クッキーの魔法
パーン!
春香が音をさせてスケッチブックを閉じたので、すすむは目を開けた。
(今日は面白かったね)
春香はすすむの顔をのぞき込んでそう言った。
「うん」
すすむもうなづいたが、次の瞬間に、はっとしたのは、バスケットを手にする春香の横顔にふと寂し気な物を感じたからである。
でも、もう一度、すすむの方を向いた春香は泣いてはいなかった。
春香は少し戸惑う様子を見せた後、
(よく見ていて······)
春香はそう言って目をつむり、意識を集中させた。集中した意識がバスケットに乗せた両の手の平からバスケットの中に注がれているように見える。
やがて、春香は目を開けて、にっこり微笑みながら白い包みを出して、すすむに渡した。包みを開けるとクッキーが5つ。今日のはレーズンが入ったクッキーだが、クッキーが出現した状況は昨日と同じだ。さっき確認した時にはこんな物は入っていなかったはずだ。
春香は、すすむの様子を注意深く覗った。小首を傾げて不思議そうだが、目の前の状況を疑ったり、不信感を抱くことなく素直に情景を受け入れているように見える。
春香はすすむの顔を見て笑った。すすむがにっこり素直な笑顔につられたのである。
(ああ、考えちゃダメなんだ。そのまま受け入れなきゃ)
すすむはそう考えて、ただ一言、お礼を言った。
「ありがとう」
春香はその言葉に微笑んだ。すすむの素直な笑顔に心が癒されているのである。
クッキーが5つ、すすむの口の中で溶けて無くなった。春香は昨日みたいに帰り仕度を始めている。すすむはしょんぼりして春香の肘を引っ張った。まだしばらく遊びたいという意志表示だ。
春香は笑いながら、昨日と同じ事を言った。
(さあ、家族の人が心配するから、お帰りなさい。明日の夕方、また2人だけで、ここでね)
突然に地面の砂を巻き上げて風が吹いたので、春香はコートのエリを立て、すすむのマフラーを巻き直した。そして、すすむの顔を見つめると全てを察したように、昨日と同じに付け加えた。
(ありがとう、黙っていてくれたのね。でも、これからも私の事は秘密よ)
なぜ、秘密なのか、すすむにはよく分からない。でも、それが春香と友達でいるための条件らしい。すすむは公園の入口まで春香に手を引かれて導かれながら、そう考えてうなづいた。すすむを見送る春香は胸に手を当てた。北風に溶けこんで散り散りに吹き流れていきそうだった心に、温かな存在感が芽生えていて、今の彼女は、足でしっかり大地に立っている。
この日、彼女は新たに知ったことがある。すすむから流れ込んできた記憶である。彼女はその記憶を辿った。




