Part4「相応の相手」
体育館から戻って少し待っていると、奈々とシュミットが教室に入ってくる。
「シュミット先生がこのクラスの担任になります。日本語は流暢だけど滞在歴はまだ半年ほどらしいので、札幌の事とか教えて上げちゃってください」
「ヨハネス・シュミットです。基本的にはシュミット……と、呼んでください」
シュミットは教室全体をぐるりと見渡しながら言う。
「授業もないので今日はこれで終わりね。まだ教室残ってもいいけど、業者の人が校舎全体の点検に来るから早めに帰宅すること!」
奈々の言葉に生徒たちは「はぁい」とゆるく返した。
ホームルームが終わった後、二年生たちの様子は様々だった。
上着を着て帰宅の準備をする人、リュックから勉強道具を出して自習をしようとする人、集まって話し込む人──そしてこれが一番多いのだが──ロッテの周りに集まっている人。
本当はもう一度ぐらいロッテと話したかったのだが、そのチャンスが無さそうだと分かり、少しだけ残念な気持ちになった。
今日のところは帰宅しようと準備を始めると、史家に声を掛けられた。
「なあ正多。部活とかどうするんだ?」
「んー、とくに決めてないよ。帰宅部とかかな」
「おいおい、いいのか。人生に一度しかない高校生活だぜ。もっとこう、青春を楽し持って気概はもってないのか」
「そういう史家は部活に入ってるの?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた」
と明らかに誘導しておいて自信満々に語り出す。
「今年から正式に部活動が始まるんだが、それに乗じて俺も新しい部活を作ったんだ」
「部活って作れるんだ。それってどんな部活?」
「それは──」
「こんにちは、波木君」
史家が何かを語ろうとした矢先、遮るように男子生徒が声を掛けてくる。
彼の顔には見覚えがあった。始業式で話していた生徒会長だ。
「大山界人だ。よろしく」
青年は柔和な笑みを浮かべている。背が高くて、明るい茶髪が似合う爽やか系のイケメンだった。
「録達君もこんにちは。面白い組み合わせだね」
大山は興味深そうに正多と史家の顔を見比べる。
史家は話を遮られたのがよほど不満だったのか、「悪いかよ」とだけ言って、不機嫌そうな表情を浮かべる。
「俺は手を洗ってくる。勝手に仲良くやってな」
おもむろに席を立つと、正多が引き留める間もなく教室から出て行ってしまった。
「あぁ、行っちゃった……。いつもこうなんだ。機嫌よさそうだったし、今日なら大丈夫だと思ったんだけどな」
「こうって?」
「どうにも録達君に嫌われてるみたいで、話しかけようとすると逃げられるんだ。本当は仲良くなりたいんだけどね、毎度上手くいかなくて」
そう語る爽やかな顔には気まずそうな苦笑いが浮かんでいた。
それから少し経っても史家が返ってこなかったので、探しに行くことにした。
大山から聞いた話によれば史家は一人でいることが多く、クラスの中で浮いた存在だという。教室から出る間際には「仲良くしてやってね」とさながら保護者のような言葉を掛けられる始末だった。
廊下に出て少し歩いてみると史家を見つけた。同じ階の中央棟だ。
中央棟は全体が大きなアトリウムになっていて、ガラス張りの天井からは明るい日差しが差し込んでいる。日差しを囲うようにロの字になっている三階の廊下からは、『新一年生入学おめでとう』と飾られている賑やかな一階がよく見えた。
「こんなとこにいたのか」
そう声をかけると、史家は驚いた様子で振り返った。
「なんだ、大山には飽きたのか?」
手すりにもたれかかりながら、皮肉っぽい口調で訊ねてくる。
「帰ってこないから探しに来たんだよ」
「わざわざ?」
「突然いなくなったら、普通探しに行くだろ。大山君と何かあったの?」
「別に。ただ、相性が悪いってだけだ」
それだけ言うと、どこかを目指して歩き出したので背中を追った。
「あいつはクラスの中心で、まとめ役。友達が多くて、文武両道。ザ・スクールカースト上位勢。その周りに居る奴もしかりだ。俺とはぜんぜん違う」
「でも別に、似た者同士だけが友達になるわけじゃないだろ?」
「大山の周りにいる『キラキラグループ』の奴らを見ればすぐにわかるぜ。あいつらは生きてる世界が違うのさ。俺が関わりを持つには『分不相応』な奴らだ」
史家はなんだか達観したような、飄々した口ぶりで言う。
「交友関係ってそういうものかな」
「そういうもんさ。井戸のカエルが海を泳ぐ必要なんてありゃしない」
「じゃあ俺に対して普通にしてるのは、分不相応じゃないって判断したから?」
「ある意味では。実際そうだろ?」
確かに、大山に勝てる要素が全く見当たらないのは事実だ。
でも、そういうことを直球で言われるのはなんだか心外に思う。平凡なお前なんかは特別にはなれっこないと──事実だけど──突きつけられたみたいで。
「これは別に、劣ってるとかはそういう話じゃないぜ。ただ、一目見て分かったのさ」
「なんだよそれ」
「褒めてるってことだ」
そんな正多の不満に気が付いたのか、史家は笑いながらそう付け加えた。
「ところで、部活の話なんだが……」
「そもそも、まだ何の部活か聞いていない」
不満げに言ってみると、史家は足を止めて振り返った。
「いいタイミングで言ってくれたな。やっぱ俺の目に狂いはなかったぜ」
彼は教室の扉を指さす。
そこには一枚の紙が貼られていた。
【W4・第3教室『なんかする部(仮)』】
「どうだ、入部しないか?」
「は?」
「俺の部活さ」
あまりにも突飛な話だったので理解が追い付かず、教室の前で立ち尽くす。
そんな正多などお構いなしに、史家は部活についての説明を始めた。
『なんかする部(仮)』を名乗る部活──その活動内容は人助けやお悩み相談など、「なんか色々自由な活動」という、あってないようなものだった。
なんでも、某部活動漫画からアイデアを得たそうで、「本当にあったら面白そう」という理由で立ち上げ、ノリと勢いで理事長の承認も取り付けたのだという。
こんな部活を実際に作ろうと考えた史家も史家だが、許可する理事長も大概だ。
「部員が俺しかいなくって困ってたんだ」
それが他に誘える相手が居ないことを意味するのはなんとなく理解できた。
この短時間に得た印象や大山から聞いた話からして、録達史家という男が捻くれた変わり者であることは間違いないだろう。しかし、悪い奴でもなさそうだ。
クラスが全員ロッテに夢中になっている中で、話しかけてくれた恩もある。
部活への参加については全くもって乗り気ではなかったが、あっさり断るのも忍びないので今は保留ということにしておいた。