六日目の朝
あくる朝、すすむはいつもの時間におばあちゃんに起こされて、大きなあくびをして目を擦った。台所から朝食の香りが漂ってくる。すすむの夢の中に女の人が出てきたのだが、それがお母さんだったのか、春香だったのか、よく思い出せない。懐かしさという点では母親を思い起こさせ、安心感という点では春香を思い起こさせるのである。
すすむは、いつものように起きて、いつものように食事をして、いつものようにおばあちゃんにまとわりついて過ごした。
(この子はたしかに元気になったようだ)
おばあちゃんはそう考えたが、疑問もわく。
(でも、どうして? )
すすむはおばあちゃんの足元を駆け回りながらも、時計を気にしている。公園へ出かける時間を計っているのだ。おばあちゃんは孫に友達が出来たことに気づいた。
(きっとそうね、この子は友達を見つけたのでしょう)
おばあちゃんはそう考えた。
「すすむちゃん。お友達が出来たのね? 」
おばあちゃんは、すすむの前にしゃがんでそう言った。すすむはおばあちゃんの勘の良さに驚いてしばらく黙っていたが、やがて、春香との約束を思いだして首を横に振った。でも、すすむの嘘は表情に現れてすぐにばれる。
「お友達をおばあちゃんにも紹介してくれないかな」
すすむはじっと黙りこくっているのだが、気分を害した雰囲気はない。
「何処の子? 」
すすむはうつむいて、おばあちゃんから視線をそらした。
「なんて名前なの? 」
おばあちゃんはしゃがんですすむと視線を合わせた。
「男の子かな? 女の子かしら? 」
そういった質問の度に、すすむは首を横に振ったが、質問の度に、だんだん嬉しさがこみ上げて表情にまで出て来るのだった。すすむは友達をおばあちゃんに紹介したいのである。ただ、すすむは体を訳もなくくねらせたり、おばあちゃんのひざに顔を埋めたりして、約束を守って、秘密を心の中にしまい込んだ。
おばあちゃんは、すすむのわき腹を指でつついて督促した。
「言っちゃいなさい」
すすむは頭を抱えて悩んでいるが、その表情は嬉しそうで、今にも口から何かが吹き出しそうだ。
「女の子ね。すすむちゃんの恋人かな? 」
ついに、すすむは少しうなづいた。おばあちゃんはついに孫に友達が出来たことを、孫の口から確認したのである。
「あっ」
すすむは小さな悲鳴を上げて、隣の部屋に逃げ込んだ。すすむは春香との約束を、ほんの少しだが破ってしまった。
すすむは夕方までの時間を、その部屋で絵本と一緒に過ごした。おばあちゃんといると、秘密がお腹の中から飛び出しそうだ。おばあちゃんもそれ以上の詮索はしなかった。何よりも、今の孫を刺激し過ぎてはいけない。孫の夢を覚ましてはいけない。
すすむは絵本と時計を見比べるようにして、絵本を読んだ。時計の文字の読み方は知らないが、針がくるくる回って時間の経つのは分かる。おやつを食べた後、ちょっとお腹がすいた頃。出かける頃合だ。すすむはおばあちゃんに知られないように、そっと外出着に着替えた。そっとバケツとスコップを準備して、玄関で靴を履いた。そっと音を立てないようにドアを開けるとおばあちゃんの声がした。
「信号はちゃんと見て渡るのよ」
すすむは慌ててアパートを飛び出した。




