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「密航者」

 人生とは不思議なものだと思う。


 どんぶらこ、どんぶらこ。色々あって気が付けば故郷からはるかに東の海で、船室に満載された違法な武器弾薬と一緒に揺られている。


 あんまりにも暇すぎて、なんでこんなことになったのか──なんて、虚空に向かって説明したい気分になる。が、そんなことをしても無意味なので口をつぐむ。


 与えられた個室は足を延ばすこともできないぐらいに窮屈だった。

 北海道に到着するまでは特段やるべきこともなく、日本語の勉強用に使っていた辞書や絵本を眺めたり、ベッドに寝そべって天井の染みを数えたり。

 そんなことをしながら永久にも思える時間をつぶしていると、がっがっがっ、と甲板の足音が急に騒がしくなるのを感じた。


 ぎいっと、錆び付いたハッチが開いて、男が下りてくる。彼はゴトーだか、カトーだか、そんな感じの名前をした日本人で、船員の中で唯一英語ができたため通訳のような仕事を任されていた。


「まずいことになった」と男はロシア訛りの英語で告げる。

「何があったんですか」

「日本の沿岸警備隊に補足された。どこからか情報が漏れたみたいだ」

「僕のことが?」

「いいや、それはない。アンタのことは極秘中の極秘だ。たぶん普段使ってる密輸ルートの方がバレたんだろう」

「だったら、そっちのミスってことですか」

「そうなるな。すまない」


 日本人は聞いていた通り律儀な人らしい。別にこの人が悪いわけでは無いのに頭を下げるのだ。


「謝らないでください。それより、これからどうするんですか」

「何としてもアンタを留萌には着かせるさ。シベリア人民解放軍の奴らとそういう契約をしちまったからな。今は丘の奴らと連絡を取ってるところだ」


 丘というのは、船乗りが陸地を指す時に使うスラングらしい。


「どうやら上は本気らしくてな、留萌沿岸に古いロシア製の地対艦ミサイルを用意してくれるそうだ。30年前に俺たちの親世代が鹵獲した骨董品だが、巡視船ぐらいなら十分だろう」

「対艦ミサイル……あなたたちはそんなものまで持ってるんですね」

「俺たち『北市軍(ホクシグン)』は軍隊だからな」

「そうですか。僕の出番は無しですか?」


 そう言って、弾薬箱の隣にあるスーツケースを指さす。


「アレを使ってくれるのか」

「使おうと思えば。船に使った試しはないですけど」

「分かった。船長に話を通しておくから、準備してくれ」


 ***


《こちらは……日本沿岸警備軍である……貴船に対して臨検を行う。直ちに停船し臨検に備えよ……。繰り返す……直ちに停船し臨検に備えよ……》


 スピーカー越しに、大音量での警告が響く。

 深夜の日本海──真っ暗な海上に伸びるサーチライト明かりは、黒い荒波をかき分けて進む漁船ほどの船を照らし出していた。船は一見すると漁船のように見えるが、艦首に書かれた登録番号は偽装。不審船だった。


「止まりませんね。例の密輸船でアタリでしょうか」


 足をカタカタと鳴らす副長が苛立たしげに言う。


「だろうな。後続の『そうや』はどうなっている」

「追いつくにはまだかかりそうです」

「……留萌まで二十キロもない、今は我々だけで何とかするしかないな。無線手、留萌市警察に密輸品を乗せた不審船がそちらに向かっていると通報しろ」

「あいつらが捕まえますかね」

「北市軍絡みの案件だと無理だろうな。奴らは北海道自治政府とズブズブの仲だ。ここで拿捕するしかないだろう」


 艦長は席から立ち上がると、手元の無線を取った。その行動の意味を理解して、艦橋要員たちの間に緊張が走る。

 間もなく、千トン級哨戒艦『ちしま』の艦内に声が流れた。


「艦長より達する。本艦は警告射撃を実施する。不審船からの反撃に備えよ」

「……やりますか」

「むざむざと見逃すわけにはいかんだろう。副長、警告射撃の用意を」


 日本語、英語、ロシア語、韓国語、中国語による数十回という停船命令の後、艦首に据えられた二十ミリ機関砲がゆっくりと動き出す。


「準備完了しました」

「警告射撃、一回。不審船上方、曳光弾。撃て」


 声と共に轟音が響く。

 銃身が火を噴いて、夜闇を赤色の曳光弾が伸びている。

 曳光弾の赤い線は漁船の上を通り過ぎていった。


「不審船が速度を落としました!」


 観測要員の報告に身を乗り出す。


「止まったか。よし、臨検用意! 見張員、不審な動きを見逃すな」


『ちしま』は速度を落としつつ不審船との距離を詰める。不審船はエンジンを切ったようで、少し先の海上で停船し荒波に揺らされていた。


「人が……人が見えます」


 左舷ウィングの見張員から報告が入る。

 艦長と副長は双眼鏡を使ってサーチライトによって照らされた船体を覗く。不審船のハッチからはレインコートのような服を着た人影が出てくるのが見えた。武器で抵抗してくるのかと『ちしま』の甲板に集まっていた臨検要員に緊張が走る。


「あれは……子供か?」


 強風にフードがバタバタと揺らされて捲れがある。そこに現れたのは栗毛の髪を三つ編みにした欧州系の青年。その顔立ちは十代後半ぐらいだった。


「外国人の子供? 一体どういうことだ。北市軍じゃないのか」

「カメラだ! 顔をデータベースと照合しろ!」


 副長の声で解析員が動き出す。

 青年は大きく手を伸ばすと、その指先を『ちしま』の方に向けていた。その姿を視認しても行動の意味が理解できず、全員がただ呆然とする。


「出ました! 欧州連邦司法省より、重要国際指名手配。『欧州解放戦線(ELF)』の指導者と推定される人物、通称『アルヴ』です!」

「なんだと⁉ 海域本部……それと国連警察にも至急通信。支援要請を出せ!」

「か、艦長! たった今、通信が全て遮断されました! 指向性の電子妨害(ジャミング)攻撃を受けている模様! 無線、衛星、どれも不通です!」

「対水上レーダーにも強力な妨害がかかっています!」

「あの船が……?」


 直後、艦内の警報が一斉に鳴り響いた。この音は誘導弾警報だ。


「火器管制レーダーからの照準を確認! 本艦が狙われています!」

「あのボロ船のどこにそんなものが!」

「これは……不審船ではありません、おそらく二時方向、北海道沿岸からです」

「右舷ウィングより報告! 沿岸部で炎のようなものを確認!」

「目視で確認しました! 飛翔体が二発、高速でこちらに突っ込んできます!」

「クソ! 北市軍の奴らここまでやるのか! 総員衝撃に備えろ!」


 艦内には警報と共に声が響き渡る──直後、轟音が船を揺らした。

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