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「もう一つの秘密」

【札幌・中央区──数日前】


「小ススキノでライブ? 未成年のファンはどうするのよ」

「その辺りは調整中だ」

「どうしてそんな無茶しないといけないわけ?」

「ライブハウスのオーナーが入ってくれと、『お願い』してきたらしい。上もさすがに断ろうと思ったらしいが、北市軍から例の件のケジメを付けろと圧かけられたらしい」

「なにがケジメだっての! 北市軍はいつからヤクザになったわけ?」


 後部座席に乗るミソラは怒りを隠せないように強い口調で言った。

 本当のことなら前のシートを蹴飛ばしてやりたかったが流石に我慢する。別に彼が悪いわけでは無い。悪いのは全部、北市軍の奴らだ。


 北市軍(ホクシグン)こと北海道市民軍。


 核戦争前、『北海道戦争』の時に戦力不足に悩んでいた自衛隊が補助部門として結成させた、反ロシア抵抗運動組織(レジスタンス)、自警団、民兵などの連合体。


 北海道の守護者だった彼らが道民の味方だったのは、今となっては昔の話。かつてヤクザやマフィアを『浄化』させた彼らは今や腐敗し、そちらの世界に取り込まれてしまったのだ。

 深淵を覗くとき、深淵もまた……とはよくいったもの。


「なあ、ミソラ。時世が悪い。近頃、北市軍に不穏な動きがあることは知ってるだろ? 今はあいつらを刺激しない方がいい。辞める以外にだって、方法はいくらでも……」


 運転席に深く腰を掛けるマネージャーは心配そうに呟く。

 彼の心配は痛いほどに分かっていたが、決心を変えるつもりは無かった。


「本気だってば。事務所は辞めるし、美咲ライカも引退する。北市軍の奴らに脅されても変わらないから」

「だが、そうなったら誰がお前を北市軍から守るんだ。あいつらは、甘い汁をそう簡単には手放したりしない。もし脅迫が直接的な手段になったら……」

「どのみち、今の事務所に北市軍を抑えられるような力ないでしょ。あのクソマフィア気取りどもの食い物にされるぐらいなら、さっさと抜ける」


 車は進み続けて、かつて大通公園と呼ばれた中央区のメインストリートに入った。

 通りの両端には天まで届きそうな高層ビルが立ち並んでいる。この辺りは人も、車も、とにかく多い。巨大な3Dホロの広告もひっきりなしに流れていた。

 やがて車は『ライラック・タワー』の地下駐車場に入る。


「制服のままでいいの?」

「ああ。服装はそれでいい。打合せだけだからな」

「もしかして相手の趣味だったりしないよね? ジェーケー好きのロリコンとか」

「会うのは結構な偉いさんだ。くれぐれも口に出さないでくれよ」


 二人はエレベーターに乗った。マネージャーはパネルに表示された何十と言う階層の中からオフィスロビーの階を選んでいる。


 ミソラはそれとなくエレベーター内の広告や表示を眺めて、時間をつぶした。


『ライラック・セントラル・タワービル』──札幌、そして北海道で一番高い超高層ビル。


 通称「戦争景気の遺物」「無用の長々物」「道民税の無駄」「無計画そのもの」「壊されただけバベルの方がマシ」などなど。基本的に評価よりも多くの罵倒を受ける建造物だ。

 地上から数階は映画館やショッピング施設などが置かれており、その上の高層階には大企業数社が入居できる大規模なオフィスフロアが置かれている。


 この複合超高層ビルは札幌一等地にそびえ立つ道民の戦後復興の象徴であり、北海道経済の中心になるはず……だった。しかし、国連都市指定の際に起きた『札幌騒乱』や、戦後不況によって、その広大な空間に現在オフィスを構えているのはたった一社だけ。


「ノイマン……ね」


 オフィスロビーに着くと、そこは背広姿の欧州人で溢れかえっていた。

 国連都市となった札幌は、北海道で比較的珍しい欧州人の流入が進んでいる。ミソラの身近にもシャルロッテ・ブラウンや、ヨハネス・シュミットのような例がある通り、中でも欧州連邦に敗戦して併合された南ドイツ出身者が増えていた。


 彼らが札幌に集まる理由はここに居を構える『ノイマン・アジア社』だ。


 母体の『ノイマン重工』はミュンヘンに本社を置く戦時(ウォー)軍産複合体(コングロマリット)で、大戦中に勃興した企業。数年前からは日本にも進出して、日系メーカーとシェア争いを繰り広げている。


 ミソラは先述の二人もノイマンで働く家族が居て、その都合で札幌に引っ越して来たのではないだろうか、となんとなく推測していた。


 受付で手続きを済ませると入館証を渡される。

 セキュリティゲートはやけに厳重で、抜き身のサブマシンガンで武装した警備員には思わずギョッとした。早々に異文化を見せつけられながらも無事にゲートを越えた二人は、案内役の社員と共に社員用のエレベーターに乗り込んだ。


 エレベーターは重力を置いて行ってしまったような乗り心地と速度で進む。気が付くと周囲のビル群よりも高く、カモメのような羽を持った宅配ドローンが飛行する高度を進んでいた。


《50th floor──五十階です──50. Stock》


 内部の案内パネル表示と機械音声がご丁寧に三か国語で教えてくれる。

 ガラスの向こう側には札幌市の全景が広がっていた。

 五十階は大小さまざまな会議室が置かれているエリアで、絨毯の布かれた床の上では足音がかき消されるため階層全体が静寂に包まれている。


「こちらで少々お待ちください」


 案内された会議室のテーブルには水入りのペットボトルが二つだけポツンと置かれていた。


「社長は間もなく到着するので──」

「えっ? 社長?」


 社員に促されイスに腰を掛けた頃、さらりと衝撃的な言葉がミソラの耳へと届く。


「え? ……えーっと」


 ここまで案内してきた少女の驚きに、もしかして案内する相手を間違えたのではないか、と社員は手元のタブレット端末を操作して、


「ミサキ・ライカさん、とそのマネージャーのハヤシさん……ですよね?」

「大丈夫です、合ってます」


 愛想笑いを浮かべたマネージャーが割って入ると、社員は「ならいいですけど」と首を傾げなら会議室を後にした。こういう打ち合わせに出てくるのは一番偉くても広報課長とかだ。


 社長──しかも、支社とはいえ世界的な大企業──が出てくることなんてあり得ない。


 この話、何かおかしい気がする。まあ、なんであれ仕事の時間だと、ミソラは待ち時間を使って仕事相手の情報を調べるためにデバイスを起動した。


 ノイマン重工については『NMアライアンスの中核企業で、ミュンヘンに本社を置き、電動車(エレカ)強化外骨格(エクソスケルトン)の分野で世界的なシェアを持つ大手産業メーカー』といった具合に一般人並みの知識はあったので、調べるのは社長についてだった。


 目的の人物の名前は『ノエル・ラサール』という男性のようだ。

 フランス系ドイツ人でノイマンが小さな自動車整備工場だった頃から、創業者であり現会長でもあるミヒャエル・ノイマン氏の右腕として会社を支えた重鎮中の重鎮……相手はどうやらかなりの実力者らしい。


 しかし、なぜ重鎮が本社ではなくアジア部門に居るのだろう。もしかすると、これまで以上にアジア市場を拡大する計画があるのかもしれない。

 となると、この仕事も──ミソラが色々と思考を巡らせている中、会議室の扉が重たい音を立てて開いた。


 そこに立っていたのはこの部屋に来るはずの、ノエル・ラサールではなかった。


 ぽつりと立つ一人の少女。

 ミソラと同じ制服に身を包んだブロンド髪の可愛らしい少女。


「こんにちは。ミソラちゃん……いや、ライカさん!」


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