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「大人の視点」

「さて、英語の時間だ。先週の続きから……」


 教室に入った瞬間、シュミットは違和感に気が付いた。

 空席がある。欠席の連絡があるのは帰国することになったというシャルロッテだけ。無断でさぼるような生徒はいない。


 あの席は、ナミキ。あの席は、ロクタチ。あの席は、センザキ。

 その意味に気が付いた。シャルロッテが帰国すると決まった段階から、予想すべきだった。彼らがシャルロッテをむざむざと見送るなんて、あり得ない。


 でも、せめて行動を起こす前に大人に電話の一本ぐらいよこして相談するのが筋ってものだろう……。

 シュミットは自分が子供の行動力というものを甘く見ていたことを後悔した。


「キミたち、ナミキ、ロクタチ、センザキの三人は一限にいたか?」

「来てませんでした」


 そう答えたのは高野彩里。

 シュミットは大きく息を吸い、深いため息をついた。


「今日の英語は自習だ」


 教室の中が一気にざわめく。


「遊んでてもいい。今日だけは特例だ」


 生徒たちの困惑を背にして、シュミットは廊下に出る。

 無意識で早足になっていた。

 まったく、バカなことをするんじゃない。子供が余計なことに首を突っ込むべきじゃない。無関係な人間が、僕たちの争いごとに巻き込まれるべきじゃないんだ。


 デバイスで電話を掛ける。


「伏見か。学校に車を呼んでくれ。それとアイパスに連絡しろ」

《……え? なんで? どうしたんですか?》


 デバイスの向こうからは間の抜けた伏見の声が聞こえてくる。

 いつもは察しがいいのに、今日は違うみたいだ。 


「ナミキたちがシャルロッテを追いかけに行った。タイミング次第では襲撃に巻き込まれる可能性がある」

《なんでそんなことに!?》

「さあな。若気の至りというやつだろうか」

《高校生の行動力を甘く見てました……》

「シャルロッテの帰国だが、予定は変わってないな?」

《特に聞いてないです》

「わかった。アイパスには子供たちを出来るだけ早く保護するように言え」


 ノイマンも、国連警察も、狙われているロッテが簡単に帰国できるなんて思ってない。むしろ、空港に向かうまでの動中は襲撃するなら絶好のタイミングとなる。

 アダム=ユリウスを名乗る襲撃者が、対面でロッテを二度も脅迫しておいて、結局何も手出ししなかったのは、彼女を空港まで移動させるという現在の状況を作り出すためだろう。


 ずっと昔、ミュンヘン共和国軍の士官学校で習ったのを憶えている。

 対要人襲撃戦での鉄則は『本拠地から標的の距離から離す』こと、そして『人気のない場所で孤立させること』だ。


 無論そんなことはノイマンも、アイパスも承知している。

 それでいてロッテをわざとらしく移動させるのは、この移動そのものが自称アダム=ユリウスに対する罠だからだろう。

 完全武装の国連警察とノイマン警備部が手を組んでいるのだから、ロッテ一人の警護ぐらい朝飯前。ついでに襲撃者の確保だって容易いと踏んでいるに違いない。


 襲撃者も、ノイマンも、国連警察も、お互いに勝ち目があると思っている。

 全員が、今日でこの面倒な状況を全て終わらせるつもりでいる。

 でも、これから札幌で起きる戦いのことをあの三人は何も知らない。


 もしも、戦場のど真ん中に飛び出したら?


 このままじゃ危ない。


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