皿洗い
35歳にしてやっと結婚ができた。
開業医として仕事が落ち着いてきたタイミングでいい出会いがあった。
今まで女性経験が全く無い僕を気にかけてくれた友人が連れていってくれた合コンで彼女と出会った。
3歳年下のスレンダーではっきりとした目鼻立ちの美女。
気立がよく、上品で、笑顔の素敵な人。
それが紗世の第一印象だった。
とても自分に見向きもしてくれないと思っていたが意外にも気さくに話しかけてくれた。
トントン拍子で話は進み出会ってから3ヶ月で結婚することになった。
浮いた話がない僕を心配していた両親も安心させることができた。
紗世は仕事への理解を示してくれ、落ち着いた感性を持った僕には勿体無いくらいのできた人だ。
仕事も順調に気流に乗り始め、人生の最高潮といえるだろう。
そんな幸せな日々にに水を差す出来事が起きた。
『本音卒業文集』
僕の住んでいるマンションに引っ越してきた奥さんの荷解きを手伝っているとふと目に入った冊子。
何気なく手に取って開いてみる。
そこには、学生時代の紗世の写真と4分の3ほど埋まった原稿用紙が綴じられていた。
ざっと目を通す。そこには、紗世の下品な夢が書かれていた。
あまりの衝撃の内容に冊子をすぐに閉じて、何もなかったかのように荷解きを続けた。
紗世の恋愛経験は聞いていないが、三十路ともなれば恋愛経験くらいあるだろう。
結婚するまで童貞だった僕が特殊なのである。
そう言い聞かせてダンボールの中からお揃いのマグカップを取り出そうとするが、手が震えて上手に掴めない。
「これもこの部屋に置いていいー?」
紗世が追加の段ボールを持ってくる。
「う、うん」
「どうしたの?」
明らかに動揺していることが伝わる返事に違和感を覚えた紗世が笑っている。
「いや、この部屋も結構ものが増えるなーって」
「え、ごめんね。」
「あーああ、大丈夫だよ。ただ、子どもが産まれて大きくなったらもう少し広い家に引っ越さなきゃなーって」
「確かにそうだね」
「うん!」
「ちょっと休憩にしよ!お茶入れてくるねー」
冷や汗がよこ腹をつたう
若い時間を勉強と仕事に打ち込んできた
やっと手に入れたお金と地位
それを僕が努力していた間に遊んでいた女に一部渡すことになる
モラハラだといういことはわかっているから口に出しはしない
しかし、気持ちの整理はつかない
「嫁 ヤリマン 後悔」
「嫁 貞操観念」
「嫁 びっち 結婚後発覚」
「嫁 元カレ 多い」
どんどん増えていくおぞましい検索履歴
ネットサーフィンしていると同じような考えの人たちが立てたスレッドが見つかった。
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処女厨わい、セックスしたことある女と結婚するやつの気が知れないwww
1 20xx/02/12(木)
お前らって中古品買取センターなのか?
2 20xx/02/12(木)
そんなこといってるから一生結婚できないんだよ
3 20xx/02/12(木)
まぁ、たしかにヤリチンの残飯処理班だよなorz
4 20xx/02/12(木)
>>2 ATMになるくらいだったら一生独身でいい
5 20xx/02/12(木)
処女かどうかなんて童貞しか気にして無い
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自分の感情が言語化されているのを見て情けない気持ちになった。
なんて未熟な考えをしているのだろう。
「お茶入れたよー」
「ありがと」
「そーいえばさ、学生時代の友達が芸人やってたんだけど、引退したらしい」
「そーなんだ、有名な人?」
「いや、全く売れてない」
「その人は仲良かったの?」
「いや、全然ー」
「そーなんだ」
「あっちは、仲良いと思ってるけど私からしたらクラスの知り合いの一人みたいな感じ」
「そかそか」
「一応、ブログにコメントといてあげたけど」
学生時代恋愛とかしてたの?と喉元で言葉が詰まる。
全貌を知ってしまったら紗世を愛せなくなってしまう。
過去と現在は違う。そんなことはわかっている。
それでも、他の男性の指が彼女の体をつたい、唇を重ね、舌を絡ませる想像をすると吐き気がする。
僕が紗世を見つめて愛の言葉を言った時、どこかの誰かと比べられているのだろうか。
本当は、僕より愛している人がいたけど経済的に僕を選んだのでは無いか。
こうしている今も僕では無い誰かのことを考えているのでは無いか。
「あ、今、赤ちゃん、お腹蹴った!」