Part21「ライブハウスにて」
二人は伏見と共にライブハウスに入り「関係者以外立ち入り禁止」と大きく書かれた扉をくぐった。従業員用の通路では『STAFF』ジャンパーを着た人々が慌ただしく動き回っている上に、物が置かれていることもあって動きにくい。
背の高い伏見に先導されながら、何とかロッカールームまでたどり着いた。
「はい、じゃあこれ着てください」
黒いジャケットを投げ渡される。通路にいたスタッフが着ていたジャンパーとは異なって、一般的なビジネススーツに似た形で、史家にはぴったりだったが小柄な正多にはサイズが大きくてなんとも不格好な感じだった。
「じゃ、次はこれをどうぞ」
続けて、手書きの文字で書かれた簡易的な名札と、イヤホンの付いた無線機を渡された。腰のあたりに無線機を装着していると、厳つい見た目の白人男性が部屋に入ってくる。黒スーツという恰好からして警備員であろう男は伏見に小声で耳打ちすると去っていった。
「これで準備は完了です。持ち場に案内しますね」
警備の仕事と聞いて仕事内容が不安だったが、実際に聞いてみると緩いと言うか立っているだけで、持ち場に到着しても二人にはこれといった説明はなかった。
「あの、伏見さん」
史家が声をかけるが、彼女は「後はがんばってね~」とだけ軽く言って去って行った。
「何か用事あったのか?」
「あぁ。名札が裏返ってるの伝えたかったのに」
ずっとずっと気になっていたのだが、伏見が下げている名札が裏返っているのだ。史家はそれを見たときからずっと指摘しようと思っていたのにタイミングを逃してしまって少しモヤモヤしていた。
「ちらっと見えたんだけど、伏見さんセキュリティ・マネージャーだってさ」
史家は自分の名札を見ながら文句ありげに言った。
伏見の名札には、立派なフォントで名前と役職が書かれている一方で、史家はマジックペンで雑に書かれた『ロクタチ/Rokutachi』の文字。その字は伏見の手書きだった。
会場に入って、まず驚いたのはその広さだった。てっきりアングラ的な小さい会場を想像していたが、実際に入ってみると建物の床が丸ごと立席になっているのではないかと思うほどの解放感。そして、そこには観客がぎっちりと詰まっている。
「ライブ会場って初めて来たけど、こんなに広いんだな」
「これなら猫の手も借りたいっていう意味が分かる。っていうか、ほんとに猫が必要かも」
「二人程度じゃ増援足りないだろ、これ。チョコちゃんを呼んでくるべきだったな」
「忘れそうになってたけど、俺たちの目的はアルバイトじゃなくて、会場内で千崎さんを探す事だからな。史家、ちゃんと探すんだぞ」
「と、言われましても、この数じゃな……」
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた観客を眺めていると、史家は違和感を覚えてくる。
他のアイドルのことは良く知らないが、『美咲ライカ』は芸能人に詳しくない史家も、名前ぐらいは知っているほどに人気のある高校生アイドルだ。
ローカルとはいえテレビやイベントで引っ張りだこで、故にこれだけのファンが押し寄せている訳だが、どうして小ススキノでのライブに出演するのだろう。
確かにこの会場はしっかりとした設備があるが、周りの店の臨時休業や警備員とスタッフの不足、警察の動員など、どれもここ以外なら解決していた事ばかりじゃないか。
未成年のファンが多いのに、この場所ではいろいろとリスクが高すぎる気がする。
《あーあー、テストテスト。こちらは警備主任の伏見。臨時警衛本部より通信状態の確認……第一班から順に回信……》
そんなことを考えていると、無線機から伏見の声が聞こえてきた。
この後、順々に無線に答えていくのだと手順は簡単に教えられていた。どうやら警備員は多国籍らしく、伏見は日本語の後に英語とスペイン語で同じ言葉を続けている。
《第十班、波木、録達》
「波木です。聞こえてます」
「録達、聞こえてます」
ぎこちなかったが、あらかじめ決められていた順番に沿って二人も返事した。
《さて、あと少しで開演です。主役が登場すると確実に何かしら起きる可能性があるので、観客をしっかりと見張っていてください》
会場の明かりが薄っすらと消えていき、ステージを照らす紫や黄色のスポットライトの明かりが最後に残った。開演が近い事が分かると観客たちのざわめきは熱へと変わり、それまで落ち着いたテイストだったBGMがポップ調に変わる。
さながら熱に注がれた油のように熱狂が渦を巻き、舞台上には十代後半ぐらいの少女が歌いながら数人登場する。曲がサビに入ろうかというとき、イメージカラーである赤と黒の衣装に身を包んだ美咲ライカが、赤く長い髪を靡かせながらステージに登場した。
現れた『主演』に対して、会場を揺らすぐらいの歓声が響き渡った。
《揉め事が……えっーと、……dispute near the venue gate……》
開演からしばらく経つと熱に浮かれてか、揉め事がちらほらと出始めて伏見がその対応に追われる様子が無線機に流れてくる。
一方で、正多と史家が立っているステージの付近は開場前から並んでいた熱狂的なファンが多い事や、そもそもアイドルのすぐ近くと言うこともあってか治安はとても良好だった。
開演から時間が経ち、ライブは終わりを迎えた。歓声の中でアイドルたちは観客に手を振りながら、舞台袖へと消えて行く。
《ライブは終わりましたけど気を緩めずに警戒を続けてください。人が動くときこそ、厄介事が起きると相場は決まってますから》
気を緩めず、と言っても熱狂が緩む会場の空気感の中で二人の力も抜けてしまう。
《付近に居る……》
二人の間に突然入った伏見の全体通信は、プツンとそこで途切れてしまった。
「あれ、無線機が壊れた?」
「いや、俺も途中で切れた。あっち側の問題かな」
二人は腰に下げていた無線機を確認するが特段故障などはしていない。
《正多くん、史家くん、聞こえてますか?》
無線機をいじっていた二人は突然名指しされて、驚きつつ返事する。
《特別席の方で問題が起きたようなんですが、そこで警備していた人が不在なんです。代わりに二人で対処してきてくれませんか?》
「ステージ周辺は俺と史家だけですけど大丈夫なんですか?」
《そっちには私が行きます》
この会場の間取りすらロクに知らなかった二人は壁に掛かっている地図を確認して、特別席と言う場所に向かって歩き出した。
「特別席なんてあるんだ」
「VIP用の席なのかな」
「特別って言うぐらいなんだからそうだろ……あ、ここみたいだ」
しばらく通路を歩いて、従業員用の扉を開ける。そこは立席よりも少し高い場所にある、椅子とテーブルの用意されたスペースだった。豪華な席と言うよりは座席が存在しているので、立席より幾分か特別といった程度だ。
「で、問題っていうのは……なんだろう?」
正多は辺りを見渡すが、観客は帰り支度をしたり、席に座って別の観客と交流にふけっていたりと落ち着いた雰囲気で、問題が起きている様には見えない。
「あー、あー、伏見さん? 録達です。問題が見当たらないんですが」
そもそも詳細を教えてもらっていなかったな、と連絡を取ろうとしたが返事がってこない。それどころか、それまで聞こえてきた外国語まで聞こえなくなっていた。
「伏見さん、どうしたんだろう」
「問題もないし、返事もないし。一体何なんだろうな」
状況がよく分からずにお互い顔を見合わせる。
「セータ君? シカ君?」
問題とやらを探しながら特別席を歩いていると、馴染みのある声が聞こえきた。
「あっ、ロッテちゃん」
「ロッテ? なんでここに」
声の方を見ると、ブロンド髪が特徴的な少女が座席に座っていた。
席から立ち上がったロッテはスタスタとやって来て、正多の黒ジャケットを興味深そうに触りながら首をかしげる。
「二人もライブを聞きに来たの……て、その格好どうしたの?」
事情を説明すると、ロッテは驚いたような顔をする。
「ロッテって、アイドルも好きなの?」
正多の質問にロッテは首を横に振った。
「わたしはみっちゃんに誘われて来たの」
「みっちゃん?」と史家が首をかしげる。
「ええと、二人が探してる千崎ミソラちゃん。みっちゃん」
「ってことは、やっぱりこの会場に居たのか!」
「話が繋がったな。千崎さんはこの会場にいたんだ」
その話で予想が当たったことを確信した二人はホッと息をつく。ススキノのどこかでなく会場内に居るのであれば一安心だ。しかし、当のミソラの姿は辺りには見当たらない。
「それでロッテ、千崎さんはどこにいるの?」
「みっちゃん、えーっと、今は急用が入ってどこかにいってる……かな」
ロッテは気まずそうな表情を浮かべて、もじもじと指先をいじる。
「「どこか?」」
「いやそのっ、わたしも詳しくはしらないけど……」
「それっていつ?」
「えっ! あ、ライブが始まる少し前だよ」
放課後、ロッテとミソラは合流してここに来たそうだった。つまり、史家がミソラを見かけた時点でロッテは会場に入っていて、それ以降は消息不明。
「これ何も解決してないのでは⁉」
「そ、そうだよな。結局この会場に居ないってことだろ? じゃあ一体どこに……」
「シャルロッテ・ブラウンさん」
不意に特別席に席に入ってきた男性がロッテに声をかけてくる。
史家はその男の顔を見た瞬間、口を開けて唖然にも近い顔で驚いた。
「うぇっ⁉ こ、この人、ミソラと一緒に居た男だ」
「は? ロッテ、知り合い?」
「うぇと……」
正多と史家は慌ててロッテを守るような形で、男の前に立ち塞がった。
「えっと、君たちは?」
「警備の……」と史家は名札を見せようと前に持っていくが、手書きの名札では大した意味がないような気がしたので、「この子の同級生です」
「そういうあなたは?」
正多が警戒した面持ちで訊ねる。
「私は……その……」
気まずそうにちらりと席を見て、ついてきてくれと従業員用の通路を指さした。
「とにかく、これを見てくれ」
通路に入ると、男はデバイスに名刺を表示させていた。名刺には顔写真とデジタルコードで暗号化された文字、そしてダウンロード用のQRコードが載っている。
史家はウィルスでも入ってるんじゃないかと訝しみながらも、確認するために顔写真の隣にあるQRコードを読み取って確認してみる。ダウンロードすると、コード化された文字が読めるようになった。名刺によれば、肩書きは美咲ライカの専属マネージャー。
「なっ、えっ」
デバイスの画面にくぎ付けになった史家は声にならない声を出す。
「これで信用してくれるかい。三人で構わないから、ついてきてくれないか」




