学院編㉑
翌日・王都から半日ほど離れた山道。
三人はゆっくりと森の中を進んでいた。
足元には古い石畳の跡。
かつて道だったものが、草と土に埋もれている。
アルマは歩きながら笑った
「戦闘なしとはいえさ」
空を見上げる
「なんか冒険者っぽいよな!」
ノエルも楽しそうに周囲を見る
「確かに!」
落ち葉を踏みながら言う
「遺構どんなんなんだろー?」
レオナはその少し後ろを歩いていた。
森の匂い、古い道、静かな風
(まるで……)
ふっと微笑む
(昔の探検のときの様ですね)
山の村で三人山を駆け回っていた頃。
自然と、くすっと笑みがこぼれる。
やがて――
木々の向こうに、灰色の影が見えてきた。
崖の岩肌に、半ば埋め込まれるようにして造られた建造物。
古い砦のような構造。
壁は崩れ、塔は半分崩落している。
石は黒く風化し、苔が広がっており、まさに廃墟と呼ぶに相応しい姿。
アルマが足を止める
「……レオナ」
砦を見上げながら言う
「なんかわかるか?」
レオナは静かに目を閉じる。
魔力感知。
周囲の空気を読む。
風・石・土。
そして――
「…………」
ゆっくり目を開く
「何も感じませんね」
ノエルが首を傾げる
「中に入らないとわからないかもしれないね」
アルマは頷く
「よし行ってみよう」
三人は砦へ近づいていく。
崖の中腹に黒く口を開けた入口がある。
大人三人が並んで入れるほどの大きさだ。
アルマが思わず言う
「でかいな……」
その時。
ビリ……
足元の石が微かに震えた。
アルマが眉をひそめる
「?」
次の瞬間。
ドン、と低い音と同時に地面が揺れる。
アルマが入口を見ているが何も見えない
「なんかいんのか?」
さらに。
ドン。ドン。
奥から響く音。
まるで巨大な何かが歩いているような。
ドドン。
揺れが強くなる。
そして――
ゴゴゴ……
何かを引きずるような音。
石が擦れる音。
レオナの目が鋭くなる
「隠れましょう!」
三人は崖の岩陰に飛び込み息を潜める。
音は、確実に近づいている。
ドン……ドン……
ノエルが小さく囁く
「何か……」
不安そうな声
「爆発してる?」
奥で時々、鈍い破裂音がしている。
やがて――
静かになる。
音が止まる。
森が静まり返り風の音だけが聞こえる。
三人は顔を見合わせる。
「?」
その瞬間。
ドォォォン!!
遺構の入口が――
爆ぜた。
石が弾け飛び砂煙が舞う。
アルマが思わず叫ぶ
「なぁ!?」
瓦礫の中から――
巨大な石の腕。
指の一本一本が岩の塊のようだ。
その腕が、砦の入口を掴むと石が砕ける。
ゴゴゴゴ……
ゆっくりと。ゆっくりと。
巨大な体が這い出してくる。
頭、胴、肩。全てが岩。
三メートルはあろう巨体。
赤い魔力の光が胸で脈打っている。
ゴーレム。
古代遺構の守護者である石の巨体が、地面を揺らしながら外へ出てくる。
その影が三人に覆いかぶさる。
アルマが小声で呟く
「……でっか……」
遺構の入口から這い出てきた巨大なゴーレムは、ゆっくりと体を持ち上げている。
ゴリゴリと石が擦れ合う音。
地面を踏みしめる重い振動。
レオナが小声で言う
「戦闘はナシですよ」
声は落ち着いているが、目は鋭い。
アルマも小さく頷く
「わかってる」
今の任務は調査。
戦う理由はない。
ゴーレムは巨大だが、動きは鈍い。
様子を見て、報告すればいい。
そう思った――
その瞬間。
ドォォォン!!!!
ゴーレムの体が――
大爆発した。
岩の巨体が内側から弾け飛ぶ。
石片が空を舞う。
衝撃波が森の空気を震わせる。
アルマが思わず目を見開く
「……!?」
ゴーレムは――
砕け散った。
まるで中から破壊されたかのように。
石の破片が地面に落ちる音だけが響く。
そして――
ごん。
重い足音。
ごん。
瓦礫の奥から。
爆煙の中から。
それは現れた。
最初に見えたのは――
巨大な蹄。
地面に落ちるたび、土が沈む。
そして、丸太のような腕。
太く、長く、筋肉が異様に盛り上がっている。
胸板はまるで鎧。
皮膚ではなく、硬い岩のように見える。
最後に見えたのは、頭。
ヤギの頭蓋のような頭部。
骨のような形状に歪んだ角。
空洞の眼窩の奥に――
赤い光。
まるで目のように、暗く燃えている。
アルマの背中に冷たい汗が流れる
(なん……だ……)
喉が乾く
(ありゃ……)
言葉にならない。
その巨躯はゆっくりと歩く。
そして――
ゴーレムの頭部を掴んだ。
石の塊を片手で鷲掴みした同時に
バンッ!!
と爆発し、ゴーレムの頭部は粉々になる。
巨躯はそれを持ち上げ、じっと見る。
何かを確認するように。
そして――
ぽい。
まるでゴミを捨てるように投げ捨てた。
岩が地面を転がる。
空洞の眼窩が――
こちらを向いた。
アルマの背筋が凍る。
次の瞬間。
巨躯が息を吸う。
そして。
グォォォォォォォォォ!!
身の毛もよだつ雄叫び。
森の空気が震え、地面が揺れる。
音の大きさではない。
圧倒的な存在の重み。
ノエルが息を吸えなくなる
「……っ」
肺が動かない。
足が震える。
レオナも同じだった。
膝が笑って立っているのがやっと
(これは……)
魔力の圧。
いや、それだけではない。
もっと根源的な――
生物としての威圧。
アルマの額から汗が滴る
(生物としての……)
喉が震える
(格が……)
理解してしまう
(違いすぎる……)
巨躯が歩き出す。
ごん。
ごん。
木が揺れる。
ゆっくり。
ゆっくり。
三人の隠れている岩陰へ近づいてくる。
三人の呼吸だけが、かすかに聞こえていた。
巨躯はゆっくりと歩みを止めた。
赤い光が揺れる空洞の眼窩が、三人の隠れる岩を正確に見据えている。
逃げ場など、最初からなかったかのように。
アルマの手は剣の柄を強く握っていた。
だが、その手は震えている。
震えが止まらない。
冷たい汗が額を伝う。
心臓が嫌な音を立てていた。
そのとき、巨躯の低い声が、森の空気を震わせた
「帰れ」
言葉だった。
低く、深く、地面を伝うような声
「弱き者よ」
ノエルの瞳が大きく揺れる
「……え……?」
レオナも息を呑む
(言葉……?)
魔獣ではない。
明らかに――
知性がある。
レオナは震える声で言った
「……ひ、引きましょう……」
それしかない。
勝てる相手ではない。
直感が叫んでいる。
アルマの目が、ぎらりと光った。
巨躯を睨みつけている。
レオナが思わず叫ぶ
「アルマ!引きますよ!!」
アルマは歯を食いしばる
「こいつが逃がす保証ねーだろ!」
もし背中を見せたら、その瞬間殺されるかもしれない。
その恐怖が、アルマの判断を狂わせた。
アルマは叫ぶ
「いけ!!」
恐怖を振り払うように、自分自身を鼓舞するように地面を蹴った
「うおおおおお!!」
倍以上ありそうな巨躯に全力の踏み込みで斬りかかる。
剣が弧を描き巨躯の胸へ。
剣が当たったと思った瞬間。
バンッ!!
アルマの剣が――
爆発した。
衝撃でアルマの体が宙に吹き飛び地面を転がる
「アルマ!!」
ノエルの悲鳴。
巨躯は――
何もしていない。
腕も動かしていない。
指一本、動いていない。
ただ立っている。
アルマは地面に倒れたまま咳き込む
「ゲホッ……!」
血が口から零れる。
震える腕で体を起こす
「な……」
息が荒い
「何しやがった……」
巨躯はゆっくり首を傾ける。
空洞の眼窩の赤い光が、静かにアルマを見下ろす。
そして言った
「3度は言わん」
低い声
「帰れ」
森が静まり返る
「弱き者よ」
レオナが駆け寄る。
アルマの肩を掴み
「アルマ!!」
必死の声
「しっかりしなさい!!」
目が震えている
「勝てるわけない!!」
アルマは歯を食いしばる。
拳を握る。
悔しさと恐怖が混ざり合っている
「くそ……」
三人はゆっくりと後退する。
目を逸らさないまま。
一歩、また一歩。
巨躯は動かない。
追ってこない。
ただ、じっと見ている。
やがて三人は森の奥へ退いた。
距離が開き、木々が視界を遮と巨躯は背を向けた。
重い足音。
ごん。
ごん。
遺構へ戻っていく。
まるで――
最初から三人など脅威ではないかのように。
森には、ただ重苦しい沈黙だけが残った。
アルマは唇を噛みしめていた。
初めて味わった圧倒的な――
絶望だった。




