本音卒業文集
「パタン。」
白田稲成は、読み終えた冊子を閉じると何事もなかったかのように席を立った。
『本音卒業文集』
白田が新卒で高校教師になってから、12年の間に担当した3年生に書かせている作文だ。
卒業文集は、みんなに見られるから綺麗事しか書かない。
だから、誰にも見せない卒業文集を書こう。
そうすれば、本音の気持ちを書き残せる。
本音を書いた卒業文集は、先生が責任を持って保管する。
そして、10年後にみんなに届ける。
そんな企画を自発的に行なっている。
今年は、白田が初めてこの卒業文集を生徒のもとに届けることになっている。
10年前に初めて高校を送り出した生徒たちに『本音卒業文集』を送るのだ。
自宅に到着すると冷蔵庫から缶のレモンサワーとタッパーを取り出す。
タッパーには、いぶりがっことクリームチーズを和えた簡単なおつまみが入っている。
普段ならティッシュの箱にスマホを立てかけて、YouTubeを見ながら晩酌をするが、今日は無音の部屋で缶をすする。
いぶりがっこを噛んだ時のコリッという音だけが部屋に響く。
白田は、郵送の準備をした本音卒業文集の中にあった1つを思い出していた。
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『敗者復活前夜』
3年1組18番 近松空也
私の高校生活は、とてもつまらなかった。
たくさんの後悔と拭いきれない怒りで溢れている。
毎日、寝る間を惜しんで自習をしても塾に通っている友達より偏差値の低い大学に行くことになった。
部活では、3年間皆勤賞でも引退試合に出場できなかった。
好きな女の子が嫌いな男と付き合っている姿を目の当たりにし続けた。
いわゆる負け組だ。
今後の人生は、この不幸が前フリとなる喜劇となるだろう。
私は、お笑い芸人になる。
人間というのは、生まれながらに格差がある。
家柄、環境、容姿など後天的な努力では恵まれた人との差が埋められない要素が多い。
しかし、それは自分の持って生まれたものをハンデとして捉えた場合だ。
私は、ブサイクだし貧乏な家に生まれたし、何の教養も身につけずに育ってきたけど、それが武器になる職業がある。
私は、お笑い芸人として活動し、自分を愛せるようになる。
そして、愛する人を笑わせたい。
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その日の白田は、いつになく爽やかで清々しい気持ちだった。
まず、勤め先の学校に退職届を提出した。
学年の変わる時期であることが幸いして、すぐに受理された。
次に郵便局で全ての卒業文集を生徒の元へ送った。
そして、その足で最寄りの交番まで歩いて行った。
「高校教師がJKと淫行‼︎夜の特別指導‼︎‼︎」
とセンスの無さを自ら暴露するような見出しの記事がSNSを中心に広がった。
「神奈川県の県立高校教員、白田稲也容疑者が未成年淫行の容疑で逮捕された。容疑者は、犯行を認めており警察は余罪の調査を、、、」
庶民は、小難しい政治の話題や生活への影響が推量できない経済のニュースよりも下世話な事件に興味を示す。
この事件は、SNSで盛り上がりを見せ、
どこからともなく、犯人の卒業写真と卒業文集が流出した。
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『他責の念』
3年5組15番 白田稲成
卒業文集は、同級生を始め保護者や教師に見られるため誰も本音を書かない。
だが、私はあえて本音で書いてみようと思う。
私の高校生活は、とてもつまらなかった。
たくさんの後悔と拭いきれない怒りで溢れている。
今後の人生は、この無念を晴らすための復讐劇になるだろう。
若い肉体、汚れのないの精神、記憶に残る初体験。
その全てを手に入れられなかったことで湧き出る感情は、
自らへの憤りではなく私を受け入れてくれなかった女性への憎悪と
醜い容姿に生んだ両親への怒りだ。
私の引き起こす悲劇をここに予告する。
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