこは――
巨大な地下空間だった。
中央に大きな台座。
その上に【巨大な水晶玉】
人の背丈ほどある透明な球体が淡い光を宿している。
そして壁一面には――
無数の術式、複雑な魔法陣、文字、線。
それらが壁から床へ流れ床を這うように広がり、中央の水晶玉へと集まっていた。
まるで水晶玉がすべての魔力を吸い上げているようだった。
アルマは腕を組む
「……」
じっとそれを見つめる。
ノエルは水晶玉を見上げる
「私には」
少し首を傾げる
「魔力の異常わからないけど……」
レオナを見る
「レオナわかる?」
レオナは目を細め水晶玉を見つめた。
魔力の流れを感じ取ろうとするが――
ゆっくり首を振った
「……わかりませんね……」
魔力は流れている。
だが、異常かどうかは判断できない。
そのとき**ピキ……**
小さな音。
三人が同時に顔を上げる。
壁の術式が――
淡く青白い光を発した。
壁を伝い線を走りながら床の術式へ流れる。
魔力が中央の水晶玉へ送られていく。
レオナの顔色が変わった
「……!」
「警戒してください!」
地下空間の空気が――
わずかに変わり始めていた。




