二日目の朝
すすむは目を覚まして、くすりと笑った。ところが、 目を開けてみると、自分がなぜ笑ったのか分らない。ただ、心を満たす暖かさは、楽しい夢の残滓に違いない。夢からさめる恐さに、すすむは枕に顔を押し当てた。目をつむると、お父さんやお母さんの思い出がいくつも浮かんだが、それらは全て、悲しい思い出に変わって消えた。そのお父さんやお母さんの記憶に、ヌイグルミのキリンが入り込んで、すすむに何かを言った。キリンが何を話したのかを考えていると、すすむに微笑みかける少女の面影が浮かんだ。大きなスケッチブックを抱えた少女の面影だが、微笑みかけているのは分かるのに、彼女の顔がよく見えない。すすむは暖かな夢がこの少女によるものに違いないと納得して目を開けた。
夢が悲しい思い出に変わってしまう前に。
目を開けると、枕元ではちゃんと絵本が彼を守っていて、その横にはズボンとセーターがたたんで置いてある。その横にティッシュに乗せてクッキーが3枚分置いてある。すすむは不思議な春香の事を思い出した。クッキーは幾つかの欠片に割れてしまっている。
すすむはうつ伏せに枕を抱いて、獲物を狙う猫みたいにお尻を上げたまま、大人が見れば驚くほど長い時間、クッキーの存在を確認するのに時間を費やした。それから少し納得したように手を伸ばしてクッキーの破片を拾うと、布団の中でその匂いや味をを試した。クッキーの匂いと味だ。クッキーは割れてはいるが、かえって、すすむの口の大きさにちょうど良い。
このクッキーは昨日の春香に貰ったクッキーと同じものに違いなかった。ポケットに入れたはずのクッキーが枕元にあるのは、一種の魔法に違いない。すすむは残ったかけらを大事にティッシュに包み込み、枕元のズボンのポケットに入れた。春香の秘密を大人の眼から隠したつもりだ。
すすむは昨日と同じように木の枝や風を相手に時間を過ごした。でも、北風には昨日までのような怖さはなかった。しかし、今日は時間の長さが違う。すすむは何度も台所やおばあちゃんの部屋や居間に顔をのぞかせて時間を潰した。そして窓辺の部屋に戻る度に絵本の横を見たのだがクッキーは間違いなく
そこにあって、夢のように消える気配はなかった。おばあちゃんはすすむの行動範囲がいつもより広いことに気付いたが、孫の心に触れることを控えた。すすむはようやく3時のおやつまで、外出予定の時間まで、じっと待った。
(今日はなにがあるのかな)
すすむの心に期待が膨らんだ。




