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プロローグ②

湯気の向こうで、レオナの肩がわずかに揺れた。


「……ふふ」


小さく、くすっと笑う。

その音に、アルマが振り向いた。


「え、どうした?」


真顔で聞くあたり、本当に分かっていない。

レオナは視線を湯面に落としながら、静かに答える。


「同じこと、何回も言ってます」


「え?」


「さっき温泉に来る前も、岩場で転んだあとも、昨日の夕方も」


淡々としているが、口元はわずかに緩んでいる。


「“世界で一番強くなる”“でっかい敵をぶん殴る”“三人で最強だ”……全部、同じです」


アルマは数秒、ぽかんと口を開けて――


「あははは!! そうだっけ!?」


豪快に笑った。

湯がまた跳ねる。


「だってさ、思いついたら言いたくなるんだよ!」


「思いつきじゃないでしょ、それ」


ノエルが頬をふくらませる。


「もう決意表明三回目だよ?」


「四回目かもしれません」


「え、そんなに!?」


アルマは頭を掻きながら笑う。


「でもさ!」


湯に拳を沈める。


「何回言ってもいいだろ? 本気なんだから」


その言葉に、二人は一瞬黙る。


夕焼けが、ゆっくりと山の端に沈んでいく。


レオナは目を細めた。


(……本気、なんですね)


何度も同じことを言うのは、忘れているからじゃない。

揺れていないからだ。


ノエルが、にっと笑う。


「じゃあ私は五回目言うね! 私も最強の魔法使いになる!」


「お、対抗か!」


「負けないから!」


「なら俺は六回目だ!」


「数で競わないでください」


レオナはため息をつきながらも、目は柔らかい。

湯気が三人を包む。

遠くで、風が木々を揺らす。


アルマは湯に背を預け、空を見上げた。


「……なあ、レオナ」


「はい?」


「その時もさ、ちゃんと後ろにいろよ?」


レオナは少し驚いた顔をする。


「どうしてです?」


「だってさ」


アルマは照れくさそうに笑う。


「振り向いたら、二人がいるほうが安心するだろ」


ノエルが、ぱちりと瞬きをした。

レオナは一瞬だけ視線を逸らし、そして静かに答える。


「……はい」


その声は、湯よりも温かかった。

夕暮れは夜に変わる。


山奥の温泉に、三人の笑い声が溶けていく。

同じ夢を、何度でも口にする。


それがまだ幼い彼女たちの、まっすぐな強さだった。

湯に背を預けていたアルマが、勢いよく立ち上がった。


ばしゃり、と大きな水音。


「冒険者になるには! 鍛えなきゃだ!」


両腕を曲げ、力こぶを作る。


「俺は二人みたいに魔法使えないからな!!」


胸を張って言い切る。

ノエルが目を瞬かせた。


「え、でもアルマ、前に岩持ち上げてたじゃん。あれ十分すごいよ?」


「岩は殴れる。でも魔法は殴れないだろ!」


「理屈が雑すぎる!」


ノエルが笑いながら湯をすくう。

レオナは静かにアルマを見上げた。


「魔法がなくても、前に立てる人はいます」


「だろ?」


「はい」


短い返事。けれど迷いはない。

アルマは一瞬考え、そして湯の中で拳を握る。


「よし! 明日から朝走る!」


「えぇぇぇ!?」


ノエルが素っ頓狂な声を上げる。


「日の出前だ! 山頂まで往復!」


「それ、私も?」


「三人だろ?」


「勢いで言っただけなのに……」


ノエルは肩を落とすが、口元は笑っている。

レオナは小さく息を吐いた。


「転ばないよう、道を覚えておきます」


「おお、頼んだ!」


アルマは満面の笑みを浮かべる。

湯気の向こうで、夜の帳がゆっくりと降りていく。


アルマは拳を握りしめ、静かに呟いた。


「魔法がなくてもいい。俺は俺のやり方で強くなる」


その言葉に誇張も悲壮もない。

ただ、まっすぐだった。


ノエルは湯の中で両手を広げる。


「じゃあ私、もっとちゃんと当てられるように練習する。最近ちょっとズレるし」


「この前、木ごと凍らせてましたよ」


「そ、それは事故!」


レオナは微かに笑う。


「私は……二人が怪我をしないよう、できることを増やします」


派手ではない。

けれど確かに、支える覚悟がそこにあった。


山の夜風が、湯気を揺らす。

三人は並んで空を見上げる。


まだ何者でもない。

けれど、胸の奥に灯った火は消えない。


「冒険者になる」


その言葉はもう、遊びではなかった。

~~~~~~~~~

山の朝は早い。


まだ霧の残る斜面を、三つの影が駆けていく。


「はあっ、はあっ……!」


アルマが先頭だ。

背中に薪を束ね、足場の悪い岩場を迷いなく踏みしめる。


転ばなくなった。

少なくとも前よりは。


ノエルは後ろからついてくる。


「ちょ、ちょっと待ってよぉ……!」


息は上がっているが、手のひらには淡い冷気が宿っている。

走りながらでも魔法を出せるようにと、自分なりに工夫している。


レオナは少し距離を取り、二人の動きを見ながら進む。


足元。呼吸。体力の配分。

必要以上に口出しはしない。ただ、崩れそうな時だけ声をかける。


そんな日々が、続いていた。


***


その頃、村の中央にある小さな集会所では――


「ほう……」


革鎧をまとった男が、椅子に深く腰掛けていた。


長旅の跡が見える装備。

剣の柄は使い込まれている。


村長は、ゆっくりと口を開いた。


「個人的な依頼を受けてはくれまいか」


「何でしょう?」


穏やかな声だが、目は鋭い。

村長は少しだけ声を落とす。


「冒険者を目指す少女が三人いる」


男の眉がわずかに動く。


「ほう」


「顔と正体を伏せ、封印石を狙う敵の幹部という体で戦ってほしい」


「……芝居、ですか」


「怪我をさせぬ程度に力を見せて、最後は負けてやってくれんか」


窓の外では、子どもたちの笑い声が聞こえる。

村長の目は、その方向を見ていた。


「この村は静かだ。だが、外はそうではない。あの子らが本気で外へ出るなら……一度、本物に近いものを見せてやりたい」


冒険者は、しばらく黙っていた。

そして、ふっと笑う。


「面白そうですね」


立ち上がり、剣の柄に軽く触れる。


「いいでしょう」


***


夕刻。


山道に、不自然な黒い影が立っていた。


長い外套。

顔は仮面で覆われている。


アルマの持つ蓄光石を見つめる。


「……封印石、か」


低く、芝居がかった声。

その前に、三人の少女が立っていた。


アルマが一歩前へ出る。


「お前悪者だな!返せ!」


「ほう。小娘が三人で我に挑むか」


声は重く、山に響く。

ノエルの喉が鳴る。


レオナは一瞬だけ石を見た。

(あれは……この前の蓄光石ですね)


だが、今は言わない。

アルマが拳を握る。


「俺たちは冒険者になる! 封印石を守る!」


「ならば、力を示してみよ」


黒衣の男が剣を抜き、空気が張り詰める。

アルマは迷わず踏み込んだ。


「うおおおおっ!」


剣と手甲をつけた拳がぶつかり、衝撃が腕を痺れさせる。

強い。


アルマ

(これが……悪の力か!)


胸が高鳴る。

ノエルが両手をかざす。


「い、いくよっ!」


冷気が走る。

だが狙いは少し逸れ、岩を凍らせる。


男は軽く跳び退いた。


「甘い」


低い声。

レオナが静かに動く。


「右、アルマ」


短い声に、アルマが身体をひねる。

剣先がかすめる。


レオナの掌から、紫がかった電光が走る。

鋭いが、出力は抑えられている。

男の足元の土を弾き、動きを一瞬止める。


「ほう……」


男の声に、わずかな感心が混じる。

アルマは息を荒くしながら、再び踏み込む。


「まだだ!」


拳が外套を掠める。


痛い。腕が重い。

それでも退かない。


ノエルの冷気が今度は正面を捉え、男の視界を遮る。

レオナが支える。

三人が、ばらけない。


やがて――


「ぐっ……!」


男が膝をついた。


外套が土に落ちる。


「……見事だ」


仮面の奥から、低い声が漏れる。

アルマは肩で息をしながら立っていた。


拳は震えている。

けれど目はまっすぐだ。


「俺たちの勝ちだ!」


夕焼けが山を染める頃、黒衣の男は、ゆっくりと立ち上がった。


「今日はほんの小手調べだ。」


それだけ言い残し、影は山の向こうへ消えていった。

三人は、その場に座り込む。


「……つ、強かったぁ……」


ノエルがへたり込む。

アルマは空を見上げた。


「でも、勝った」


レオナは静かに二人を見つめる。

胸の奥が、熱い。


本物の悪ではないことは全員気づいていた。

けれど確かに、今の戦いは嘘ではなかった。


村の灯りが、遠くに見える。

この小さな試練が、やがて本当の戦いへと繋がっていくことを三人はまだ知らない。


けれど今はただ――

初めての“敵”に、三人で勝った夜だった。

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