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序章

緋い月が天上で輝く。

しかし、眼下にある温泉は天を映さず、朱色に染まった。


ーーーーー血の色に似ている。


私はそう感じ、苦笑した。


同時に私の腹が裂かれているから、私の流血が、温泉に混在してしまっているのではないかと、心配になった。


ただただ、私はそれを勿体無いと思った。


「とある研究者のノート その一部より。


闇とは流動的存在であり、元来、実体を持たないとされる。

そもそも、人の「恐怖心の現れ」と口伝えで伝わる概念であるとの考えが一般的である。

だが、ある特定の場所に住む者たちはそれを


「闇とは人間の負の心から発生し、黒靄(くろもや)として、滞留し、人に害をなすもの」


と定義した。


また、闇は人から発生するだけでなく、現象としても現出すると言う。

さらには、それらが「実体」をもつようになったもの…すなわち、人が妖や怪奇と呼ぶものを固有種「クラガリ」と名付けた。


それらの概念を定義し、名付け、または退治する者達を、「泉郷の陰陽師」と呼んだ。」



大正時代中盤1917年。とある温泉郷にて。


怒声が聞こえた。

獣の咆哮にも似た声が響く。

空を見上げれば、空に浮かぶ月が赤く染まり、そこから淡い紫色の影が伸び、迫って来ていた。


「あれは、『災厄』だ! それも、複製じゃなく、本物! 迎え撃つぞ!

すぐに陣形を組め!」


遠い後ろの方で、野太い男の声が聞こえた。

振り返ると、こまごまとしていて様子が分かりづらいが、階段をのぼった先の広場に、陰陽師の集団がいた。

その集団のうち1人が抗議する。


「無茶言わないでくださいよ! 本物の災厄なら勝ち目なんてありませんよ! 複製(レプリカ)の波なら退けられますが、本物なんてどう戦えばいいか……」

「ここで戦意喪失してなんになる!意地でも勝つんだ!

温泉郷は、クラガリの侵攻を止める最後の砦だ。それを忘れたわけではあるまいな」

「しかし、本部長……」

「口答えするな!」

怒声じみた指示もあったが、より根本的なものは地響きだった。

身体が跳ね、足が宙に放り出されるほどの揺れ。

温泉郷全域に結界が張ってあるが、これでは結界があってもなくても壊滅までそう時間はかからないだろう。

私たちに、時間は残されていなかった。


月光りが、徐々に消えていく。

暗闇が空を染めていく。


私は、陰陽師としての職務を全うし、死ねるのなら、一向に構わない。


そう思い、刀を示す印を、利き手である右手で結んだ。


―――――現れろ、我が式霊


ついで、頭の中で祝詞を唱え、式霊の名を口にした。


「怨み狐……っ!」


東の方で高い水しぶきが上がった。

いや、よく見れば湯気がその水しぶきがあがっているので、あの方向からして温泉だろう。

少し遅れて、なかから光の球が現れた。

それは、こちらに向かい、まさに光の速度で飛んでくる。

目の前の地面に着弾すると、膨大な土煙が立ち昇った。

しばらくして、

『おい、檜佐木』

いかにも不機嫌そうな顔をして、光る球から出てきた狐が聞いた。

『あれを退けろ、とお前は俺に命令するのか?』

「できるだろ?」

当然だと言わんばかりに即答する。と、怨み狐はため息をついた。

『バカかお前は』

「バカはないだろう」

『バカな命令をしようとするからだ、バカ檜佐木』

「だから、バカは余計だ」

あくまでも抗議する私に、怨み狐は言う。

『まあ、聞け。

あれは、死の塊だ。式霊の身であれ、あれを一度でも掠めただけでお陀仏だぜ。それを分からないわけじゃないだろ。

むしろ全身で感じられるんじゃねえか?』

「たしかにな……」

私は、納得した。その通り。

全身で濃度の濃い負の感情を感じる。怨み狐の言うことは正しい。

「人間の負の感情が寄せ集まってできたとされる、闇の集合体『災厄』。それは巨大な隕石を予測してもいざとなったら対処に困ることに近い。私たちには、この温泉街と無理心中することしか残されていないかもしれない」

『だろ? だから俺を呼び出したところで、あれを止めることは叶わねえよ』

だが、怨み狐の言い分がいくら正しくても私にも譲れないものがある。

「いーや、やってみよう。万に一つってのもあるかも……そう言うもんじゃねえか、怨み(パートナー)

『やっぱお前はバカだな』

「お前なあ……いつも思うんだが、主人に向かってそんな言い方ないだろうよ」

『はっ……だけど、そう言う諦めのわりいところ、嫌いじゃねえぜ』

そう言って怨み狐は笑い、『災厄』の圧でひび割れ行く結界を睨んで、告げた。

『おっぱじめようぜ、ご主人』


譲れないもの。ーーーそれは、私の矜持。故郷を、守ること。


「ああ、絶対に守ろう。この、温泉郷(ふるさと)を」


頷き、私たちは駆け出した。










結果を言おう。

温泉郷は、壊滅した。

『災厄』は、その名に恥じないだけの絶望的な力を有していた。

秒単位ーーー。

それほどまでの脅威だった。

瞬く間に、全てが灰燼と化した。

あれは、人間が、命あるモノが、勝てる存在ではない。

命ないモノでも勝てなかったのだから。

文字通り、全てが終わった。

生き残った者は、誰一人としていない。


けれど、ある温泉だけが残った。


それがあったのは温泉郷の、月が現れた北より遠い、南寄りの東側。

ちょうど、山間部に近い場所にある温泉だ。


私の式霊が、私とともに、命がけで守った温泉郷最期の、温泉ーーー「篝火の湯」。


温泉郷で唯一生き残った、温泉。

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