雪の魔王のこと
春香がすすむの肩に腕を回して、すすむを背後から抱いていた。公園の中、コンクリートの山の上だ。すすむはスケッチブックを閉じる春香と並んで噴水の方を見降ろしている。少し、座っている位置をずらすと、ずらした分だけコンクリートの冷たさが伝わってくる。じっと同じ位置に座ったまま、春香の話を聞いてたものらしい。
(すすむクン、良くがんばったね)
春香は微笑みながら、すすむの健闘を誉めた。すすむは任務を果たして誇らしい気分だ。ヒツジのメウがすすむに言ったように自分を信じることが出来るような気がする。
春香はすすむを背中の方から抱き上げようとしたが、冒険をやり遂げたすすむの体は思いの外、重いようだ。春香は腰に手を当ててすすむを見た。抱き上げられなかったことを照れるような、すすむの冒険の重さを実感して満足するような、幾つかの感情が入り交じった笑顔だ。
すすむは察した。春香はすすむを膝に抱いて、滑り台を滑り降りようと試みたらしい。すすむが思ったより重くて試みが失敗した。その照れ笑いが、春香を随分と身近で人間臭くした。
すすむは春香を導くように、螺旋状にコンクリートの山を巡る滑り台を滑った。
(すすむクン)
春香がすすむの心に語りかけた。
(本当はね、雪の魔王が出てくるはずだったんだ)
(ゆきの まおう? )
(そう、春が来るのを邪魔している悪魔がいたの)
(悪魔なんか、居なかったよ)
(普通はね、悪魔を倒して勇者になるの。きっと、勇者になるために悪魔が必要なのね)
(ふうん)
(でもね、すすむクンと一緒に旅をしてると、悪魔なんか倒さなくっても、すすむクンは勇敢だなって思ったの)
駆け出して行くすすむを、春香が呼び止めた。振り返ってみると、春香が噴水のところに立っていた。さっきの花の女神さまのようだ。春香は、ゆっくりと人差し指で噴水を指さしてから、何もない空に弧を描いた。その指に導かれるように虹が噴水から吹き出して、溢れだして、地面を潤した。虹はきらきら光って、すすむと春香の公園を潤した。
(ありがとう。すすむクン)
そんな言葉で春香は表現した。すすむが一人でやってのけた事を、すすむに思い起こさせているのである。すすむの道にも、きっといろいろな可能性がある。
(ばい、ばい、はるかさん)
春香は、すすむが明るく手を振ってかけ去るのを見送った。




