すすむの不幸
秘密。
秘密。
春香と2人だけの秘密が、すすむの中で嬉しく膨れ上がって、口の中から弾け出てしまいそうだ。公園前の歩道で2人は手を振って分かれた。春香は歩道沿いに南の方へ、すすむは道路を渡ってアバートへ。すすむは1つ考えた。春香は南の方から来ているのかなと。
すすむがアパートのドアを開けると、おばあちゃんは、スコップとバケツの音で孫が帰宅したと察して言った。
「帰ったら、手を洗いなさい」
おばあちゃんのいる台所から湯気が流れてきて、すすむの鼻を刺激した。すむはちゃんと石鹸を使った。指の先まで洗って、水道の蛇口を閉じると、おばあちゃんがタオルを持って立っていて、孫の顔を拭いた。頬と鼻の頭に石鹸の泡が残っていたのだ。すすむはそのタオルの端で手を乾かした。顔を拭いてもらうすすむの顔は満足そうだ、不安な感じが減って安心したような様子もある。おばあちゃんはこの孫の顔を見てそう感じた。
すすむはテーブルの上を見てから、おばあちゃんの顔に視線を移した。食器が一組足りないのに気づいたのである。おばあちゃんはすすむを椅子の上に抱き上げて言った。
「今晩は、おじいちゃんは遅くなるのよ」
すすむはおばあちゃんと2人きりの食事をした。本当はおじいちゃんにも話したかったのだが、すすむは食事の1口毎に箸を休めて、今日の探検のことをポツリポツリと話した。小川のこと、花畑のこと、クマのクリックさんのこと。おばあちゃんは、ただ驚いたように、孫の話を聞いている。この家に捨てられる様に連れてこられてから、すすむが自分から話をするのは初めてだ。
2人の食事が終わって、おばあちゃんがすすむの口元に付いたケチャップを拭っていると、玄関に足音。おじいちゃんの足音だ。
すすむはおじいちゃんにも話をしようと玄関をのぞいた。ちょっと疲れた感じのおじいちゃん。何かうまく行かなかった。そういう感じだ。手に下げた紙袋をおばあちゃんに渡すと、中からすすむの着替えのシャツが何枚か出てきたのは、おじいちゃんがお父さんの所へ行ってきた証拠だ。
おじいちゃんはすすむの頭を撫でたが、すぐに、寝室を指さした。
「さあ、もう遅いから眠りなさい」
「いい子にしていたら、お母さんもきっとすぐに退院できるからね」
すすむは素直に寝床に歩いた。お父さんと同じだ、これから、おじいちゃんとおばあちゃんは、お父さんとお母さんの事を話し合うのだ。大人同士の話合いだ。子供は仲間はずれだ。そして、その内容は、すすむにとって好ましい物ではない。
「不幸」という言葉を使うなら、すすむにとっての不幸は、お母さんが入院しているわけではないことを知っていることだ。
すすむは冷たい寝床に入って、枕を抱きしめた。




