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七日目のお話 冬の魔法使い

 秋も深まって冬が始まる寒い日のことでした。神様はね、雲の切れ目から下界をご覧になって、ふとお考えになったの。今年の冬は、雪に色をつけて降らせてやろうって」

 すすむは目をつむったまま尋ねた。

「あか? あお? みどり!!」

 すすむの頭の中に、春香の返事がナレーションのように響いた。

「雪の色は下界に住む人々にふさわしい色でなくてはなりません。神様は大きな声で、一人目の天使をお呼びになりました。

『メピム。おいで、用事がある』

 大きな声で呼ばないと来ないだろうとお考えになったのです。メピムはいたずら好きの天使でした。メピムは恐る恐る飛んで来ました。何か、叱られるような心当たりがあったのかもしれません。

神様はメピムの姿を見ると、次の天使の名を呼びました。

『ピウス。起きているかい? 』

 ピウスはのんびり屋の天使です。ピウスは小さな雲にくるまって、ぬくぬく眠っていましたが、突然に、自分の名が呼ばれたので、驚いて寝ぼけ眼で飛び回って、星だのお月様にぶつかって泣きべそをかいてしまいました。

 神様はなきべそをかいているピウスの頭を撫でながら、次の天使の名を呼びました。

『ウナ。ゆっくりでいいから、落ち着いて来なさい』

 ウナは頭の良い、でも、慌て者の天使でした。ウナはいつもどうり赤ちゃんを下界へ運ぶ仕事を命じられるのだろうと考えて、赤ちゃんを入れる篭を下げて、もう一つ、気をきかせたつもりで、赤ちゃんのおしゃぶりまで持って飛んで来ました。

 神様は苦笑しながら、4人目の天使をお呼びになりました。

『ナルル。お前の初仕事だよ』

 ナルルはおとなしいけれど好奇心豊かな天使でした。ナルルは単調な生活にすっかり飽きて、何か面白いことでもないかと喜んで飛んで来て、あんまり急いだので神様にぶつかるところでした。

 神様は四人の天使を集めて、自分の思い付きをお話になりました。今年降らせる雪に、人にふさわしい色をつけたいって……。

 天使のメピムは言いました。

『赤ですよ。絶対に赤。赤い雪が降ったら、人間はきっと驚くと思うな。うふふふ』

 天使のウナが言いました。

『私は黄色がいいと思います。だって、お日様と同じ色ですもん』

 のんびり者のピウスが言いました。

『ボクは緑色がいい。だって、僕は緑色がすきなんだ』

 でも、ナルルは黙ったままでした。ナルルも何か提案したいのですが、ナルルはまだ人間や、下界を見たことが無いのでよく分からないのです。

『さあさあ、それをおまえ達で調べておいで』

 神様は四人を下界に送り出しましたが、一人づつに言葉をかけてやるのも忘れておられません。

『メピム。いたずらをするんじゃないよ』

 神様は、更に、飛んで行くメビムを引き留めて、(分かったね)と念を押しました。

『ピウス。なまけないで、ちゃんと隅から隅まで見るんだよ』

 神様はピウスに、風の香りや、人々の表情など見るべきものを細かく指示しました。神様は言葉をゆっくり、ウナが聞き逃さないようにして言葉を続けました。

『ウナ。おちついて、ゆっくりと、見るんだよ。落ち着けば、お前の仕事は完璧だ』

 三人の天使は下界に降りていって、ナルルが残りました。神様は優しく指示しました。

『それから、ナルル。おまえは下界が初めてだ。色々なものを見て、色々なことを考えておいで、でも偏見を持ってはいけないよ、目に見えるものを素直に受け入れておいで』

ナルルはうなづいて、他の天使のあとを追って下界へ向かいました。神様は、下界に降りて行く天使たちを見守っていました。

 神様もまた、天使と同じくどんな色の雪を降らせることが出来るのかと、わくわくしていたのです。」

 すすむは春香がすすむと額をくっつける感触を感じて、春香の温かさの中に溶けていった。


 その後、すすむはその四人の天使の一人一人だった。

 最初、すすむは天使のメピムだった。天使のメピムは東の大地にやって来た。東の風に乗ってふわふわと飛んでいると大きな町が見えた。

(豊かでお金持ちが住む町だ)

 すすむのメピムは思った。人々の服装がきれいだ、男も女も年寄りも子供も。時々、自動車の起こすつむじ風に巻き込まれるほど低く飛んで、コートを着た紳士や美しく着飾った女の人を見た。女の人の押す乳母車の中の赤ちゃんまで、おしゃれな産着を着

て笑っている。メピムの見る人全てが満足そうに笑っていて、メピムはすっかり嬉しくなった。

 しばらく行くと、近代的なビルディングがある。近代的なビルディングの群れは、人間達の英知を思わせる。メピムはすっかり陽気になって、笛でも吹きたい気分だ。首の所に手をやったが、いつも首に掛けている笛がない。天国に忘れてきたのだった。

 メピムがふと見ると、ビルディングの裏に金属製の円筒形のゴミ箱が幾つもあって、太鼓のようだ。メピムは自分の思い付きに嬉しくなった。

パンッ、パコン、プコッ。

 試しに叩くと、大きないい音に響く。今のメピムの陽気な気持ちにぴったりだ。メピムが気持ち良く太鼓を叩いていると、突然、裏戸が開いたかと思うと、怒鳴り声がして、きょとんとしているメピムに空缶が飛んで来た。天使のメピムは残飯あさりのノラ犬と間違われたのだ。ふと気が付くと、驚いて逃げるメピムの横に、やはり一生懸命逃げているノラ猫がいる。痩せこけた猫だ。

 更に、しばらく飛ぶと、顔つきの冴えない犬が公園の隅にいる。犬の目は目ヤニでくっついたようにふさがっていて、あちこち毛が抜けかかっている。 そのまわりに子犬が3匹寄り添っている。母犬は何かの病気なのだ。子犬は母親を助けてくれと叫んでいるのだ。公園にはさっきと同じ裕福で笑顔の絶えない人々がいる。人々は汚れた物でも見るように母犬を見るだけだ。

 メピムはこの汚い街を離れる事にした。犬やネコじゃない。人の心が汚い町だと思ったから。

 街外れに来ると、そこでは山を削ったり、湖を埋めたりして、新しい街、新しいビルディングを作っている。山ではリスの親子が引越しの相談をしていたし、キツネの夫婦は実際に子ギツネの首筋をくわえて引越しの最中だ。湖では水鳥が次のエサ場の相談をしているし、湖を離れられない生き物達は、毎日小さくなる湖の中で恐怖に震えている。

「いったい、いつのことだったんだろう」

メピムはそう思った。この街の人たちは、身の回りの生き物の、ほんのわずかな仕草の一つづつに、自分の命を重ねて学ぶことを止めてしまった。

 天に戻りかけたメピムがふと下界を振り返ると街が森や野原や海や山、どんどん広がっているのが見えた。メピムはみんなで一緒に幸せになりたいと考えることの出来ない人々の群れが、まるで真っ暗な暗闇の中でさまよっているように思えた。


 次に、すすむはウナという名の天使だった。ウナは仲のよい南風に頼んで南の大地に運んでもらった。暖かい大地だ。一面の森林で地面がほとんど見えない。川辺や泉のほとりの僅かに開けた部分に人間が街を作っている。ウナは街の1つに降りて行った。

賑やかな街だ。人々は貧しいらしい、でも働き者だ。機械工はグリスにまみれているし、ペンキ屋は赤や青に染まっている、パン屋は小麦粉をかぶった様に真っ白だ。彼らは大声で怒鳴り合っているが、喧嘩をしているわけではない、声が大きくて荒っぽいのは親譲りの地声だ。 ウナはこの大地がすっかり気に入った。ウナは人々の衣服に頬が触れるぐらい低く飛んで、人混みの中に紛れ込んだ。乱暴だけれど働き者の人々。ウナは少し高度を取って上空から、この人たちの子供の代、孫の代を考えた。きっと暮らしよい明るい街になるに違いない。

 突然、ウナの目の前が真っ暗になった。煙突の煙の中に突っ込でしまったのだ。ウナの体は真っ黒だ。それは勢い良く煙を吹き上げる無数の煙突の1つだ。ウナはその煙突があちらの大きな煙突でなかったのは不幸中の幸いだったと自分を慰めて、体のススを払った。

 ウナは神様の声を思いだした。

「おちついてゆっくり見るんだよ」

 ウナは落ち着かなければいけないと、自分自身に言い聞かせて、落ち着つくために街外れまでやってきた。一本の老木の頂上に腰を下ろした。そうやってキョロキョロあたりを見回すと、街も人もよく見渡せる。そんな道のあちこちに。機械工のグリスの色に始まって、様々な職業の色に染まった人たちが、せわしなく行き交っていて活気がある。

 太陽の光を反射して、赤や緑や青い屋根が広がってきれいだ。幾本もの石畳の道がそんな屋根を縫って走っている。なにより目だつのは、おおきいのやちいさいの、太いのや細いの色々な煙突から勢い良く吹き出される色や黒や灰色の煙だ。この街はこうやって開けてきたのだろう。そして、この街で生まれた子供達は大人達そのままに、順調に確実に街を広げて行くのだ。

「いいな、いいな。いい土地だ」

「何がそんなに良いもんか」

 ウナのお尻の下で、木の葉ががさがさ揺すって老木は、そう言った。悲しげな声だ。ウナが首を傾げて黙っていると、老木が続けた。

「あの人々のじいさんの代には、私を囲んで毎年祭りをしたものさ。大人や子供の賑やかな輪が私を囲んだんだ。ひいじいさんの代には、村の人々が私を前に結婚の誓いををしたもんだ。私も幾つもの夫婦が出来る度に心から嬉しく思ったんだ。そのじいさんの代にはね、集落の人々は天に一番近い私に向かって作物の実りを祈ったもんだ。私も一緒に祈ったんだよ」

 ウナは黙ったまま、さっきの街の中にちっとも花や木立が無かったのを思いだした。老木が続けた。

「ああ、でも今度は私の番なんだ。今日こそ私の番なんだ」

 ウナは老木の叫びを首を傾げて聞いていたが、チェーンソーを持った人々が老木の方へやって来るのを見て事態を察した。ウナは必死で人々の手を引いたり、大声で叫んだりしたが気づく人はいない。ウナの姿は人間には見えないのだ。

 チェーンソーが回って老木の樹皮に喰い込んだ。老木は嘆きとも叫びともつかない声を上げた。ウナも老木と恐怖を同じにして叫びを上げている。何もできずにただ飛び回っているのだ。

 老木は倒れた。

 老木を倒した人々は自慢気に、今度建てる工場の話をした。でも人々は失った物の重さには気づかないのだ。ウナは天に戻った。老木の思い出話を抱えて。


 三番目に、すすむは天使のピウスだった。ピウスは小さな雲を枕代わりに抱きしめて、すやすや眠りながら西の大地へ流されて行った。

 突然、ピウスの耳元を頭の中に響きわたるような金切り声がしたので、ピウスはうっすらと目を開けた。ピウスはじゃまくさ気に視線だけ動かしたが、金切り声の主は見えない。ピウスはまた大きなあくびをして枕の雲に頬を擦りつけると気持ちのよい寝息を立て始めた。

 再び、金切り声が響いたかと思うと、ピウスのお尻の辺りを突風が通り過ぎて行った。ピウスはくすぐったさに目を覚ました。ピウスはお尻を撫でながらあくびを1つして、金切り声の主を捜して東の空を見た。迷惑な音は東の空高く消えて行った。でも、わざわざそんなものを捜す必要はなかった。すぐに、次のが飛んで来たのだ。今度のは親切にもピウスの目の前にゆっくり飛んで来たかと思うと、放物線を描いて地上に落ちて行った。

砲弾だ。良くみると、大きいのや小さいの、早いのやゆっくりしたの、形も色も様々な砲弾が空のあちこちを飛び交っているのだ。地上を見ると、砲煙の層に覆われて地面が見えない。その真っ黒な砲煙のあちこちで閃光が輝いている。

(きれいだな)

 ピウスは寝ぼけたままそう思った。次の瞬間、ピウスはやっとが覚めて気が付いた。

(これは戦争だ!)

 ピウスは砲弾の嵐のまっただ中にいるのだ。ピウスは泣きたいほど恐くなって天に戻りかけた時、神様の声を思いだした。

「ちゃんと隅から隅まで見るんだよ」

 ピウスはしぶしぶ、恐る恐る、砲煙の層を抜けた。地面と砲煙の空。薄い空間の中で人々が、銃を撃ったり、大砲の弾を詰めたり、銃剣で突き刺したりしている。ピウスのお腹に響く大砲の音に混じって、かん高い悲鳴や、低く途切れそうなうめきが聞こる。べっとりと汗の臭いや血の臭いがピウスを覆っていて、ピウスも耳を覆って悲鳴を上げたいくらいだ。ふと、ピウスは一軒の廃屋を見つけた。ピウスは慌ててガラスの割れた窓から中に逃げ込んだ。

 廃屋には先客がいた。五人の子供達だ。大人達からその存在を忘れられた子供達だった。五人は壁の側で子犬みたいに一塊になって、恐ろしさにふるえている。男の子が三人。女の子が二人。何れの子も、ほこりまみれ、汗まみれだ。男の子の一人は胸の当たりに、真っ赤に血でにじませている。女の子の一人は火傷に痛む左腕を押さえている。別の男の子は足を痛めているらしく歩くのに足を引いている。残った二人は兄妹らしい。お兄さんらしい男の子が妹をかばって抱いている。妹の方はお兄さんの腕の中で眠っている。

 ピウスはただ羽ばたきしただけだ。ピウスはこの子どもたちを救いたい。でも、ピウスにはこの子供たちを救う力はない。ピウスはお詫びに子供たちの一人一人にキスをした。

 すぐに胸のキズが直りますように。

 火傷の痛みが和らぎますように。

 傷ついた足が元の通りに動きますように。

 可愛い妹をずっと守ってやれますように。

 最後にピウスは妹の女の子にキスをした。お兄さんがかばうように押さえる妹の額に、この幼子を苦しめる傷があるに違いなかった。ピウスがキスをするために顔を近づけると、血にまみれた兄の指の間にのぞいた妹の額の部分には、銃弾の痕が見えて、血は半ば干からびかけて止まっている。

 ピウスは最後のキスがおわると天に帰った。自分の無力さに泣じゃくりながら。


 四番目に、すすむは天使のナルルになった。ナルルは下界でどんなものが見られるのかと、わくわくしながら北の国に飛んで来た。ナルルは数え切れないほどの生き物を想像していたのだ。街にはたくさんの家があって、仲の良い家族も住んでいるだろうし、温かな空には鳥や蝶が飛び交っているに決まっている。大きな森には幾種類もの動物の寝ぐらがあって、森の泉は噴水みたいに虹を作っていて、吹き出した水は流れる小川になって、鱒がぴちぴち跳ねている。ナルルそんな想像をして、雲を抜けた。

 しかし、ナルルが最初に見たものは地平線まで広がる荒れ地だ。くすんだ薄茶の地面のあちこちに岩や石ころがころがっていて、その間をつむじ風が幾筋にも分かれて、砂ぼこりを上げている。ナルルは物寂しい砂ぼこりを振り払うように身震いをした。街なんか見えない、地平線が見える。空は暖かくない、冷たい風が音もなく吹いている。木立も動物も見えない、岩や石ころが単調な色の地面に変化を与えている。ナルルは寂しさを振り払うように、力強く羽ばたいた、でも、ナルルは涙ぐんでいる。

「いろんな物を見て、いろんな事を考えておいで」

 神様はそう言ったのだ。ナルルは何も考えずに、ただ力強く羽ばたいた。こんな場所で何かを考えると泣きだしそうだ。

 ふと、ナルルは単調な景色の中に、一筋の小川を見つけた。川底が透けて見えるほど、澄んだ冷たい流れだ。所々に水晶が尖った冷たい光を放っている。ナルルは流れを逆上り始めた。

 しかし、森は無かった。水晶の谷間があって、そこから水がわき出しているのだ。美しいけれど冷たい光景である。ナルルは一軒の小屋を見つけた。恐る恐るのぞき込むと、一人の魔法使いである。若い女の魔法使いで、ここだけは暖かそうな暖炉の前で、ぽつん、と一人座っているのだ。来ることがないと分かっているお客をずっと待っているかのよう。人と一緒に住みたいと考えている寂しい魔法使いだ。彼女が魔法の水晶に映している映像にそれが現れている。

挿絵(By みてみん)

 彼女は昔の映像を水晶に映して心を慰めているのだ。昔、彼女は人の街に住んでいたらしい。水晶の中の彼女の明るい笑顔の横に、大勢の人が見える。もっとずっと温かな所に住んでいた頃の事だ。でも人々の魔法使いを見る目が異邦人を見る目付きに変わっていくのが分かる。彼女が人々に無い力を使ってみせたからだ。

 彼女は人と一緒に住むために、彼女の不思議な力を使って人の役に立ってみせたのだ。でも、人はそんな彼女を、恐れ、嫌う。彼女は人と友達になりたいので、他人と心を一つにする。でも、人は彼女に心を許さないのだ。

 この大地の景色を見ていると、彼女の心がよく分かる。彼女はお腹をすかせた動物に食べ物を出してやる魔法を使えるらしい、木や花と心を通じ合ってその美しさを受け入れてやることも出来るらしい、たぶん、父母のいない子供に夢を見せてやることだって出来るのだ。

 でもただ一つ、彼女は自分を人間にする魔法を知らないのだ。

 だから彼女は、毎日、毎日、ひっそりした小屋の中、暖かいけれど物寂しい部屋の中で、水晶に昔の思い出や自分の友達になってくれそうな人々を映して心を慰めているのだ。

 水晶に映る光景が揺らめいて、ゆっくり消えた。魔法使いは暖炉の前で眠ってしまったのだった。ナルルのいる位置から、彼女の横顔が見える。涙がにじんでいるけれど、口元が僅かに微笑んでいるのは、幸せな夢を見ている証拠だろうとナルルは考えた。

「さみしい、さみしい、魔法使い」

 窓辺のナルルは、魔法使いから視線を天に移してそう思った。そして、彼女の浅い幸せな眠りをじゃましないように、ナルルは自分の羽音を暖炉の薪のはぜる音に忍ばせてそっと天に登った。

 ふと、ナルルは上空から振り返って思った。この大地には駆け回る動物が必要なんだね。動物には森や草花も必要だ。森や草花にはそれをめでる純真な子供も必要だ。子供には子供を見守る魔法使いが必要だ。ナルルは彼女を慰める力を持たない事を悲しく思いながら、ゆっくり天国に帰って行った。


 四人の天使は神様の元に戻ってきた。神様はまずメピムの話を聴いて、がっかりした。メピムは大地に黒い闇のイメージを抱いたのだ。

 次に、ピウスの話を聴いてもっとがっかりして肩を落とした。ピウスは煙突から吹き出すススだらけの黒の煙のイメージを話したのだ。

 神様は三番目のウナの話を聴くと、普段は立派な髭までだらり

と元気なく垂れてしょんぼりしてしまった。ウナは砲煙の黒をイメージしたのだ。このままでは黒い雪が降りそうだ。

 最後にナルルが北の魔法使いの話をした。神様はナルルに優しく尋ねた。

「それでは、お前はどんな色が下界にふさわしいと思うのかな? 」

ナルルは少し遠慮がちにもじもじしていたが、やがて意を決したように、でもきっぱりと言った。

「やっぱり、白のままがいいの。一番きれいで、優しい色なの」


 その年の冬も白い雪が降った。雪と共に、いくつかの大地で変化が起きた。小さな変化と大きな変化。東の大地ではまるで動物がみんな揃って冬眠に入ったかのように、姿を見せなくなった。街の動物も、森の動物も。南の大地では、初めての雪に驚く人々の目の前で、樹木や草花が淡く揺らめいたかと思うと、雪と共に融けてしまったように姿を消した。街はずいぶんさっぱりとしたコンクリート色になった。

 西の大地では、雪が血走った人々の心を癒したが、大人達から忘れられていた子供達が、忘れられていた時そのままに、大人の記憶から姿を消した。街は何も変わらないように硝煙に埋もれて見えた。そして雪の冷たさと同じく、この三つの大地の人々はこの小さな変化を受け入れた。

 北の大地。夢から目覚めた魔法使いが、いつものように独りぼっちで小川に水汲みに行きながら、ふと足を止め首をかしげた。小川は、ずいぶん楽しく賑やかだったから。ビーバーの奥さんが器用にダムを組んでいるのだ。岸の水晶をかじり倒しては、ダムに運ぶのはお父さんビーバーだ。水辺で魚がはねた。野うさぎが川辺で毛づくろいをしている。かわうそが川面から顔だけ出して、迷惑そうにダムを見ている。彼女の足元が柔らかく温かいのは、数匹の子犬が遊び相手を求めて擦り寄って来たからだ。この新しい仲間は、いったいどこから来たのだろう。

 空には小鳥の群が空を駆けている。地平線の付近が何やら揺らめいたかと思うと、ゆっくり緑に変わった。曖昧なものがゆっくり姿を現すにつれ、それらは太い樹木の幹や柔らかで艶やかな葉や色鮮やかな花になった。枝のあちこちにはリスがいる。木の葉を揺する風に小鳥が舞っている。ビーバーの歯の音が木をかじる音に変わったかと思うと、川辺には水晶など何処にもなく、それは潅木だ。大きな森の中央に開けた潅木と草花の小さな平原だ。もう豊かな木々に遮られて地平線は見えない。足元にはビーバーが作った小さな木の切株が幾つもあって、ビーバーは作ったばかりのその椅子に彼女に座れと勧めた。もう一匹のビーバーが彼女の足元をすり抜けて新しい木をかじり始めた。新たなお客のための椅子。木立の幾つかに隠れるように小さな人影。人間の子供達だ。子供達は彼女が保護者であることを知っていて、恥ずかしそうにそっと彼女との距離を詰めてきている。

「あ、あ、あっ、」

 魔法使いは声にならない叫びを上げた。天を振り仰いだのは、涙を押さえるためだ。動物も小鳥も子供達も揃って空を見た。白い雪がふわふわ降って来る。雲が細かくちぎれて落ちて来るように柔らかだ。

 いつもと同じ白い雪。でも、北の大地の生き物には、その雪がいつもよりずっと白く輝いているのが分かった。

挿絵(By みてみん)

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