すすむのお願い
すすむは春香からもらった勇気が失われない内に帰宅するために、アパートのドアまで駆けた。元気良く駆け込んできた孫を、おばあちゃんは意外に感じたが、変に口を差し挟んで孫の心をかき乱すのを恐れた。
「おかえり」
一言、そんな声を掛けただけだ。おばあちゃんは孫の夕食に卵を焼いていた。孫の好みを考慮して、ちゃんと鰹と昆布のお出汁が入っていて、中がとろりととろけ出す半熟に焼いてある。今日の夕食は3人だ。おばあちゃんと、おじいちゃんと、すすむだ。おばあちゃんとおじいちゃんは孫の様子を偵察するように黙って食事をした。昼の残り物のカレーライスをスプーンでもくもくと食べているのである。すすむも黙って卵焼きを食べた。時々、箸を休めて考え込むのは、いろいろな想い出を頭の中で整理して、言葉を探すためだ。
おばあちゃんやおじいちゃんの顔を見るまでは分かったつもりでいたのだが、今は、すすむの心の中でメウやキィやハリーやフィニや花の女神さまの言葉がごっちゃになって整理がつかない。
やがて、すすむはちょっと黙って、おじいちゃんとおばあちゃんを見ていたが、やがて、ぽつりと言った。
「ごめんなさい」
子供らしい素直な口調である。祖父母は孫の言葉の意味を理解しかねたようだ。ただ、その言葉を発した後の孫の表情が素直で朗らかだったので、深く追求するのは止めた。深く追求してボロが出るのは大人の方なのである。おじいちゃんは孫を膝に抱き上げて頭を撫でた。おばあちゃんはとまどった笑顔で孫のためにテレビの電源を入れて、チャンネルを子供向けの番組に合わせた。
すすむはおじいちゃんに
(お父さんと会いたい)と、心の中で言った。
そして、おばあちゃんを見て
(お母さんと会わせて)と、お願いをしてみた。
でも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、黙って作り笑いを浮かべるだけで、すすむの言葉を察した様子はなかった。




