学院編⑲
数日後――
学院の魔法科訓練場。
青い魔法陣がいくつも地面に刻まれ、生徒たちが魔法を練習している。
炎弾・風刃・水の槍。
色とりどりの魔法が空を横切る。
その訓練場の端に、見慣れない集団が立っていた。
黒い外套・銀の紋章。
学院の教師とは雰囲気が違う
「……なるほど」
一人の男が腕を組みながら言う
「噂の学生というのは、あの子たちか」
彼らは――
王都魔法研究所、通称“魔法研”の研究員たちだった。
熊型魔獣の件。学生三人での討伐。
その噂は、学院の外にも広がっていた。
研究員の一人がノエルの魔法を見ている。
ノエルが詠唱無しで氷弾を放つと拳大の氷が一直線に飛び、魔法人形の胸を凍らせる。
研究員が小さく頷く
「出力が高い」
別の研究員はレオナを見ている。
レオナが負傷した訓練用人形に手を当てる。
ぱちり、と紫電が放出され傷がゆっくり塞がる。
研究員が目を細める
「……精密だ」
小さく呟く
「制御の精度がかなり高い」
そして、その中の一人が、ゆっくり前へ出た。
背の高い男。
整った白髪、冷静な目。
ノエルの前に立つ
「少しいいかな」
ノエルが振り向く
「はい?」
男は軽く頭を下げた
「私はニール」
落ち着いた声
「魔法研の上級研究員をさせてもらっています」
周囲の生徒がざわつく。
魔法研。王都でも最高レベルの魔法研究機関。
ノエルが少し驚く
「えっ……」
ニールはノエルを観察するように見る。
魔力の流れ・放出の癖・詠唱なしで出る出力
「君は出力が大変素晴らしいですが……」
ノエルは苦笑する
「制御が甘いんですよね……」
自覚はある。
氷魔法は威力は出るが、細かい調整が難しい。
だから教師にもよく言われるが、ニールは静かに首を振った
「いや」
短く言う
「違いますね」
ノエルが少し驚く
「え?」
ニールは少しだけ目を細める
「あなたは制御が甘いのではなく」
言葉を区切る
「属性が違います」
ノエルが瞬きをする
「……どういう事でしょうか?」
ニールは地面に落ちた氷の欠片を拾い、指先で砕く
「あなたは魔力は、氷を作る魔力ではないですね」
ノエルの目を見る
「凍結です」
その言葉が、空気を少し変える。
周囲の研究員が小さく頷く。
ノエルは理解できず、首をかしげる
「凍結……?」
ニールは説明する
「氷魔法は、水分を操作して氷を作る」
落ちた氷の欠片を再び拾い、弾くと砕けた
「だが、あなたの魔法は違う」
訓練場の魔法人形を見る。
さっき凍らせた部分。
まだ氷が解けていない。
ニールは静かに言う
「対象そのものを凍らせる温度を奪う魔法」
そして断言する
「君は氷ではなく――凍結が適している」
ノエルの胸が、どくんと鳴る。
今までの違和感。
氷が異様に解けない。
凍り方が普通と違う。
すべて、説明がつく。
ノエルは小さく呟く
「……凍結……」
その言葉の意味を、まだ完全には理解できていない。
だがニールは確信していた。
この少女の魔法は――
普通の氷魔法ではない。
周囲の生徒たちは、いつの間にか訓練の手を止めていた。
魔法研の上級研究員が、一人の学生に直接話しかけている。
それだけでも珍しい。
しかも――
内容が普通ではない。
ニールは静かに頷いた
「非常に珍しい属性です」
そう言うと、懐から紙を取り出すと迷いなくペンを走らせた。
サラサラと音が響く。
魔法陣の簡略構造・魔力の流路。
符号のような術式記号。
複雑な図形が、驚くほどの速さで紙の上に描かれていく。
周囲の魔法科生徒が息をのむ
「速…」
「何あれ…」
数十秒ほどで、ニールは紙を差し出した
「これを」
ノエルが恐る恐る受け取る。
見慣れない術式だが、不思議と理解できる部分もある。
ニールは穏やかに言った
「あなたの思う、一番綺麗だと思うものを想像して」
少し微笑む
「魔法を使ってみなさい」
ノエルはきょとんとする
「綺麗なもの……?」
紙を見つめる。
術式をなぞるように目で追う。
魔力の流れを想定し、集中。
ゆっくり息を吸う
(綺麗なもの……)
頭の中で探す。
雪?氷?違う。
もっと――
(花……かな……)
思い浮かんだのは、村の山で咲いていた小さな花だった。
春になると、温泉の近くに咲く。
白くて、透き通るような花。
そのイメージを胸にノエルは手のひらを開いた。
魔力が流れ術式が形を持つ。
その瞬間――
ピキ……
小さな音とともにノエルの手の中の空気が、ゆっくり凍り始める。
ピキピキ……
透明な氷が、花弁の形に広がっていく。
細い茎、幾重にも重なる花びら。
氷は白く濁らず透き通る。
まるでガラス細工のように、静かにゆっくりと
一輪のバラが咲いた。光を受けて、きらきらと輝く。
訓練場が静まり返る。
誰も声を出さない。
その美しさに、言葉が出ない。
ノエルの目が見開かれる
「ななななな!?」
手を見つめる
「何これ!?!?」
氷のバラは、指の上で静かに輝いている。
溶けない。
崩れない。
ただ静かに、美しく存在している。
周囲からざわめきが広がる
「すご…」
「氷魔法…?」
「いや、あんな形作れるのか…?」
ニールは腕を組み、静かに頷いた
「やはり凍結ですね」
ノエルはまだ混乱している
「え!?なにこれ!?どうなってるの!?」
レオナが近づいて氷のバラを覗き込む
「……綺麗ですね」
アルマも後ろから覗く
「おぉ……」
思わず言う
「なんかすげー」
ノエルはまだ手の中のバラを見つめていた。
氷なのにまるで生きている花のように、静かに咲いていた。
周囲の生徒たちは思わず息を呑んでいる。
その光景を見ながら、ニールはゆっくりと口を開いた
「戦闘用として応用すると――」
穏やかな声だが、その内容は大きかった
「君は戦場の時間を止める支配者となれますよ」
空気が少し張り詰める。
ノエルが瞬きをする
「え……?」
横でアルマが大きく反応した
「支配者!?」
目を輝かせる
「何それかっけー!」
ノエルが慌てる
「ちょっとアルマ!」
だが、ニールは淡々としている。
そして今度は、レオナへ視線を向けた。
静かに懐からナイフを取り出す。
レオナが少し驚いたそのとき、
スッ。
ニールは自分の指先を軽く切った。
赤い血が滲む。
周囲の生徒がざわつく
「治してみてください」
落ち着いた声。
レオナは頷く
「……はい」
そっと手を伸ばすし集中。
呼吸を整え、指先に魔力を集める。
ぱちり
小さな紫電が走る。
電気が糸のように指先へ絡みつく。
細胞が刺激され、傷口がゆっくり閉じていく。
血が止まり、皮膚が再生する。
ニールはそれをじっと観察していた。
そして、満足そうに頷く
「素晴らしい」
少し考えるように言う
「これを攻撃に応用したことは?」
レオナは少し困った顔をする
「痺れさせる程度なら可能ですが……」
首を振る
「出力が低いので、攻撃転用はできないそうです」
今まで教師たちにも言われてきた。
雷魔法としては威力が低い
ニールは「なるほど」と呟く。
そして再び紙を取り出した。
ペンを走らせる。
サラサラサラ。
術式が次々と書き込まれていく。
今度は途中でいくつかの構造を書き換える。
魔力の流れ・放電の方向。束縛の構造。
書き終えると、紙を差し出す
「君は電気――」
少し言葉を区切る
「すなわち雷属性ではない」
レオナが眉をひそめる。
ニールは続ける
「紫電だ」
訓練場が静かになる
「雷と紫電は似て非なるもの」
紙を軽く叩く
「やってみなさい」
レオナは少し疑いの目でニールを見る
(本当に……?)
だが、紙を見ると確かに自分の術式だが、ところどころが書き換えられている。
魔力の逃がし方・電流の束ね方・構造が違う。
レオナはゆっくり息を吸う。
そして詠唱する
「――」
魔力が流れた瞬間、空中に放電体が現れた。
紫色の光。
空気が震える。
バチッ!!
強烈な音とともに放電体から電気が暴れ出す。
激しく火花を散らしながら――
対象へ向かって放電する。
バチバチバチバチ!!
紫の雷が地面を走り、訓練用の魔法人形に直撃し火花が飛び散る。
周囲の生徒が思わず後ずさる
「うわっ!」
「すご……」
レオナ自身が一番驚いていた
「……こんな出力……」
今まで感じたことのない魔力の流れ。
制御はできているが威力が違う。
ニールは静かに頷く
「こちらも素晴らしい」
少し目を細める
「練度を上げれば――」
指で空中に線を描く
「対象を焼き切りながら拘束する」
そして言う
「紫電の鎖ができそうですね」
レオナはまだ空中の放電の残滓を見つめていた。
ノエルが横から覗く
「レオナ……」
驚いた声。
アルマは目を輝かせている
「おいおい」
思わず言う
「なんか二人とも急に強くなってないか?」
魔法研の研究員たちは静かに頷いていた。
三人の才能。
それはまだ――
ほんの一部しか引き出されていなかった。
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ノエルの氷のバラ。
レオナの紫電。
二つの魔法の余韻が、空気の中にまだ残っている。
放電の残り火がぱちぱちと小さく弾け、氷の花びらが光を反射する。
周囲の生徒たちは、誰も言葉を発さない。
ただ、目の前の光景を見つめている。
ニールは静かに周囲を見渡した。
そしてゆっくり口を開く
「いいですか、皆さん」
穏やかな声。
だが、その声は訓練場の隅までよく通る。
生徒たちが自然と姿勢を正す
「学院が教えてくれることが」
少し間を置く
「全てではありません」
ざわり、と空気が揺れる。
教師たちも黙って聞いている。
ニールは落ち着いた調子で話す
「ここで基礎を学び」
ゆっくり手を広げる
「互いに高め合い」
そして視線を遠くへ向ける
「そして――世界へと羽ばたくのです」
訓練場に静寂が落ちる。
その言葉は、ただの講義ではない。
どこか実感のこもった響きがあった。
アルマがぽつりと呟く
「何だこの人……」
少し目を輝かせている
「かっけーな……」
ノエルも小さく息を呑む
「上級研究員……」
その肩書きの重さを、今さら実感していた。
だが。
レオナだけは――
少し違う顔をしていた。
冷や汗が、静かに頬を伝う
(この人……)
視線をニールに向ける。
ニールは穏やかな顔で立っている
(とてつもない魔力を感じる……)
肌がわずかに粟立つ。
普通の魔法使いの魔力とは違う、巨大な湖のような魔力。
しかも
(抑えている感じもしますが……)
それでも、漏れている。
そして――
(何か……もっと別の……)
言葉にできない何か。
ただ強いだけではない。
深く底が見えない。
レオナは息を整える。
ニールはふっと笑うと
「では」
軽く手を叩く
「訓練を続けてください」
まるで何事もなかったかのように言う。
だが、訓練場の生徒たちは皆分かっていた。
今、自分たちはとんでもない魔法使いの言葉を聞いていたのだと。




