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不完全燃焼ピエロ①

いつものように世也を小学校に送り終え、ガレージに愛車のジャガーを駐め、車から降りると、モルが尻尾を振って近づいてきた。モルは世也が三歳のときにうちに来たから四歳になる。ゴールデンレトリーバーは、頭がいい。車が止まるまでは近づいてこない。頭を撫でてやると、勝手口に俺を誘う。「早かったね、モルの散歩がてらseiwaに朝ごはん食べにいこうよ」紗世だ。9月だというのにパジャマのショートパンツに俺が着なくなったバンドライブTシャツを着ている。「うん、でもその格好じゃ寒いから何か着てきな」返事もなく家に入り五分もしないうちに出てきた。「やーね、パパはいちいち厳しくて」モルを反射鏡にして俺に嫌味を言ってくる。本当は寒さを気にしていたのではなく、露出度の高い服で出歩いて欲しくないということを紗世は知っている。結婚してから八年が経つ。出会ってからで言えば三十一年だ。俺と紗世は、いわゆる幼馴染で、中学二年のころから付き合い、大学を出てすぐ結婚した。俺も紗世も他に恋愛経験はない。俺は、モテないから。紗世は、俺がいたから。そんな関係性が生まれてからずっとつきまとっているせいで俺は紗世を束縛してしまう。自分に自信がないからだ。家から海沿いを十五分くらい歩く。モルのリードをどっちが持つかでじゃんけんをした。負けた紗世は、眉間にしわを寄せ、ほっぺを膨らませた。この顔をすると俺がリードを渡すからだ。意味のないじゃんけんは昔から行われる。大学時代、スーパーに買い物に行った時にどっちがレジ袋を持つかでじゃんけんをした。どっちが勝とうが俺が持つことになる。あの頃と比べても紗世は老いていない。サワーヤーというお店は犬を連れたまま入れるオーガニックカフェだ。朝の六時から十五時までというほとんど家にいる俺ら夫婦にとっては通いやすい営業時間だ。俺は、大学時代に不動産投資に成功し就職をせずにマンション経営で稼いでいる。そのため、若くして別荘地に大きな家を建て、高級車に乗ることができている。他に客のいない閑散とした店内を顔見知りの店員がメニューとお水を持って歩いてくる。「おはようございます。今日も朝から仲良いですね」4人がけのテーブルの向かいに座らずに隣に座る三十路の夫婦が微笑ましいのだろう。これが、もう少し若いと痛々しく見える。天真爛漫に店員と話す紗世にメニューを早く決めるように促す。「じゃあ、ほうれん草のモッツァレラチーズサンドとチョリソーで。あと、タンドリーチキンサンド」と勢いよく俺の分まで注文する。「以上で」と言った俺を得意げな顔で見る。たしかにいつもタンドリーチキンサンドを頼んでいるが今日はホットサンドが食べたかった。紗世の得意げな顔が好きだからそんなことは言わない。モルは気づいていたのか、起き上がって俺の顔を見ていた。店員が料理を運んでくると、「おいしそーだね」と肩を叩いてくる。呆れた顔をして、店員と目を合わすが本当はこういうところが大好きだ。チョリソーをモッツァレラサンドに挟む。見せつけるように頬張る。まだ口に入っているのに満面の笑みでこっちを見てくる。幸せだ。「んんー、チョリソーの辛さをチーズがマイルドにしてるー」テレビの食レポの真似事をして笑かしてくる。なんて、最高な1日の始まりだ。今日も、充実した何もない日常を過ごすのだ。


テレビの中の高校球児とテーブルの上の麦茶は汗をかいている。

対照的にさらっとした俺は、いつものように六畳一間の万年床でラジオを聴いていた。

いつもと違うのは、明日予定があるということだ。

明日は、紗世の結婚式だ。飲めない酒を飲んだからか、随分と妄想をしていたからかラジオの話についていけない。

深夜のラジオ番組を聞き出したのは、紗世が初めて彼氏ができた時だから、18年くらいになるだろうか。

聞き慣れたパーソナリティーの声は、明日の結婚式を忘れさせ、日常を演出してくれた。

ラジオが終わった。

深夜三時、ため息を生ぬるいウイスキーで飲み込む。俺は、三十二歳・独身・芸人。

といっても、ほとんど芸人での収入はないため、深夜のコンビニバイトを七年続けている。

芸人の仕事は、月三回の事務所ライブと年に一回の単独ライブ。

どちらも客は三十人に満たない。テレビのオーディションにすら呼ばれない。

鳴かず飛ばずだ。

明日結婚する初恋の相手と釣り合うはずもない。


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