Part22「一件落着?」
やがて、「美咲ライカ 様」とプレートのついた部屋の前まで着いてしまった。
ここまで来て、展開を読めないほど高校生という生き物は馬鹿ではない。しかし、それは余りにも非現実的すぎる展開で、とてもじゃないが理解が追い付いていなかった。
マネージャーはどうぞ開けてください、と言った感じにドアの方へ手を出していた。
意を決すると、史家がゆっくりと楽屋のドアを開ける。
そこにいたのは、今まさにその赤茶色の長いウイッグを外している美咲ライカであり、そのウイッグを外した姿は──やはり、千崎ミソラだった。
「ろ、ロッテ? これは一体どういうこと……?」
「えっと、えっと……」
ロッテはとりあえず何か言葉を出そうとするが言葉が見つからずに、おどおどしている。
「シャルロッテさんを連れてきたんだけど、同級生が一緒について来たいと言って。さすがに引き離すのは無理があると思って同行を許可したんだ」
見かねたマネージャーが三人の後ろから語り掛けた。
「あー、転校生と録達史家……か。うん、話はロッテから聞いてる。なんかヘンテコな部活をやってるっていう二人組でしょ? もしかして私のファンだったりするの?」
史家は今までのことを一から十まで説明した。
「はぁ、もう回想はこりごり」
「つまり、私が心配でここまで探しに来たってこと? あの『噂』を真に受けて?」
「あぁ、そういうことだ。噂の真偽について、ひとだすけ部で依頼を受けててな」
「そっか、それは、その……なんかごめん。あの『噂』学校で正体を隠すのにちょうど良かったから放置していたの」
「とりあえず、千崎さんに何事もなくてよかったけど、まさか結末が『実はアイドルでした』なんて、流石に予想できなかったよ」
「人は見かけによらないってよく言うでしょ」
「根暗な同級生が実はアイドルでしたー、なんてありきたりすぎて、いまどき漫画でもない展開だぞ? いや、一周回って逆に新しいまであるな」
「根暗で悪かったわね」
史家の軽口にミソラは強い口調で答える。
「その……二人には隠すつもりだったんだけど……」
ロッテはすべてを知っていた。「急用が入っていなくなった」というのはミソラを探して現れた二人に、正体を知られないようとっさについた嘘だったのだ。
「ごめんなさい。わたしのせいで二人とも心配したよね……」
「千崎さんは正体を隠してたわけだし、それを隠そうとするのは悪いことじゃないよ。確かに心配はしたけど、結果としては無事なわけだし」
「だな。しっかし、正体がバレたのに随分と落ち着いてるんだな。俺らに正体を隠さなくてもよかったのか?」
「話を聞く限り、悪い奴じゃなさそうだし。それにもういいのよ。アイドル辞めるし」
「「……え⁉」」と二人は声を合わせる。
ロッテがそれに驚いていない辺り、これについても知っているようだった。
ミソラは「こっちは他言無用だからね」と前置きする。
「事務所少し揉めててね、『美咲ライカ』ってアイドルは──」
会話の途中で楽屋の扉がトントンと軽く叩かれる。
びくっと反応したミソラは慌ててウィッグを付けようとしたが、そんな暇もなく扉が開いた。
「いや~ライカさん! 今日はお疲れ様です! いやその、こういう機会も滅多にない物でして、実は私ファンなのでぜひサインが欲しい──」
扉の向こうから現れたのは伏見だった。
「って、正多くんと史家くん? 何でここに? 探してたんですよ!」
アルバイトのことをすっかり忘れていた二人は慌てて長椅子から立ち上がった。
「ご、ごめんなさい……その、色々あって忘れてました……」
正多が申し訳なさそうに言うと、伏見は中途半端にウィッグを付けた状態で気まずそうにしていたミソラの顔を見て、
「あ、その顔! あなた千崎ミソラちゃんでは!」
「え、ちょ、ちょっと、なんでこの人、私の顔と名前知ってるの?」
「みっちゃん、この人はシカ君の回想に出てきた伏見さんっていう探偵さんで──」
「ってロッテちゃん⁉ どうしてここに⁉」
何度も驚く伏見に、サボっていたことを忘れわせるチャンスだと思った史家は、言いくるめるべく怒涛の勢いで事情を説明した。
「ぜぇ……ぜぇ……。と、とにかくそういう事があったんです……!」
「な、なるほど。それは、それなら、仕方ないですね?」
一通り事情を聴いた伏見は渋々と言った感じだが納得するように腕を組みながら頷いた。
「て、すっかり話が脱線しましたけど、会場から観客が全員出ましたよ」
急に冷静になった伏見は手をポンと叩き、思い出したように業務連絡をする。
ミソラとは違い伏見が警備員である事を知っているマネージャーがそれに答えた。
「わかりました。ライカだけは他の子たちよりも一足早く会場から出ますので、周辺の警備は引き続きお願いします」
「了解です。あー、それと、良い子はもうお家に帰る時間ですよ」
その言葉を聞いた正多はデバイスで時間を確認してみる。すると、とっくに日が落ちている時間だった。ライブハウスには窓が無かったので、時間の感覚が曖昧になっていたのだ。
「あ、もうこんな時間なんだ」
ロッテが少し驚くように言う。
「ロッテちゃん、何か用事あったのか?」
「そうじゃなくて、セータ君とシカ君、早く帰らないと警察に補導されちゃうんじゃないかなって。この辺りって、その……いろいろと厳しいんでしょ?」
「そういうロッテは大丈夫なの? 誰か迎えが来るとか?」
「わたしは成人だから、声は掛けられても補導まではされないんじゃないかな」
そうなの、と正多が訊ねる。
ロッテは自分が国籍を置いている欧州連邦では成人年齢が十六歳である事、国連都市における成人年齢は基本的に国籍基準である事を説明した。
「ロッテが成人なら三人で帰ればいいのか」
「流石に心配なので、ここは私が駅のバス停まで送りますよ。伏見さんみたいな立派な保護者が居れば、このエリアを職質無しに通り抜けられるでしょう!」
「そうかな」「そうかぁ?」
正多と史家は顔を見合わせる。
「えっ、もしかして男子高校生を連れている成人女性って、傍から見ると不審者?」
「……」
「誰か否定してくださいよぉ!」
「てか伏見さんが車で家まで送ってくれたりしないんですか?」
「もう史家くんったら。わたし居候ですよ? 車も、なんなら免許も持ってません!」
「堂々ということですか」
そうして三人は伏見と一緒に琴似駅まで行くことになった。
「あ、そうだ、忘れるところでした。はいこれ、今日のバイト代です」
テンションの切り替えが恐ろしく早い伏見は冷静に言うと、内ポケットからヒラリと現ナマの二万新円札を出して二人にそれぞれ手渡す。
「二万円⁉」
「給料って現金手渡しなんですね」
史家は体感で三時間ほどの仕事──しかも突っ立ってただけ──で大隈重信の描かれた二万新円札、つまり日本銀行券の最高額面を貰えたことに驚き、正多は給料の支払いが電子兌換通貨ではないことに、それぞれ驚いていた。
「いやぁ、電子通貨の方は持ち合わせが無くって」
伏見は頭の後ろを掻くようなしぐさをしながら苦笑いを浮かべた。
「ささ、もう仕事は無いので帰りましょ。それにほら、二人とも制服を更衣室に置きっぱなしですし」
制服に着替え、伏見と共にライブ会場を後にする。会場の正面では大量のファンが出待ちをしていた。それに合わせて国連警察も警戒を強めているようで、警官の増員に加えて赤い警告灯を光らせる警邏ドローンが通りの上にフワフワ浮いている。
《……こちらはIPASです。間もなく、このエリアは制限区域になります。混雑が予想されますので、速やかな移動をお願いします。繰り返します……》
ドローンのスピーカーからは絶え間なく、移動を促す音声が流れていた。
「まだあんなに人がいるんだぁ。みっちゃん大丈夫かな……」
群衆をかき分けながら、ロッテが不安げに言う。
「大丈夫ですよ、馬鹿正直に表から出たりしませんから。ちゃーんと、関係者用の裏口があるので、そっちから出ると思います」
伏見は「ちょうどあの路地に」と数軒先にある薄暗い細路地を指さした。
「あ! あの路地って!」
史家が声を上げる。その路地にはかなり見覚えがあった。
「きっとすぐに出てきますよ」
路地の前で待ってみると古びたドアが音を立てて開き、ミソラとマネージャーが出てくる。ロッテが手を振ると、暗がりの中でミソラは小さく手を振り返していた。




