学院編㉙
王都の通り。
ギルドを出た三人は、学院へ戻る道をゆっくり歩いていた。
昼の王都は相変わらず賑やかだ。
商人の声・荷車の音・露店から漂う甘い香り。
その匂いに、ノエルがぴたりと足を止めた
「……」
鼻をくんくんさせる。
アルマが振り返る
「またか」
ノエルがきっぱり言う
「菓子食べたい」
レオナが苦笑する
「さっきも食べましたよ」
ノエルは胸を張る
「別腹!」
結局、三人は露店で焼き菓子を買うことになった。
砂糖のかかった小さな焼き菓子。
三人は近くのベンチに座るりノエルがさっそく一口かじる
「ん〜」
満足そうな顔。
アルマも食べる
「んまい」
レオナも静かに一口。
甘い香りが口に広がる。
しばらく穏やかな時間が流れる。
ふと、レオナの視線が横へ向いた。
隣のベンチに座っている男。
見覚えがある。
長いローブ、やや乱れた髪。
机代わりの箱の上に紅茶を置いている。
そして――
男は紅茶を見つめながら、何かぶつぶつ言っていた
「香りと味……」
指でカップを回す
「風味を全て均一に保つためには……」
紅茶をじっと観察する
「温度管理が問題か……」
真剣な顔
「いや、茶葉の段階で既に誤差が……」
小さくうなずく
「なるほど、つまりこの茶葉は」
少し顔を近づける
「私の理論を理解していない」
紅茶に向かって真剣に語りかけている。
ノエルが焼き菓子を食べながら小声で言う
「……あの人」
アルマがちらっと見る
「なんか紅茶と会話してね?」
レオナは少し目を細め気づく
(あの方……)
レオナは丁寧に声をかけた
「あの……」
男がぴくっと反応しゆっくり振り向く。
レオナは言った
「もしかして、魔法研のニールさんではありませんか?」
男は少し目を細めじっと三人を見る。
数秒
「ああ」
少し首を傾ける
「んん?」
目をぱちぱちさせる
「ああ」
ゆっくり頷く
「君たちは……」
口元が少し笑う
「覚えていますよ」
指を立てる
「凍結と紫電さん」
ノエルが即座にツッコむ
「ノエルです」
レオナも続く
「レオナです」
アルマが元気よく言う
「アルマ!」
ニールは少しだけ考える顔をする
「なるほど」
小さく頷く
「名前があったのですね」
ノエルが呆れる
「あります!」
ニールは気にした様子もなく紅茶を持ち上げる。
少し真剣な顔で言う
「ところで」
三人を見る
「君たちは」
そして突然聞く
「紅茶の分子構造について考えたことはありますか?」
アルマがぽかんとする。
ノエルも止まる。
レオナだけが一瞬だけ理解しかけて、すぐにやめた。
ニールは真剣だった。
紅茶を見つめながら呟く
「香り、温度、空気の流れ……」
「完璧な一杯を作るには、世界の法則を理解する必要があります」
ノエルが小声で言う
「……この人」
アルマが同じく小声で言う
「やっぱちょっと変じゃね?」
ニールはその会話を聞いていない。
紅茶を見つめながら、まだ何か計算しているようだった。
ニールは紅茶を手に持ち、真剣な顔でカップを見つめている。
そして――
ふいに言った。「君たちは今」
紅茶から視線を上げ三人を見る
「私を変人だと思いましたね?」
ノエルが少し固まりアルマは一瞬目を逸らす。
レオナは微妙な表情をする。
ニールは小さく頷いた
「概ね正しい」
平然と言う。
メガネをクイッと持ち上げるとレンズの奥の目が、急に鋭くなる。
そして――
ノエルとレオナを見る。
「ですが……」
紅茶を軽く揺らす
「紅茶は」
ゆっくり言葉を紡ぐ
「配合」
「乾燥具合」
「抽出温度」
指を一本ずつ立てていく
「様々な要因があって味が決まります」
カップの湯気がゆらりと揺れる。
ニールは言う
「魔法も同じ」
視線がノエルへ向く
「ノエル君」
ノエルが「はい?」と少し驚く。
ニールは続ける
「君は凍結という属性を持ちながら」
紅茶を一口飲む
「配合を間違った結果」
指を軽く振る
「制御の甘い氷となった」
ノエルがぽかんとする。
アルマは隣で焼き菓子を食べながら思う
(何言ってんだこの人)
ニールは本気だった。
今度はレオナを見る
「紫電も一緒です」
レオナは少し真剣な顔になりニールは静かに説明する
「通常の電気に比べて」
カップを机に置く
「紫電は攻撃性能が高い」
指で空中に線を描く
「エネルギー密度が違う」
「構造が違う」
「流れが違う」
「私が以前教えた術式は」
少し肩をすくめる
「完璧ではありません」
ノエルとレオナが同時に驚く。
ニールはさらに続け
「術式とは」
空中を指でなぞる
「完成品ではない」
「雛形です」
レオナの目が少し真剣になる。
ニールは紅茶を持ち上げた
「自分に合わせて」
軽くカップを回す
「調整していくことが大事です」
湯気がゆっくり上がる。
ニールは微笑んだ
「そう……」
紅茶を見つめる
「この紅茶のように」
そして一口飲み目を閉じる。
「うむ」
満足そうに言った
「良い香りだ」
ノエルが小声で言う
「……」
アルマも小声で言う
「……」
二人同時
「やっぱ変人だ」
レオナだけは少し考え込んでいた。
配合・調整・術式の雛形。
それは――
確かに理にかなっていた。
ニールは紅茶を見つめながら、まだ何か計算しているようだった。




