プロローグ
地上に舞い降りた寒気の固まりが、人や建物にかき乱されて、鋭い切っ先を持ったつむじ風に分岐した。少女の肩に掛かる長い黒髪が、つむじ風に弄ばれるように靡いているのだが、本人はこの世界に心を閉ざすように、気にする気配がない。
ここは地元に密着したこじんまりした商店街だが、取り囲む住宅地に恵まれて、店にも行き交う人々にも活気がある。ハンバーガーショップのウィンドー越しに見える店内に、賑やかにはしゃぐ彼女と同世代らしい高校生の少女の一団がいる。一瞬、視線が合った一人は窓の外の少女から目を逸らし、少女もまた無関心を装って気づかぬふりをして、別の対象を求めて視線を移動させた。
時々、少女は歩調をゆるめて、豊かな商品が陳列された周囲のショーウィンドーを覗いたが、その視線は定まらず、彼女は求めるものを得ることが出来ていない事を窺わせている。事実、彼女は歩きつつ、無表情でため息をつくことがある。
商店街の中央の広場の時計は4時半を回っており、この季節、あと一時間もすれば空は赤黒く変じて急速に闇に包まれる。少女は学校の後、図書室にとどまるわけでもなく、友人と楽しく交わるわけでもなく足早に帰宅した。そこにも居場所がないように、スケッチブックを抱え、小物が入ったバスケットを手に提げてここにいる。少女は街の景色の一部にすぎず、彼女に特別な注意を払う者はなく、彼女に流れ込む人々の意識は、北風が吹き抜けてゆくように彼女の存在とは関わりがない。
彼女には特別な目的地があるわけではなく、スケッチのネタを探すと言うことを心の中のいい訳にして、時間や人から逃げるように背を向けて、小さな町を彷徨っているのである。
彼女は広場の時計台を囲む花壇の縁に腰をかけて、携行にはやや大きすぎるスケッチブックを抱え直した。そのスケッチブックに注ぐ視線が柔らかく、彼女の心の拠り所らしい。この僅かな空間だけに彼女の居場所がある。




