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プロローグ

――山間の小さな村


山に抱かれるようにして、その村はあった。

朝は霧がゆっくりと谷を満たし、昼には風が草原を撫で、夜は星が手の届きそうな距離で瞬く。


石造りの家々は低く、煙突からは白い煙がまっすぐ空へ伸びている。

ドワーフも人間も分け隔てなく暮らす、静かな場所だった。


その村の外れ、まだ雪の残る山道で――


「おおおおおおっ!!」


小柄な少女が、両手を掲げて叫んだ。


土だらけの手の中で、淡く光る石がきらめいている。


「見ろ!! これは封印石だ!!」


ドワーフ族の少女アルマは胸を張る。

灰色の髪が風に揺れ、土で擦れた頬が誇らしげに緩む。


「ええっ!? すっごい! それって、魔王とか出てきたりして!?」


ノエルが目を輝かせて身を乗り出す。

彼女の声は鈴のように明るく、想像の中ではもう黒い城がそびえ立っているらしい。


「ははは! その時は俺がぶっ飛ばしてやる!」


アルマは石を空へ掲げ、勝利宣言のように叫ぶ。


その横で、レオナは静かに石を覗き込んだ。


(……これは蓄光石ですね。夜光虫の粉を含んだ、ただの発光鉱石です)


村の採掘場で見たことがある。

昼間に光を吸い、暗くなると淡く光る石。


けれど彼女は、何も言わなかった。


アルマの緑色の瞳があまりにも楽しそうだったからだ。


「なあノエル! これ持って山の頂上まで競争だ!」


「ええっ、いきなり!?」


「行くぞーー!!」


言うが早いか、アルマは駆け出した。


小さな体なのに、足取りは重く力強い。

岩場を跳び、倒木をまたぎ、斜面を駆け上がる。


「待ってよぉ!」


ノエルが慌てて追いかける。

スカートの裾を押さえながら、それでも笑っている。


レオナは一歩遅れて歩き出す。

焦らない。転びやすい場所も、崩れやすい土も、よく知っている。


案の定――


「ぐわっ!」


鈍い音とともに、アルマが盛大に転んだ。


土煙が舞う。


「アルマ!?」


ノエルが駆け寄る。


アルマはうつ伏せのまま動かない。


一瞬、空気が止まった。


だが。


「……へへ」


顔を上げると、鼻から赤い血が垂れていた。


それでもアルマは笑っている。


「痛ぇ! でも、まだ走れる!」


立ち上がると、袖で鼻血を拭い、そのまま再び駆け出した。


「ちょっと待って! ちゃんと止血――」


ノエルが両手を慌ててかざす。

淡い氷色の光がにじみ、冷気がアルマの鼻先を包む。


「ひゃっ、つめた!」


「動かないでってば!」


レオナはそっと布を差し出す。


「……転ぶ場所、見えてましたよ」


「見えてた!」


「なら避けて行きましょう」


「だが走りたい!」


その答えに、ノエルが吹き出した。


レオナも、ほんのわずかに口元を緩める。


三人は顔を見合わせた。


喧嘩もする。

意地も張る。

けれど、こうして並べば、それでいい。


「なあ」


アルマが、ふと真顔になった。


「いつかさ。本物の封印石を見つけて、でっかい敵を倒すんだ」


「うん!」


ノエルは即答する。


「すっごい魔法、覚えるから!」


レオナは少し考え、それから静かに頷いた。


「……その時は、私は後ろに立ちます」


「なんでだ?」


「前はアルマが好きでしょう」


アルマは一瞬きょとんとし、それから豪快に笑った。


「当然!」


山の上で、三人の笑い声が風に溶けていく。


光る石は、アルマのポケットの中で淡く揺れていた。


まだ何者でもない三人。


けれどこの日、彼女たちは同じ空を見上げて、同じ未来を思い描いていた。


やがてその未来が、世界を揺るがすものになるとは――


まだ、誰も知らない。

~~~~~~~~

村からさらに奥へ入った山道の先に、ひっそりと湯気を上げる場所がある。


岩壁に囲まれ、苔むした石段を下りた先。

湯は澄み、ほのかに硫黄の香りが漂う。


知る人ぞ知る温泉だ。


大きな看板もなければ、立派な宿もない。

けれど、時折――大きな剣を背負った冒険者や、傷を負った旅人が静かに訪れ、数日滞在してまた山を越えていく。


「はぁぁぁぁぁ……」


アルマは肩まで湯に浸かり、盛大に息を吐いた。


湯面が波打ち、湯気が彼女の灰色の髪を柔らかく包む。


「生き返るうぅ…」


「おばあちゃんみたい」


ノエルがくすくす笑う。

頬は湯気でほんのり赤く、濡れた髪が背中に張り付いている。


「だってさ、あの岩場きつかっただろ? 足がぷるぷるだ」


「転びすぎなの」


レオナが淡々と返す。

湯に浸かったまま、山々の稜線を見つめている。


夕暮れだった。


山の向こうに陽が沈み、空が橙から紫へと移ろう。

遠くの峰は影になり、風が湯気を運んでいく。


静かだった。


鳥の鳴き声も、木々のざわめきも、どこか遠い。


「なあ」


アルマが湯の中で拳を握る。


「冒険者って、やっぱすごいよな」


昼間、温泉を出ていく大男を見た。

傷だらけの鎧。使い込まれた剣。

けれど背筋はまっすぐだった。


「うん……」


ノエルの声が少しだけ柔らかくなる。


「魔獣を一人で倒したんだって。宿のおばあちゃんが言ってた」


「魔法、すごかったらしいですね」


レオナは目を細める。


湯気の向こうに、まだ見ぬ世界を思い描く。


アルマは突然立ち上がった。


湯が大きく跳ねる。


「決めた!!」


「な、なに!?」


「俺、冒険者になる!」


山に声が響く。


「世界で一番強いのになる! でっかい敵をぶん殴って、困ってるやつ全部助ける!」


無邪気で、真っ直ぐな宣言だった。


ノエルは一瞬目を丸くし、すぐに笑った。


「じゃあ、私も! すっごい魔法使いになる! アルマの後ろから、どーんって!」


両手を広げ、空に向けて何かを放つ仕草をする。


湯面に小さな氷の粒がきらりと浮かび、すぐ溶けた。


レオナは二人を見つめる。


湯の温かさが胸の奥まで染みていく。


「……なら、私は支えます」


静かな声。


「前に出るのはアルマ。勢いで突っ込むのがノエル。なら、私は一歩引いて」


「なんで引くんだよ!」


アルマが不満げに振り向く。


「後ろが空いていると、危ないでしょう?ですから支えます」


その言葉に、アルマは少し考え――


「……じゃあ、任せた!」


にっと笑う。


ノエルも湯の中で拳を握る。


「三人で最強だね!」


風が吹き、湯気が流れる。


山々は何も言わず、ただ三人を見守っている。


この温泉を訪れる冒険者たちも、かつてはこんなふうに語り合ったのだろうか。


まだ幼い三人の誓いは、湯気とともに空へ溶けていく。


けれどその言葉は、確かに胸の奥へ沈んだ。


やがて世界が揺らぐ時、

この静かな夕暮れを思い出すことになる。


それでも今は――


ただ、山の景色と、温かい湯と、隣にいる笑い声。


それだけで十分だった。

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