コンプレックス
「お前みたいに仕事ができるやつには、俺の気持ちなんてわからないよ」
彼は聞こえるか聞こえないかのか細い声でそう言った。
虚偽の営業成績報告が会社に見つかりクビになった同僚にかけた慰めの言葉への返答だ。
一昨年、新卒で入社してから仲良くしていた同い年の同僚だった。
ウォーターサーバーの営業は、商業施設で丸一日声をかけ続けて、2件か3件契約が取れればいい方だ。
月のノルマが達成できない社員は、上司の怒号による人格否定と同僚の嘲笑による軽蔑に晒される。
とてもいい環境とはいえない職場だ。
そんな中で、僕は二年間一度もノルマを達成していない彼に唯一優しく接しているつもりだった。いや、優しく接していた。
それは、偽善ではなく同情だった。
同じ時期に入社し、社会の洗礼を浴び、成績こそ違えど同じ苦しみを味わう者同士の同情だった。
しかし、その同情が彼にトドメを刺したのだろう。
彼のか細い声に重い責任を感じた。
それと同時に、その言葉を声に出せる彼に羨望した。
昼時のテレビはどのチャンネルも教師の未成年淫行問題について取り上げている。
神奈川県在住の教師が17歳の女子高生と性行為をしたことが連日ワイドショーを賑わせている。
すぐさま、学校による謝罪会見が開かれたが記者の好奇心とネット民の暇つぶしに消化され、謝罪という本来の意図は伝わらないものだった。
「私が警察に行ったら鈴木さんも仕事クビになるかもね」ベッドの上でスマホをいじりながらつまらなそうに話しかけてきた。
「確実にクビだね」スーツを着ながら片手間に答えた。
日曜日だというのに午後から出勤しなくてはならない。
僕は、月に一回程度女子高生相手に援助交際をしている。
SNSでパパ活を募集している子に連絡するのだ。
ネットでは、未成年淫行をした教師に対して、「ロリコン気持ち悪い」「去勢して刑務所からだすな」などの意見が飛び交っていた。
また、フェミニストを自称するアカウントからは、「被害者女性の保護を手厚くしなくてはならない」「未成年淫行の取り締まりを厳しくすべきだ」といった意見が出ていた。
その通りだと思っていいねを押しているのにも関わらず反対の行動をしてしまっている。
よく頭と体は別だというが、私の場合は頭が二つある感覚だ。
性欲でセックスをしている人が羨ましい。僕は、今まで一度も性欲を原動力にした性行為をしていない。学生時代に性行為ができなかったというコンプレックスを払拭したい思いで未成年と性行為をしている。完全にコンプレックスをなくすことはできないが、一定期間忘れることはできる。未成年と性行為をすることがいけないこととわかっている反面、自らの精神を保つために必要不可欠になっている。
「ねえ、このニュースの犯人の卒業文集が流出してるよ」
「そーなんだ、」
この教師に共感してしまっている自分が怖い
「やっぱり、昔から変わってる人だったんだね」
「へー」
自分も同じように全て失うのが怖い
「鈴木さんもニュースに載っちゃうかもね〜」
「そんなこといいから、LINE消した?」
自分でも変わりたいと思ってる
「まだ消してない〜」
「早く消してよ」
でも変われない
「どーしよっかなー」
「早く消せよ!!」
「え?どーしたの?怖い」
「ごめん、」
「消すから怒らないで」
「うん、ごめん。感情的になっちゃった。」
どんなか細い声でも自分の本音を言えるあいつが羨ましい。