学院編㉔
夜更けの学院。
月は高く昇り、訓練場には誰もいないはずだった。
だが――
ガンッ!!
金属の音が響く。
ガンッ!!
再び衝撃音。
静まり返った訓練場に、規則的な打撃音が響いていた。
アルマだった。
汗で髪が張り付き息は荒い。
だが止まらない。
目の前には訓練用の魔法人形。
アルマは大剣を振り下ろす。
ドンッ!!
人形の体が大きく揺れる
「はぁ……!」
呼吸が荒いが止まると――
思い出してしまう。
あの巨躯。
あの赤い目・あの声。
【帰れ。弱き者よ】
胸の奥がざわつき体が冷える。
思い出させないようにアルマは剣を振る
「おらぁ!!」
人形に叩きつける。
また振る。
また振る。
止まれば恐怖が蘇る。
だから
動き続けるしかなかった。
―――――
一方。
学院の図書室。
深夜でも灯りが点いていた。
分厚い本がいくつも机に広げられている。
ノエルが本をめくる。
ページの端には古い魔獣の挿絵。
レオナも別の本を読んでいる
「強大モンスター図鑑」
「悪魔一覧」
「未討伐生物記録」
様々な書物を調べていた
だが――
どこにもそれらしい存在は載っていない。
ノエルが本を閉じる
「うーん……」
腕を伸ばして背伸びする
「ヤギの頭をした魔獣はいるけど……」
ページを指で叩く。
そこにはヤギ型の魔獣の絵。
ノエルは首を振る
「どう見ても違うもんね……」
あれは、魔獣というより――
もっと異質だった。
レオナも静かに本を閉じ目を伏せる。
思い出す。
ゴーレムが爆散した瞬間、煙の中から現れた巨躯。
その圧、その存在感
「……」
レオナは小さく呟く
「魔族でも……」
ページをめくる。
悪魔の図だがどれも違う
「悪魔でも……」
本を閉じ静かに言う
「一致する記録がありません」
図書室の静寂が深くなる。
ノエルがぽつりと言う
「じゃあ……」
少し不安そうに
「あれって何なの……?」
その問いに答えはない。
窓の外では月が静かに光っている。
そして遠くの訓練場から――
ガンッ!!
ガンッ!!
アルマの剣の音が、夜の学院に響いていた。
~~~~~~~~~~~~
数日後・学院の執務室。
アルマ、ノエル、レオナの三人は再び呼び出されていた。
部屋の中には、前と同じ教師。
そしてもう一人、ギルド関係の書類を持った教師が立っている。
机の上には、何枚もの報告書が広げられていた。
教師は三人を見て言った
「遺構の件だ」
短く息を吐く
「ギルドが調査隊を出した」
アルマが少し身を乗り出す
「どうだった?」
教師は答える
「お前たちが見た『巨躯』は――」
少し間を置く
「いなかったようだ」
三人の表情が同時に動いた。
ノエルが小さく呟く
「……いなかった?」
教師は報告書をめくる
「調査隊が遺構内部に入って確認したところ」
指で紙を叩く
「入口付近に大型ゴーレムの残骸があった」
アルマたちが見たものだ。
あの巨大な石の守護者。
教師は続ける
「核や術式展開を調べるため、回収してきたらしいが」
眉をひそめる
「徹底的に破壊されていた」
アルマが思い出す。
巨躯が握り潰したゴーレムの頭。
教師は紙をもう一枚出す
「内部も同じだ」
報告書の図面。
遺構内部の簡易構造。
「壁には術式の痕跡があったらしい」
つまり、ゴーレムを制御する施設だった可能性。
だが――
教師は低く言う
「それも全部、破壊されていた」
レオナの目が細くなる。
教師はさらに続ける
「小型のゴーレム――」
言葉を選ぶ
「らしきものの残骸も多数」
部屋が静かになる。
ノエルが呟く
「……ゴーレム工房?」
教師は肩をすくめる
「可能性はある」
しかし話はそこで終わらない。
教師はもう一枚の紙を出した
「最奥部」
そこに記されていたのは。
封印構造の跡
「何らかの封印があったように見える」
教師は紙を机に置く
「だが」
声が少し重くなる
「これも徹底的に破壊され尽くしていた」
図面には、ただの瓦礫。
床が砕け、壁が吹き飛んでいる。
もはや何があったのかすら分からない。
教師はゆっくり言う
「手がかりは何もない」
「分かったのは」
静かな声
「ただ破壊し尽くされただけ」
という事実だけだった。
アルマは腕を組む。
頭の中にあの巨躯が浮かぶ。
教師が言う
「何か目的があって内部を壊していたのかもしれん」
報告書を指で叩く
「しかし」
声が少し低くなる
「破壊痕の規模から」
紙の一文を読む
「単独でやったとしたら、相当な出力と魔力量」
「というのがギルドの見解だ」
レオナが静かに手を上げる
「そうなんですね……」
少し考えてから聞く
「もし、人間が同じ規模で同じことをするとなると」
「どのくらい人数必要なのでしょうか?」
教師は頷く
「その点も調べてある」
机の引き出しから紙を一枚取り出す。
それを三人の前に置く。
そこに書かれていたのは――
Aランク冒険者(魔法使い)8人分相当
ノエルの目が大きく開く
「Aランク……」
喉が乾く
「8人分……」
【Aランク】それは王都でも一流の冒険者。
その魔法使いの――8人分。
アルマは口を開く
「それを」
小さく呟く
「……あいつ一人で?」
教師は静かに言う
「もし、お前たちの証言通りならな」
教師はもう一度、報告書のある部分を指した
「そして」
目を細める
「気になるところがここだ」
指先が止まる。
そこに書かれていたのは――魔力残渣なし
アルマが首を傾げる
「とゆーと?」
レオナがすぐに理解する
「強力な魔法を使うと」
静かに説明する
「必ず魔力の痕跡が残ります」
ノエルも頷く。
魔法の残り香・魔力残渣などが必ず残る。
教師は言う
「それがない」
部屋の空気が冷たくなる。
レオナがゆっくり言う
「つまり……」
考えながら言葉を選ぶ
「魔法じゃない何かを使ったか」
「痕跡を消し去る方法を持っていたか……」
教師は腕を組んだ。
静かに言う
「そういうことになる」
窓の外では、夕暮れが沈みかけていた。
部屋の中は静まり返る。
三人の頭の中に、同じ姿が浮かんでいた。
ヤギの頭蓋・赤い目・圧倒的な存在。
そして【帰れ。弱き者よ】
あの声はただの魔獣でも、ただの悪魔でもない。
何か――
異質な存在だった。




