学院編㉖
朝の光が部屋に満ちていた。
窓から差し込む柔らかな日差し。
紅茶の香りが、部屋の中にゆっくり広がっている。
その匂いに誘われるように――
ベッドの上で、ノエルがもぞもぞと動いた。
目をこすりながら起き上がる。
同時に隣でアルマも「ん……」と声を漏らして目を開けた。
二人はほぼ同時に起きたらしい。
ノエルが鼻をくんくんさせる
「……あ、いい匂い」
レオナが窓辺から振り返る。
手には紅茶のカップをもって柔らかく微笑む
「起きましたか」
机の上にはすでに二人分のカップが置かれていた。
ノエルはベッドから飛び降りる。
まだ少し寝ぼけた顔のままカップを手に取る
「ふぅー……」
香りを楽しみながら一口
「おいしい」
レオナが静かに頷く。
アルマもゆっくり起き上がったが、まだ半分夢の中らしい。
目はとろんとしている。
そして――
髪の毛が大爆発していた。
あちこちに跳ねている。
まるで寝癖の嵐。
ノエルがそれを見て吹き出した
「ぶっ……!」
アルマはぼんやりしたまま紅茶を持つ
「……うまい……」
寝ぼけた声。
レオナが苦笑する。
「さすがにひどいですよ」
クシを持って近づいてアルマの後ろに立ち、そっと髪を整え始めた。
アルマはされるがままに、ぼーっと紅茶を飲んでいる。
ノエルが笑いながら言う
「アルマ、鳥の巣みたいだったよ」
アルマはまだぼんやりしている
「んー……」
そしてぽつりと言った
「なんか……」
目をこする
「久しぶりにぐっすり眠れた気がする」
レオナの手が少し止まる。
そして優しく答える
「それは良かったですね」
髪も整い、いつものアルマに戻る。
窓から差し込む朝日、三人で飲む紅茶。
静かな朝だった。
――――――
その後、アルマは折れた剣を机に置いた。
半分に砕けた刃を見て少し困った顔をする
「剣折れちゃったからさ」
腕を組む
「新しいの買いに行こう」
レオナが頷く。「そうですね」
学院の授業はある。
だが三人は、すでに卒業認定が出ている。
つまり授業への参加は任意。
自由に行動できる立場だった。
ノエルがぱっと顔を明るくする
「街行くの!?」
目が輝き、にやっと笑った
「じゃあさ」
少し声を弾ませる
「サボっちゃおうか!」
アルマが笑う
「お、いいじゃん」
ノエルは拳を握る
「甘いの食べたい!」
レオナは苦笑する
「結局それですか」
ノエルは胸を張る
「重要!」
三人は支度を始める。
窓の外では、学院の一日が始まっていた。
だが今日は――
三人にとって、少しだけ気楽な日だった。
剣を買いに行き、甘いものを食べ、街を歩く。
ほんの小さな、平和な時間。
それもまた、冒険者になる前の貴重なひとときだった。
~~~~~~~~~~~
王都の街は朝の光の中、石畳の通りはすでに人で賑わっていた。
商人が声を張り上げ、荷馬車がゆっくり通る。
露店には果物、パン、焼き菓子、香辛料が並び、甘い匂いや香ばしい匂いが混ざって漂っていた。
学院の静かな空気とは違う、活気のある音。
三人は人混みの中を歩いていた。
ノエルは露店を見つけるたびに立ち止まり
「これおいしそう!」
焼き菓子の屋台。
砂糖がまぶされた小さな丸い菓子。
店主が笑う
「朝焼いたばかりだよ」
ノエルは即座に三つ買った。
アルマとレオナにも一つずつ押し付ける。
そして三人は通りの端にあるベンチへ座った。
ノエルが一口かじる
「ん〜!」
顔がぱっと明るくなる。
アルマもかじる。
外はサクッとして、中はふわっと甘い
「んまい」
素直な感想が漏れる。
レオナも小さくかじる。
砂糖の甘さが口に広がる。
少しだけ笑みが浮かぶ。
通りでは人が行き交う。
商人の声・子供の笑い声。
何事もない、普通の朝。
だが――
三人にとって、その普通がとても尊いものに感じられた。
ノエルがもう一口かじりながら言う
「なんかさ」
口をもぐもぐさせながら笑う
「他の生徒は勉強してるのに」
少し声を潜める
「背徳感あって余計に美味しく感じるね」
アルマが笑う
「悪いことしてる気分だな」
レオナが紅茶を飲む仕草をしながら言う
「罪の味ですね」
そして、くすっと笑った。
通りの向こうから、数人の冒険者が歩いてくるのが見えた。
革鎧、大きな剣、杖を持った魔法使い、背には荷物。
どうやらギルドへ向かっているらしい。
アルマはその姿をじっと見ていた。
菓子を持ったまま少し真剣な顔になる
「あの人たちも」
通りを歩く冒険者たちを見ながら言う
「怖いのとか克服して」
少し遠くを見る
「冒険してるんだろうなぁ」
ノエルもその方向を見る。
冒険者たちは普通に歩いている。
笑っている者もいる。
だがきっと魔獣や危険と戦ってきた人たちだ。
レオナは静かに言う
「そうでしょうね」
ノエルが菓子をかじる
「でもさ」
「アルマも同じでしょ?」
アルマは少し驚いた顔をする
ノエルは言う
「怖かったけど」
軽く肩をすくめる
「ちゃんと逃げたじゃん」
アルマは少し黙り、小さく笑った
「……まぁな」
街の喧騒・甘い菓子・穏やかな朝。
~~~~~~~~~~~~
王都の鍛冶通り。
通りに入った瞬間、空気が変わる。
鉄の匂い、炉の熱気。
どこかで金属を打つ音が響いていた。
カン、カン、カン――
鍛冶屋が並ぶ通りには、剣や槍、斧、盾が店先に並んでいる。
三人はその中の一軒に入った。
店の中は薄暗く、壁には武器がびっしりと飾られている。
大剣・長剣・曲刀・槍・戦斧。
天井から吊るされた武器が、光を受けて鈍く輝いていた。
アルマの目が輝く
「おぉう……」
思わず声が漏れる
「すげぇな……」
まるで宝の山を見つけた子供のように、店の中を見回す。
ノエルは少し後ろから覗き込む
「武器屋ってこんな感じなんだ」
レオナは静かに店内を観察している。
その間に、アルマはすでに武器の棚に向かっていた。
一本の剣を手に取り、重さを確かめるように軽く振る
「んー……」
首をかしげ、別の剣を持つ。
また振る
「これ軽いな」
さらに別の剣。
重さ、柄の握り、刃の長さ。
アルマは一本一本、真剣に確かめていく。
背後で店主が腕を組んで見ていた。
白髭の老鍛冶師が黙って様子を見ている。
アルマが言う
「うーん……」
頭をかく
「どれにするか迷うな……」
しばらくして、店の奥に立てかけてあった一本に目が止まる。
アルマはそれを持ち上げた。
大剣。
刃はアルマの背丈とほぼ同じ。
幅広の重厚な刃で柄も長い。
普通の人なら両手で扱う武器だ。
アルマは軽く振る。
空気を切る音。
アルマの口元がにやっと動く
「……これ」
もう一度振る。
遠心力が乗る
「これいいかも」
店主が近づいてくる。
アルマの姿を見て少し笑う
「お嬢さん」
顎を撫でながら言う
「小柄なのに力持ちだねぇ」
アルマは胸を張る
「ドワーフだからな!」
にこっと笑う。
その笑顔は誇らしげだった。
店主も笑う
「なるほどな」
その大剣を台に置き値段を伝える。
アルマは少しだけ眉をひそめるが――
すぐに頷いた
「買う!」
財布から金貨を出す。
店主は満足そうに頷き、剣を布で軽く磨いてから渡した。
アルマはその大剣を背中に担ぐがやはり大きい。
剣先がかなり下まで伸びる。
歩くと地面に触れそうだ。
ノエルがそれを見て吹き出す
「ちょっとアルマ!」
ケラケラ笑う
「剣先地面に擦りそうじゃん!」
アルマは振り返る
「うるせー!」
少し持ち上げ直す。
だがそれでも長い。
ノエルは腹を抱えて笑っている
「ほんとに小さい戦士だね!」
レオナも少し笑っていた
「ですが似合っていますよ」
アルマは少し照れた顔をする。
そして新しい剣の柄を軽く叩いた
「よーし」
目が少し輝く
「これでまた強くなれる」
鍛冶屋を出る三人。
背中には新しい大剣。
王都の通りは今日も賑やかだった。




