Part15「戦後四年目」
第三次世界大戦はグリニッジ標準時2020年8月7日の熱核戦争から始まった。
最初の一発は、中華人民共和国の広州市に対して行われた核攻撃だとされている。そこから炎は連鎖的に燃え広がり、世界を焼き尽くした。
ニューヨーク、東京、ベルリン、パリ、モスクワ……今となってはどれも歴史用語に過ぎない。
そうして始まった長い、長い、戦争の時代。
イデオロギーも、陣営も、国境も無く、誰が始めたのかも、誰が続けたのかも今となっては分からない。ただ生きるために殺し合った、平和と戦争の区別が消えた真の大戦。核戦争は約一年で人類の半分以上を死に至らしめた。
残された人々は、秩序を取り戻し、街を再建し、国を作り、着実に復興へと歩みを進めていった。
そこから数十年にわたる戦争と再編があり、2044年に太平洋条約機構軍が無政府状態の北米大陸を占領したことで、混乱にもようやく終わりが見え始めた。
国家や人々は平和な時代を期待し、それを維持するためのシステムとして『国際国家連合』という組織を作った。それは日本帝国と南米連邦の主導する新しい形の国連であり、政府・議会・領土・軍隊・警察を持ち、加盟国に対して徴税権と警察権を有する事実上の世界政府であった。
2048年、世界最後の戦場と言われた南ドイツでの戦争に国連軍が介入。戦闘を収束させたことで、人類はようやくほぼ完全な平和を手に入れるに至った。
同年の8月には国連議会において、全人類の名において世界大戦の終結が宣言。二十八年に及ぶ血まみれの時代は終わりを告げたのである。
──帝国教育出版公社『現代史概論』より抜粋。
世界は平和になった。世界の国々には次の大戦を起こせるだけの余力は残っていないし、紛争を起こそうものなら、国連軍に介入されるのがオチである。
しかし、この平和は不安定なバランスで成り立っており、完璧な平和ではないし、全てが上手くいっている訳でもない。
人々は再び血の時代が来るのではないかと、心のどこかで不安を抱えている。
しかし、朝が来れば考える暇もなくなって、焦るように食事を取ると学校や職場に向かう。そうして、いつも日常が始まっては終わる繰り返しの日々。
戦場に心を残してきた者たちと、戦場を知らない者たちが同じ世界で生きる時代。戦後の歪みが、今まさに噴出しようとしている時代。
異常で、不穏で、けれど、かけがえのない日常がある時代。
それが現代。西暦2052年──世界が平和を手に入れてから四年目の年のこと。
ある歴史学者は現代のことを「狭間の時代」と呼ぶ。
【国連管理都市・札幌──4月半ば】
「……と、いう訳で、南ドイツの都市ラティスボナにおいて『傭兵組合』を名乗る組織が武装蜂起を起こしました。これが世界大戦最末期の2048年の4月。欧州連邦とミュンヘン共和国による停戦合意から数週間後のことです」
四限の授業は『現代史』だった。
電子黒板には、現代史の講師がリアルタイム映像で表示されており、淡々と時系列や出来事を読み上げている。
こういう形態、通信派遣教師は数年前から日本で普及しており、今ではどこの学校でも当たり前になりつつあった。特に桜鳥高校は常任教師が四人しかいないので、ほとんどの授業がこの形態だ。
「傭兵組合の指導者『アダム=ユリウス』は南ドイツにおける伝説的な傭兵であり、その名は欧州全土で知られていました」
現代史の教師が呟くと、ノートにその名を書き込む。
『アダム=ユリウス』──世界と戦った伝説の傭兵。国連軍と戦った傭兵たちの指導者。平和への抵抗者。世界大戦最後の英雄……。まるで小説の主人公のようだけど、実在した歴史上の人物。
第三次世界大戦について学ぶ『現代史』というのは学ぶことが多い上にとにかく複雑で、正多は苦手意識を持っているのだが、流石にその名と、大戦最後の戦い『ラティスボナの戦い』ぐらいは知っていた。
生徒全員が真剣にノートを取る中で、一人だけノートを取らずに画面を見つめている少女がいた。
それに気が付いたのは、ロッテのブロンドが背中側からやけに目立つからなのか、それとも無意識に見つめていたからなのかは、はっきりとしない。
「欧州連邦の要請を受け、鎮圧に向かったカルロス・アヴリル司令官率いる国連軍と、アダム=ユリウス率いる傭兵は、4月の末に衝突することになりました」
そういえばロッテは南ドイツ、ミュンヘンの出身じゃないか、と思い出した。
やっぱり自分の国が関わった戦争だしノートに書くまでもないのだろうか……。
そんな風にロッテのことばかり考えていると、不意にチャイムが鳴る。
視線を電子黒板に向けるとは既に教師の姿はなく、デジタル表示の年表だけが残されている。
どうやら話半分に聞いている内に授業は終わってしまったようだ。
「zzz」
すー、という寝息でもう一人、ノートを取っていない奴がいることを想い出した。右腕を大層に包帯でグルグル巻きにした状態で登校してきた奴だ。
正多は四限をずっと寝て過ごしていた史家を小突いて起こす。
「授業終わったぞ」
「わっ、そうか」
ばっと飛び起きた史家を見ると、いつの間にか右腕の包帯が無くなっていた。
「あれ、腕の包帯はどうしたんだ。治るにしちゃ早くないか?」
「それはほら、怪我はギャグ時空の話だから」
「んな都合のいい時空があってたまるか」
正多がツッコミを入れると、史家は解かれた包帯を見せる。
「実のところただの突き指でさ、大げさな包帯は心配性な人に治療されたからああなっただけ。四限前に奈々先生に見せたら必要ないって言われて解いたんだ」
「なんだ、てっきり骨折でもしたのかと思ってた。でもどうして怪我したんだ?」
「なんでって、そりゃ、そのぉ……いや、なんでもいいだろ!」
史家は口をもごもごさせて、結局答えなかった。
まさか自転車二人乗りして、調子に乗った自分だけバランスを崩して荷台から落っこちた……なんて恥ずかしくて口が裂けても言えなかったのだ。
……
「うわああ、史家くん死なないで! シュミットさんにおこられるうぅ!」
「それどっちの心配をしてるんですか……」
……
「ごほん。んなことよりも飯だ、飯」
これ以上余計な詮索をされないために、史家は机の上を片付けて意気揚々と昼食の準備を始めた。
桜鳥高校には学食が無いので、大半の生徒が教室内で食事をとっている。
正多と史家も例外ではなく、席に座ったまま鞄の中から昼食を取り出した。
焼きそばパンが何だかんだいって一番うまい──そんな持論を持つ正多がコンビニの袋を取り出す一方で、史家が出したのはお弁当箱だった。
ちらりと視線を向けると、中身は色とりどりのおかずとご飯で整えられている。
これまで見た史家の昼食といえば同じようなコンビニ飯だったし、彼も一人暮らしの身だったので、手製のお弁当なんて一体どういう訳だ、と目を丸くする。
「まさか作ってくれる相手がいるのか?」
ふとアニメのワンシーンを思い出す。ヒロインにお弁当を作ってもらう回だ。
まさか……と驚いていると、史家は渋い顔で形の綺麗な卵焼きをもぐつきながら答えた。
「バカ言っちゃいけねぇ、お手製だよ。今日は早起きしすぎてな。そうだ、正多もそれだけじゃ寂しいだろ。ほれ、やるよ」
そういって、史家は弁当箱の蓋に餃子を乗せると正多の方に差し出す。
卵焼きと餃子とか一体どういう組み合わせなんだ、と思いながらも確かに焼きそばパンだけでは寂しかったので、ありがたく受け取った。
「酢もラー油も持ってきてないから、タレは『めんみ』だけだぜ」
「めんみ?」
「北海道ご当地めんつゆさ」
「は? え? おま、餃子にめんつゆかけて食ってるの?」
「結構うまいんだぜ?」
史家は肩をすくめる。
ガタン!
そんな二人の会話を遮るように、教室内に椅子の転がる音が響いた。
騒がしかった昼時の教室がそれで一斉に静まる。
何事かと思って教室を見渡してみると、生徒たちの視線が皆一様にある一点に向かっていることに気が付く。
そこにいたのはロッテだった。一緒に昼食を取っていた彩里を始めとしたグループ一行も、驚いた顔でロッテのことを見つめている。
「ご、ごめんなさい……」
それだけ言うと、ロッテは廊下に駆け出していく。
「何があったんだ?」
「さあ……」
「俺ちょっと見てくる」
「あっ、おい!」
正多はロッテのことが心配になって廊下に出た。




