冒険者編④
王都を離れ、半日。
山間へ続く道は次第に細くなり、やがて森の中へと入っていった。
木々は高く、枝葉が空を覆う。
昼間でも薄暗い場所だ。
そのさらに奥――
今回の依頼の目的地の廃修道院。
だが、三人はそこへすぐ向かうことはしなかった。
日没が近づいていたからだ。
山の夜は危険だ。
無理に進むより、野営して朝に向かう方が安全。
三人は小さな開けた場所を見つけ、簡単な野営の準備をした。
火を起こし、干し肉を焼き少しの雑談…
そして、夜が訪れる。
森は静かだった。
虫の声、遠くで風が枝を揺らす音。
焚き火の火が小さく揺れている。
アルマは見張りをしていた。
膝を立てて座り、焚き火の炎をぼんやり眺めている。
少し離れた場所では――
ノエルとレオナが並んで眠っていた。
二人は自然と体を寄せている。
ノエルは小さく寝息を立てている。
レオナの肩に頭を預けていた。
アルマはそれを見て、少しだけ微笑む。
そして視線を森へ向ける。
火の向こうの暗い木々の影。
その奥に、何かが潜んでいるような気がしてしまう。
アルマは小さく息を吐いた
(巨躯……)
頭の中に浮かぶ、あの存在。
ヤギの頭、赤い目、圧倒的な圧力
(ありゃ何者なんだ……)
アルマは拳を握る
(ギルドマスターも調べたっつーけど)
何も分からない。
目撃情報もない
(クマのときは)
熊型魔獣。
死ぬかもしれないと思った。
でも――
(あいつは)
焚き火の炎が揺れる
(そんなレベルじゃなかった……)
【恐怖】
あのとき感じた、圧倒的な格の違い
(なんなんだあいつは……)
そのとき後ろで小さな音がした
「……」
アルマが振り向くとレオナが起きていた。
眠そうな目を少しこすりながら静かにアルマの隣へ来た
「変わりますよ」
アルマが首を振る
「いや…もう少し起きてる」
レオナはアルマの顔を見た。
少しだけ優しい表情
「……」
そして静かに言う
「あまり考えすぎないようにしてくださいね」
焚き火の炎が二人の顔を照らす。
レオナは続ける
「眠れなくなります」
アルマは少し驚いた顔をした。
そして小さく笑う
「うん。大丈夫」
「ありがと」
レオナは小さく頷いた。
アルマは立ち上がり伸びをする
「じゃ寝るわ」
レオナは焚き火の前に座る。
見張りを引き継ぐ。
アルマはノエルの寝ている場所へ歩く。
ノエルはまだぐっすり眠っている。
アルマはその隣にごろんと横になった。
そして――
ノエルにぴったりくっついた。
腕を枕にし、そして…
秒で寝た。
レオナはそれを見て、小さく笑った
(吹っ切れたようですね)
さっきまで考え込んでいた顔はもうない。
アルマの寝顔は――
いつもの、のんきな顔だった。
レオナは焚き火を見つめる。
静かな夜。
森の奥は暗い。
だが今はこの場所だけが、少しだけ温かかった。
~~~~~~~~~~~
焚き火の火は、すっかり小さくなっている。
赤い炭が静かに光り、夜の森をかすかに照らしている。
ノエルが欠伸をした
「ふぁぁ……」
腕をぶらぶら振る。
まだ少し痺れが残っている。
アルマの頭の重みが、さっきまでそこにあった感覚が残っていた。
ノエルはレオナを見た
「変わるよ」
レオナは静かに頷く
「お願いします」
そう言うと、立ち上がり――
アルマの隣へ歩いていき自然な動きで、アルマの隣に横になった。
ぴたりと体を寄せる。
アルマはぐっすり眠ったまま、少しだけ動く。
無意識にレオナの肩に顔を寄せた。
レオナは小さく微笑む
(よく眠っていますね)
そして、すぐに目を閉じた。
疲れていたのだろう。
数秒後には、静かな寝息が聞こえてきた。
ノエルはそれを見て、くすっと笑う
「ん~~」
伸びをして背中を反らす。
空を見上げると、木々の隙間から星が見えていた
(魔力調査ねぇ……)
ノエルは手を前に出し魔力を少し流す。
ピキ……
冷たい音を立てながら手の中に小さな氷が生まれる。
それはすぐに形を整え――
氷のバラになった。
透き通った花が月の光を受けて、きらきらと輝く。
ノエルはそれを指で回した。
くるくる。
くるくる。
氷の花がゆっくり回る
(あれ?)
ふと、思考がよぎる
(そういえば……)
氷のバラを見つめながら考える
(巨躯が徹底的に遺構を壊したって言ってたけど)
ギルドの話を思い出す。
内部は瓦礫、術式は破壊、解析不能
(何の施設だったんだろう?)
(何のために壊したの?)
氷のバラがくるくる回る
(何の術式かわからないくらい壊してるって……)
ノエルは少し眉を寄せる
(調査できないように壊したのかな?)
氷の花びらを指で触ると少し冷たい
(もし私が)
(誰にもバレたくないものを壊すとしたら)
ノエルは小さく頷く
(同じことすると思うし……)
その瞬間、ハッと顔を上げた
(封印らしきものって言ってたから……)
思考が一気に繋がる
(怪しい儀式かなんかしてて)
その証拠と何かの痕跡…
(それを持ち出させないため?)
(それなら)
(帰れって言うのも辻褄が合う……)
私たちが調査して何かを見つける。
それが――
困る
(私たちが調査してバレたらまずいやつ)
ノエルはさらに考える
(ゴーレムは守護だよね?)
普通そうだ。
守る存在
(封印を守るための?)
(で、あの巨躯がぶっ飛ばした)
ここで思考が止まる。
氷のバラの回転も止まる。
ノエルは首を傾げた
「……」
(んん?)
疑問が浮かぶ
(なんでゴーレムは外に出てきたの?)
もし守護なら…封印を守るなら…外に出る理由がない。
むしろ――
中にいるはず。
ノエルはしばらく考えた。
だが、答えは出ない。
しばらくしてぽつりと言った
「わからん……」
氷の花が静かに溶けていく。
夜の森は、まだ静かだった。
氷のバラの回転も止まる。
~~~~~~~~~~
朝、森の空気がゆっくりと明るくなっていく。
夜の冷たい空気はまだ残っているが、東の空から差し込む光が木々の隙間を染め始めていた。
焚き火の炭は、ほとんど灰になっている。
かすかに温もりが残る程度だ。
アルマはゆっくり目を覚ました
「……ん」
軽く体を起こし寝ぼけた目をこすり、周囲を見回す。
森、野営の跡。
そして――
レオナはアルマの肩に寄り添うように眠っていた。
長い銀髪が肩に流れている。
規則正しい寝息。
そのさらに向こうでは、ノエルが丸くなってウトウトしている。
アルマは少しだけ笑い小声で言う
「ノエル」
ノエルがうっすら目を開ける
「……ん?」
眠そうだ。
アルマはレオナを指差す
「レオナ起きるまで寝てなよ」
ノエルはぼんやり頷く
「……うん」
すぐに体を丸める。
毛布を少し引き寄せる
「じゃ……お言葉に甘えて……」
そのまま再び目を閉じた。
数秒後には、静かな寝息が聞こえてきた。
アルマはそれを見て、小さく肩をすくめる
「はや」
そして静かに立ち上がり伸びをすると骨が軽く鳴る。
朝の空気は冷たい。
だが、どこか心地よい。
アルマは二人を見る。
眠っている顔。
無防備な寝顔。
ノエルは少し口を開けている。
レオナは穏やかな表情で眠っていた。
アルマの胸の中に、静かな思いが浮かぶ
(巨躯だろうが)
あの存在、あの圧。
思い出すだけで背筋が少し冷える
(なんだろうが……)
(俺は)
(2人を守る)
静かな決意
大きな声にする必要はない。
ただ胸の奥に、確かにある。
【トリニティ】
【三位一体】
三人でひとつ。
どれか一人でも欠けたら――
成り立たない。
アルマは小さく息を吐く
「……」
そして空を見上げると森もゆっくりと目を覚まし始めていた。
枝の上で鳥が鳴く
チチチ……
別の鳥が応える
ピィ……
葉が風で揺れる。
朝の光が少しずつ森に広がり新しい一日が始まる。
アルマは静かに剣を担いだ。
二人が起きるまで――
この朝の森を見張るつもりだった。




