一章「罪状」
現代20XX年ーーー。
私は無実だ。
私は人を殺してないし、金品を奪ってもいない。
なのに、手錠をかけられ、パトカーに乗せられようとしている。
私にかけられた罪状それは、
ーーーーー「恐喝罪及び強盗殺人罪」。
それも現行犯らしい。
犯行現場は銀行。
だが犯行が起きたとされる時間の私の取った行動は、その銀行を仕事先に向かう際に通りかかっただけだ。
だから、恐喝も、ナイフを突きつけて殺すことも、もちろん、していない。
そもそも、防犯カメラの映像や写真を証拠に捕らえられたが、服装なんて第一違っている。
ただ、顔や髪型、背丈が似ていると言うだけだ。
会社に行くための鞄を押収されたが、ナイフなんて入れてないし、あるのはノート数冊にノートパソコンだけだ。
犯行の道具も奪った金品もそれらしいものなど1つも入っていない。
だから、例え現行犯であれ、通りがかりの、ただの一般人である私が犯人であることなど万に1つもあり得ないのだ。
しかし。
「免許証は?」
今日は急いでいたのもあり、財布は自宅の中にある。
私はないと首を横に振る。
警察はわざとらしく舌打ちし、淡々と続ける。
「では、名乗りなさい。勤めてる会社の名前と住所、それから、実家の電話番号も。ああ、固定電話の方ね」
「久城 律子。イロトリ出版社の社員です。住所は愛知県名古屋市内。
固定電話は……言いません」
住所も電話番号も詳しく言いたくなかった。
だからこそ適当に言ってやると、警察官は眉を潜めた。
「久城さん……ね、はい、では何故言えないのですか?犯行に及んでないと言うなら、言えるはずですよね。
それに貴方はれっきとした社会人ではあるものの、まだ、二十代前半に見えます。親元から離れて日が浅いなら、事情聴取の際に、心配掛けたくないでしょう?」
「ええ。確かに日が浅いですし、心配も掛けるでしょう……と言うより今まさに心配かけてますよ、あなた方警察に無実だと言ってるのに聞き届けてもらえずにいるこの状態で!」
そもそも何故、警察に実家の固定電話の番号を教えなきゃならない。
事情聴取のため?
なら、さっさとこの場から連れ去って警察署で根掘り葉掘り聞いてこればいいじゃないか。
それなのに、目の前にいる警察官は無駄な質問をするのみ。
つまり。
「私が、完全に犯人だと言いたいのですね?」
私は薄ら寒いものを感じ、そう訊いた。
すると、
「ええ」
警察官は嗤い、
「そうですよ」
と、さも当然かのように頷いた。
「いけ好かないですね、外道だと思いますよ。あなた方」
「それは心外ですね。……だってあなたは紛れもなく」
警察官はクスッと微笑み、私の鞄におもむろに手を突っ込んだ。
そして。
「犯人なのだから」
取り出されたものが最初は何か分からなかった。
赤い異物。
そうだとしても赤色のノートであると思っていた。
現に鞄の中に赤いノートがある。
なのに。
「サバイバル……ナイフ?」
血がべっとりとついたサバイバルナイフが、警察官の手にあった。
私は視界がぐらつくのを感じた。
何故?
私はただ、あの場を通りかかっただけだ。
犯人と思しき人を見ているわけでも、接触したわけでもない。
ましてや、先ほども言ったがナイフなんて鞄に入れてない。
何故だ。
疑問と焦燥感のみが脳の中で加速する。鼓動が激しくなり、耳鳴りもひどくなる。
「どうしました?」
警察官の声がやけに大きく聴こえる。
「防犯カメラの映像を……もう一回、見せてください」
「分かりました……では、こちらへ」
私はいけ好かない警察官に連れられ、パトカーに乗り込み、警察署へと向かった。
パトカーを降り、警察署をいざ見ると要塞のように見え、薄ら寒く感じた。
署内に入り、三階右奥の取調室に入室する。
と、どんよりとした吐き気を催すような感覚が私を襲った。
だが、私はなんとか耐え、顔に出さないように心がけた。
そして、私は椅子に座るよう促され、対面した壁面にはスクリーンが降ろされた。
プロジェクターが、光彩を放ちながらそのスクリーンにpcの画面を映し出す。
動画だった。
それが今、停止状態にあり、銀行内部を1枚の写真として映していた。
今のところ、なんの変哲も無いごく普通の銀行だ。
だが、
「では、再生します」
警察官の短い声と同時に動き出した映像が、私の心を捕らえた。
ーーーーーーーー
銀行に、“私”が入る。
間髪入れず、鞄からサバイバルナイフを取り出して、「金を出せ」と受付を脅した。
ほかの受付や後方に控えた人は、何が起こっているのか分かっていない様子だった。
だが、サバイバルナイフを突きつけられた受付は怯えてはいるものの、受話器を手に取り、「警察を呼びますよ」と冷静に対応する。
これで、普通の感性の人なら逃走するだろう。
だが、“私”は、受付に掴みかかり、カウンターを超えて馬乗りになると、持ってるサバイバルナイフを彼女の腹に何度も突き立てた。
血飛沫が飛び散る。
サバイバルナイフで貫かれてできた穴から臓器のようなものが蠢いて見えた。
だが、その蠢きは、被害者があまりの痛さに痙攣しているからだと思われる。
“私”の顔は、随分と楽しげだった。凶行は、苦しみと痛みに呻く声が消えるまで続く。
そして、ついに事切れた彼女の周りに、悲鳴が広がった。
周囲を眺めてもう一度、“私”は、「金を出せ」と脅した。
銀行の職員の1人である男が、ありったけの金を用意し、“私”に差し出した。
“私”は、無造作にそれを奪うと、男の顎にサバイバルナイフを突き刺した。太い血管……頸動脈を切ったのだろう。鮮血が凄い勢いで吹き出てきた。
“私”の服に、べたりと生き血が付着する。
悲鳴が、広がった。
その間にも、サバイバルナイフを押し込み、男を絶命させる。
“私”は、歪んだ笑みを浮かべながら、舞台上の挨拶のように頭を下げて一礼すると、そそくさと銀行を去っていった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「うそだ。ーーーこんなの、やっぱり私じゃない。第一服装が違う。血だって、あんなに被ってるし、それなら今の私は鉄臭いはずでしょ? あれ、自分で何言ってんだかもう分からない……」
私は半ば錯乱していた。
けれど、強引に笑みを作り、傍らの警察官に訴える。
「とにかく、私じゃありません」
「そうですかねえ」
けれど警察官は取り合ってくれない。欠伸を押し殺したような表情で、私の必死の訴えを聞き流すだけだ。
私はそれでも、
「ほんとに、やってないんです。信じてください」
と訴えた。
突然、ピリリッと着信音が鳴った。
警察官は、「失礼」と言いながら、ポケットの中にある携帯を取り、耳に当てた。
「はい、はい」
相槌をうち、
「分かりました、では後ほど」
と言ったのちに、通話を切った。
そして、
「久城 律子さん、あなたの裁判が後2時間ほどで始まります。ついてきてください」
私にとって、最悪な事実を口にした。
絶望感に打ちひしがれる私に、警察官は続けて言う。
「大丈夫ですよ、弁護士はつきますから」
裁判が開廷される。
スクリーンが下され、先ほどの狂気としか思えない犯罪行為を記録した映像が流された。
各所でため息と、息をのむ音が聴こえる。
再生があらかた終わると、検察官は、物的証拠として私の鞄、血のついたサバイバルナイフを出した。
裁判長が言う。
「状況証拠、物的証拠はほぼ出揃ってますね。被告人、あなたを恐喝及び強盗殺人の罪により、無期懲役の処分とします」
「待ってください!私は何も!」
「被告人、黙りなさい」
「っ……ふざけるのも大概にしてください!……私はやってません!」
「サバイバルナイフにはあなたの指紋、防犯カメラにはあなたの容姿が証拠として残されています。言い逃れることは出来ませんよ」
「だから!……あの防犯カメラの映像は、他人の空似で、サバイバルナイフは本当に知りませんよ! 指紋だって、私が触れてもないのに何故付着してるのかも謎じゃないですか!?」
「何度も言うようですが、防犯カメラの映像は服装が違うだけで、他の要素は全てが似ているのですよ?どこかで今の服装に着替えたと言う可能性もあり得ます。それに、サバイバルナイフに本当に触れてもないなら何故あなたの指紋が付き、鞄に入ってたんですか?可笑しいでしょう?…だからこそーーーそれらが、あなたが犯人であると言うことを裏付けているのですよ」
私はもう黙るしかなかった。
何を言っても警察官、検察官、裁判官に分かってもらえない。
弁護士も開廷から何も答弁しようとしない。
私が触れてもないサバイバルナイフ、防犯カメラに映っていた私の容姿、これらは謎のまま脅威の塊となって私を襲った。
ただひたすらに怖い。
無実だと言うのに訳のわからないことに巻き込まれ、職を失い、家族を失い、社会の信頼をも失った。
目の前が急に暗くなった気がした。
空気が重い。
後ろの傍聴席から野次や罵声が飛び、縄のように私を締め付ける。
ここには私の味方など誰1人として存在しないのだと言うことがよく分かった。
「再度申し上げますが、被告人、久城律子。あなたを、無期懲役とします」
ーーー逃げたい
「ーーー執行猶予は10日です。その間に、裏切った人たちに謝罪して回りなさい。そして、悔い改めなさい」
ーーーもう、耐えきれない
私は、裁判所から警察からありとあらゆるしがらみから逃れる為、走った。
「被告人、止まりなさい! 警備員、警察官、何をしている! 今すぐに捕らえなさい!」
制止を聞かずに、脇目も振らずにかける。
警棒を持った男二人が、行先を遮るが、全力で突進して突破した。
裁判所の入り口を抜け、ひたすらに人がいない場所を目指す。
街中の人々が私を見る。
視線に好機の念を感じた。
だが、実際は私が手錠をしているのもあり、家畜が逃げだしたのと同義にしか思ってないのだろう。
気づけば奥歯を噛み砕く寸前まで強く食いしばり、一度、目をぎゅっと閉じ、再び開いた。
それからは記憶が曖昧だ。
遠くに見える新緑の山を目指し、駆ける。
視界に映る数多の情報が高速で流れた。
靴は何度も足をくじいたのもあり、ボロボロで、使い物にならなくなり、道中で捨てるしかなかった。
雨が降ろうが、道中で嘲られようが、私は走り続けた。
そして、山についた頃には私の足は擦過傷や切り傷で血みどろになっていた。
「もう……疲れた」
足が痛い。
全身が痛い。
心が痛い。
でも、足元は厚い苔が生えていて冷たいけれど暖かく気持ちがいい。
優しい感じを覚えた。
少し寝よう。
横になると、ハンモックに揺らされてるような感覚がした。
母に抱かれ、あやされている感覚にも似ていた。
私は目を閉じた。
夢を見た。
私の幼い頃の夢だ。
私は一人っ子で、父は病気で早死にし、母子家庭で育った。
母は蕎麦が好きで、三食に一食は蕎麦であることが殆どだった。
その為、遊びや学業から帰ると蕎麦だった時はしょっちゅうで、苦笑したことを覚えている。
私はと言えば、父の職業が小説家だったのもあり、小さい頃から読書や書くのが好きだった。
将来は、小説家になりたかった。
父の顔は覚えていないものの、彼に近づきたかったから。
だが、小説家になりたいなら数多の経験とそれに比例する文章のセンスが必要であると言うのが私の見解だ。
その為、大賞に応募したこともなかった私は、ただ書き続けるしかない。
だが、センスも経験も獲得したい。
だから私は大学卒業後に、出版社に入社したのだ。
父と同業の人達の仕事を手伝えるから。
だが、現実はどうだ。……ペンもノートもパソコンも失った。
手にあるのは、血に染まったナイフが一振り。
周りを見渡せば、警察官や傍聴席にいた人達が私を囲んでいた。
しかし、その肌はマネキンの様に真っ白で、妙に希薄感がある。
そして、それらの口が動いた。
「人殺し」
と。
絶叫し、跳ね起きた。
眼を朝焼けの光が射て、少し眩しく、涙ぐんだ。
その視界の端、山の方ーーー登山口のような入り口が見えた。
近づいてみると木々に囲まれ、朝だと言うのにそこだけ外界から隔絶されたように暗がりになっていた。
ーーー怖い
抱いた第一印象は、それだった。
その入り口に足を踏み出すのが、躊躇われる。
だが、
ーーーもう、行くところないしな
と諦めていた。
実際、今更街に戻ったところで捕縛されるがおちだ。
なら、山に入った方がいくらかマシだし、警察官に捕まる時間を長引かせることができるかもしれない。
そう思い、私は入っていった。
暗い山道を抜けると、開けた空間に出た。
そこにあったのは、幻想的な風景。
朝なのに夜空が広がり、天上で星々と満月が輝く。
眼下には、4、5人は入れるであろう濡れて黒光りする岩に囲まれた湯気たつ水面があった。
「温泉…?」
湯気たつ水面は天上の月を蒼く映しており、美しい。
指を浸してみれば、熱く包み込み、私はまだ生きているのだと、そう思えた。
「……っ」
堰を切ったように涙が溢れる。
視界が揺らぐ。
それはさながら、目の前の水面と一体化したかのようだった。
『よく、来ましたね。久城 律子さん』
突然、声が聞こえた。
私はその声の方向に振り向く。
すると、レースのカーテンだけで身体ができているような女性が、宙に浮いていた。
「幽、霊?」
自分でも驚いたことに、掠れてはいるものの声が出ている。
『はい。私は、故人の檜佐木です。しかし、驚きました。あなた、幽霊をみても、あまり驚かれないのですね。すごいです』
「あの、差し支えなければでいいのですが、あなたがなぜ、ここにいるのか教えていただけますか?」
言って後悔した。会って間もないのに、こんな不躾な質問をして、断られても仕方ない。
もしかしたら、機嫌を損ねて呪われるかもしれない。
でも、目の前の彼女は、嬉しそうな顔をして、
『構いませんよ』
と快諾した。
「良かった、んですか?」
『ええ。ーーーそれでは語らせていただきます』
檜佐木と名乗る幽霊はそう言って一礼すると語り始めた。
『今でこそ寂れてしまっていますが、以前は温泉郷だったのです。
東西南北、各所にある温泉の近くに、色々な温泉宿が立ち並び、シーズンには郷が客で溢れかえるほどの盛況ぶりでした。
しかし、その栄華は私たち陰陽師の決死の防衛戦、それ故だったのです』
聞いているうちに私は、不思議な感じを覚えた。
檜佐木という幽霊の思考、記憶にリンクしていく感覚。
『私たち陰陽師は、温泉郷の運営をする傍ら、固有種クラガリと呼ばれる、今で言うと妖や怪異の起こす被害や現象を食い止めることを生業としていました。固有種クラガリは複製と名うたれた、波と本物の波に別れます。また、複製が私たちによる退治から逃れた場合、実体化します。それらの対処が私たちの仕事です。
しかし、本物の波は、対処のしようがありません。実際、それが原因で、この温泉郷は破滅の一途を辿りました』
「その破滅で、唯一生き残ったのが……」
『ええ』
彼女は頷いた。
『この、「篝火の湯」です』
「そうだったんですね……じゃあ、あなたにとってはこの温泉は守るべきもので、見守るべきもの」
『そうです。しかし、あれからもう何年も経ってしまいました……未練がましいとはこのことですね』
そう言って、檜佐木は苦笑した。
「でも、それは凄いことですよ」
『どうしてですか?』
「だって、人の手が加わらないよう、守ってきたんでしょう?」
『はい』
「なら、誇っていいことですよ」
『ありがとう。あの子も、あなたの言葉でうかばれたと思います』
「あの子?」
『私の相棒であり、苦楽を共にした友達です。本物の波が襲来した時、一緒に戦い、共に死にました』
「そう、だったんですね」
『ああ、気になさらないでください。もう過ぎたことです。過去は覆らないものですよ』
「そんな言い方……ないですよ」
『先程も申し上げた通り、本物の波は災害そのもの。対処のしようがないのですよ』
「でも……」
『さて、私のことはもういいでしょう。あなた、私に何か聞きたいことがあるのではないですか?』
「……2つあります。私の名前をどうして知っていたのか。そして、クラガリの中に『人の容姿をそっくりそのまま真似る種』がいるかどうか、です」
『1つ目の質問から答えましょうか。私は人の辿った道を読み解くことができます。これはまあ、幽霊になったからでしょうが』
「人の辿った道?人生ですか?」
『それに近いですね。
……さて、次の質問に移りましょうか。これについては聞いたこともないし、仕事がら会ったこともない、が答えになります』
「そう、ですか。なら、もう一つ質問です。あなたの過去を、追体験することはできますか?」
聞いて思った。これでは3つだと。
だが、前の2つは最後の質問をするための前座に過ぎない。
この最後の質問が、本題だ。
『試したことはありませんが……できると思います。しかし、それまたどうして?』
「もし、私に関係のあるクラガリに近いものが、あなたの過去にいたのならどうしても知りたいんです」
『聞いてないし、出くわしたこともないと申し上げたはずですが……それはこの際置いておきましょう。して、知ってどうするのですか?』
その問いに、私は間髪入れずに答えた。
「退治します」
『即答ですか……』
彼女はため息を吐いた。しばらくしてから頷いて、言った。
『分かりました。ではやってみましょう。水面を見てください』
促され、湯気立つ水面を覗く。
檜佐木が何か呟いた。
それは歌のようで美しく、その一節ごとに波紋が広がり、ついには水面全体が輝いた。
その光に、反射的に目を閉じる。
と、急に全身を見えない何かに引きづられた。抗えないほどの強い力。
足を踏ん張ってもダメで、私は悲鳴を上げながら、温泉に落ちていった。




