すすむの居場所
お母さんが病に倒れて入院している。春香がすすむの経験から推測したのとは別の光景が繰り広げられていた。
すすむが帰宅してみると、玄関におじいちゃんの靴がそろえて置いてある。すすむはおじいちゃんが自分より先に帰宅したことを知った。すすむが部屋に入ると、おじいちゃんとおばあちゃんが何かを話している。おじいちゃんはお父さんの所へ行ってきたらしい。
大人の話の端々から、すすむはそう推測した。しかし、おじいちゃんもおばあちゃんも、すすむを見つけた途端、笑顔を作って話題を変えた。
「なあ、すすむ。すすむは、お父さんと、お母さんとどっちが好
きだ?」
すすむはお父さんとお母さんのどちらかを選べという質問は大嫌いだ。こんなことを聴くおじいちゃんも嫌いだ。すすむは口元に力を込めておじいちゃんをじっと睨んで抵抗し、黙りこくった。すすむが機嫌を損ねたのに気づいて、おじいちゃんは話題を変えた。しかし、すすむの機嫌は、食事のうちに直って、テレビを見る頃には普段のすすむに戻っていた。そして、すぐに遊びの疲れも手伝って、すすむはすやすや気持ちの良い寝息を立て始めた。
おじいちゃんは、すすむを抱き上げて寝床まで運んで、孫が起きないようにそっと横たえた。おばあちゃんは、すすむの服を脱がせて、パジャマを着せた。すすむは意味の無い寝ぼけ声を上げながら、素直にパジャマを着せられた。おばあちゃんは孫に布団をかけて、すすむの少し微笑んだ寝顔を不敏そうに撫でた。
そしてこの二人は、孫が今晩、いつもより少しだけ元気なのを喜んだが、子供の気まぐれだろうと思い込んだ。ふと、おばあちゃんは部屋の隅に脱ぎ捨てられていたダウンジャケットに気付いて、ハンガーに掛けた。ポケットから何やらはみ出している。ティッシュにくるんだクッキーが三枚。三枚は
ポケットの中で割れている。そのクッキーは作り慣れた人の手による物らしいが、手作りのいびつさがある。自分の与えたものではないことは明白だ。彼女は割れたクッキーをごみ箱に処分しようとしたが、何故か、ふと思いとどまって、孫の枕元に置いた。
今はこのままそっとしておく方がよい。おばあちゃんは、電灯のスイッチに手を掛けたおじいちゃんに促されて部屋を出た。すすむとクッキーが豆電球の淡い光に照らされて部屋の中に残された。
すすむは自分の居場所が他にないことを知っている。




