すすむの怒り
(うそつき、うそつき、うそつきっ! )
すすむは祖父母を激しく非難した。
(おじいちゃんも、おばあちゃんも、ちゃんと約束したのに)
しかし、良い子でいるために、その言葉を口に出すのは自制した。爆発してあふれ出しそうな言葉を抑えるために、すすむはいつもよりもっと無表情で黙り込んだ。すすむは自分にしか分からない目印で、今日の日付を記憶していたのである。
「あと十日ほどで……」
おじいちゃんはすすむにお父さんがやってくる日を約束したのだった。
すすむは数字は読めないが、カレンダーのマス目の中でおじいちゃんが指さした位置をちゃんと覚えていた。心の中で毎日ひとつづつマス目を塗りつぶして、今日がその日のはずだった。
「今日は、お父さんが来る日だね」
朝食の後、すすむはおじいちゃんの約束を恐る恐る確認したのだった。おじいちゃんはびくりと反応してすすむから視線をそらした。
「早く来れるようになるといいな」
おじいちゃんは視線をそらしたまま言い残した。おじいちゃんは約束を守ることなくドアの向こうに姿を消した。残されたおばあちゃんも返事に窮して、いつもと同じ言い訳をした。
「いい子にしていたら、きっと」
おじいちゃんはうそつきだ。
おばあちゃんもうそつきだ。
すすむのことを好きだと言ったお母さんもうそつきだ。
すすむを迎えに来ると言ったお父さんもうそつきだ。
うそつきばかりで、すすむにとって何の進展もなかったのである。すすむは黙ったまま隣の部屋に駆け込んだ。すすむは部屋に閉じこもった。おばあちゃんはすすむが一人で泣いているのではないかと思った。おやつを理由にしてすすむの縄張りに侵入した。
孫は泣いてはいなかった。だまって、目の前に絵本を広げていた。ただ、読んでいる様子はなく、じっと同じページを睨んでいるだけだ。
「すすむちゃん、ご本を読んであげようか? 」
すすむはおばあちゃんに奪われないように、絵本を5冊とも引き寄せ強く抱きしめた。すすむの目には涙の代わりに、悲しさが敵意に姿を変えて、おばあちゃんを射ている。おばあちゃんは悲しそうな目をして、後は黙ったまま部屋を出た。後ろ姿が寂しそうに見えるが、すすむはそんなものに騙される気はなかった。
おばあちゃんは、いろいろ考えて、お昼ご飯のメニューをすすむの好きなカレーライスに切り替えた。厚手のフライパンの中でバターを使ってタマネギをじっくり炒めて、乱切りにしたジャガイモとニンジンと挽肉を加えて、更に炒める。ニンジンはちゃんと孫の口に合うよう小さめに切ってある。彼女の本来のレシピーから孫のためにニンニクとショウガは抜いている。具材が浸るまで水を加えて、アクをすくいながら、くつくつ煮込む。おばあちゃんは時々、横目で台所のドアを見る。孫がのぞきに来ているかもしれない。
ローリエの葉とコンソメスープの素を少々。もう、その香りは孫に届き始めているはずだ。部屋の中で孫は期待で鼻をひくひくさせているかもしれない。おばあちゃんは火を弱火にして、カレールウを入れ、ルウが完全に溶けたのを確認した。まだ、孫は姿を見せないが、部屋の中でお腹をぐうぐう言わせているはずだ。
お玉ですくってみると、孫の好みには、とろみが足りない。おばあちゃんは小麦粉を加えてとろみを調節した。まだ、孫の姿は見えないようだ。最後の仕上げにヨーグルトを少々と醤油を2匙、おばあちゃんの秘密の隠し味だ。
ずいぶん、誘いの手を伸ばしたつもりだが、すすむは姿を見せない。時計は昼を少し回っていた。孫に食事を食べさせなければならない時間だ。おばあちゃんは西洋皿によそったホカホカご飯の上にカレーをたっぷりかけた。孫の気を引くように黄色いスイートコーンを散らした。おばあちゃんは、また横目で台所のドアを見る、孫はまだ姿を見せない。おばあちゃんはとうとう部屋に孫を呼びに行かなければならなかった。
「ゆっくりでいいから、残さずちゃんと食べなさい」
すすむはスプーンでカレーをかき回している、口に運ぶよりかき回している時間の方が長いだろう。
「ニンジンを残しちゃダメよ」
それを聞いたすすむは念入りにニンジンをより分けて、お皿の端に積み上げた。
「残さず、全部食べなさい」
すすむはプイと横を向いて席を立った。おばあちゃんは何も怒らなかった。すすむは振り返っておばあちゃんの表情を確認した。自分の行動の効果を確認した。いかにも、すすむのことを心配しているような悲しい顔だが、すすむはそんな手に乗らない。
すすむは出かける時間まで、おばあちゃんから離れて絵本と一緒に部屋に閉じこもって出てこなかった。ぐるになってすすむを騙した大人への恨みや憎しみで心が満たされながら時間が過ぎた。




