Part12「ネコは流体」
「じゃあ今日もその探偵さんとネコちゃんを探すんだ」
「うん、見つかるといいんだけど……ふあぁ」
ロッテと共にバスに揺られていると、大きなあくびが漏れて口元を手で覆う。
昨日は随分と晩くまで猫を探していたので少し寝不足気味だった。
ウトウトしながら目を擦っていると、ブレザーの袖をくいっと引っ張られる。
「ねね、セータ君。猫探しなんだけど、わたしもついて行っていいかな」
「……部活の体験はいいの?」
「二人のお手伝いしたいし、それに次はセータ君たちの部活も見てみたいなって」
「きっと史家も喜ぶよ」
そう言いつつ、一番喜んでいるのは正多自身だった。
「ふふん、わたしがネコちゃんを見つけてあげるね!」
放課後もロッテと会える。それだけで正多は少し元気になった。いっそこのまま、部活に入ってくれればいいんだけどな、と心の中で期待してしまう。
「じゃ、また放課後!」
教室に付くと、ロッテはブロンドの髪を靡かせて自分の席に向かった。
猫探し三日目。史家は何やら遅くなるという正多のことを待っていた。
昨日の夜に安否を確認できたとは言え、迷子猫のチョコちゃんが失踪してからはもうかなりの時間が経過している。
一刻も早く見つけ出さなければ、と史家は覚悟を新たにする。
「あ! 昨日のふしんしゃだ!」
「誰が不審者ですか! お姉さんは探偵ですよ! 名探偵なんですよ!」
「フシンシャ! フシンシャ!」
「探偵! 探偵です!」
史家は缶コーヒーをすすりながら、伏見と子供がわちゃわちゃしている様子を眺める。手元には猫缶の入った袋。今日は早めに罠を設置しておこうという計画だ。
ぼーっと景色を眺めていると、公園に入って来るブレザー姿の男女が見えた。その姿を見るなり、思わず「よくやったぞ!」と叫んで駆け寄った。
正多の隣にはブロンドの美少女が歩いていたのだ。
「今日はよろしくお願いします! シカ君部長! 探偵さん!」
こうしてロッテを加えて四人に増えたチョコちゃん捜索隊は、正多・ロッテ組、史家・伏見組、と二手に分かれて周辺を探し始めた。
「ネコちゃんいないね」
「もう何日も探してるけど、一度しか遭遇できてないんだ」
「目撃されたのも公園だけなのに、どこに隠れてるんだろうね?」
正多はロッテと情報を整理しながら捜索を続ける。
チョコちゃんは公園で目撃されて以来、数日間に渡り行方不明。
昨日になってやっと遭遇したが、目撃された場所はどちらも勝樺公園だ。当然その周囲にいると考えるべきだが、どういう訳か何度探しても見つからない。
特に公園なんて子供たちがたっぷり数十人はいるし、周囲も通学路なのだから一人ぐらい目撃していてもおかしくないが、誰一人として見ていないという。
迷探偵伏見の見立てによれば、次に遭遇できる確率が高いのは夜の公園だ。
昨日遭遇できたのだから、今夜も同じ場所にいる可能性が高いといのは説明されずとも分かる。
では、昼の間はどこにいるのだろう?
考えながら歩いていると、向こう側から子供がドタドタッと走って来る。その少年は声を上げながら二人に助けを求めてきた。
「兄ちゃんと、外人のお姉ちゃん! 大変だ!」
「キミ、どうしたの?」
ロッテがしゃがんで少年と目線を合わせながら問いかける。
「どうした、また不審者でも出たのか」
「違うよ兄ちゃん! 出たのは幽霊なんだ!」
「は、はぁ? 幽霊? こんな時間に?」
正多は空を見る。
やや西に傾いているとはいえ、太陽はさんさんと輝いていた。
「伏見さんはどう思います。昨日の呪いのなんちゃら~って奴。アレ、どう考えてもチョコちゃんの鈴だと思いませんか」
「んー。普通に考えればそうですよね。でも、何もいなかったんでしょう?」
「それはほら、どこかに隠れているとか。まぁ、案外本当に呪いだったりするかもしれないですけどね。場所的に」
「勝樺公園って、あれ元は戦時中の仮設墓地でしたっけ。北海道戦争で亡くなった人たちの慰霊碑だって銅像に書いてありましたね」
勝樺──つまりは樺太での勝利を記念した公園だ。
元々あの場所は北海道戦争の時にロシア軍の空襲で殺された札幌市民の墓地だった。しかし、核戦争後の23年に自衛隊から武器を引き継いだ民兵「北海道市民軍」がロシア軍を殲滅。24年に樺太へ逆侵攻をかけて征服すると、それを記念して同じ場所に公園を造ったのだ。
「骨は全部、大戦戦没者記念碑の方に移設されたんで今は無いっすけどね。ともかく、真偽を助けるためにも一度行ってみませんか?」
「そうですね、見てみましょうか」
子供に話を聞くため、二人は来た道を戻る。その途中、子供が二、三人集まる路地を見かけて足を止めた。子供たちの中には何故か正多とロッテが混じっていて、全員が神妙な面持ちで何かに耳を傾けている。
「ここが例の呪いの道か?」
「史家、静かに」
「そうだよシカ君。ユーレイの声が聞こえないよ」
呪いの次は幽霊。一体全体どうなってるんだと史家は当惑する。
「幽霊の声ってのはなんなんだ?」
音を立てると怒られるので、できるだけ小さな声で正多に聞いてみた。
「それがさ、ほんとに聞こえてきたんだよ」
「はぁ?」
「幽霊の声じゃなくて、動物の鳴き声。おそらく猫なんじゃないかと」
「ってことは……」
「あぁ。チョコちゃんが隠れてる可能性が高い。問題はその場所が分からないところで、声を頼りに探してたんだ」
ぁぁあ。と微かにそんな音が聞こえた気がした。
「幽霊の声だ!」子供の誰かが叫び、慌てて「しーっ。大きな声だしちゃだめだよっ」とロッテがなだめた。
大きな声で脅かしては、逃げてしまうかもしれないのだ。
捜索隊と子供たちは声のする方に向かう。
しかし、そこに猫の姿は無かった。
「まさか地面の中って訳じゃないだろうし……」
正多は俯いて考える。どこからともなく聞こえてくる鈴の音に、幽霊もとい猫の鳴き声。チョコちゃんはすぐそこにいるのに、目には見えない。
視線を上げて通りを見渡してみる。
そこは民家に挟まれたごく普通の一本道。両脇をコンクリート塀が囲っていて、隠れられる場所は民家の中ぐらい。別の猫が庭から声を上げているのだろうか?
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音が聞こえてきた。すぐ近くだ。
正多たちはすぐに耳を澄ませて、その場所に向かう。
しゃん、しゃん、しゃん。
どうやら移動しており、鈴の音は動き続けている。
やはりコンクリート塀の向こうにいるのではないかと目星を付けるが、鈴の音は民家を何件も横切る形で進んでいって、途中にある開けたアパートの駐車場まで突っ切っていく。
それでもなお猫の姿は見当たらなかった。
鈴の音はさらに進んで行く。
まるで、家と家を仕切る壁を無視して進んでいるようだ。
「ネコは流体なんていうし、どこか細い隙間を通って進んでいるのかなぁ」
ロッテのつぶやきが聞こえてくる。
猫……細い隙間……流体──。
あっ、と正多はそこで閃いた。
「側溝だ。チョコちゃんは側溝の中にいるんじゃないか?」
住宅地の中ならどんな道にでも、雨水を排水するための側溝がある。あの大雪以来、雪も雨も降っていないし、中に隠れて移動することは十分に可能なはずだ。
史家は「それだっ!」とたちまちに飛び出すと、音の進路上にある溝蓋の上に陣取って耳を澄ませる。
しゃん、しゃん、しゃん──と、確かに側溝の中から鈴の音が聞こえてくる。
「あたりだ。この蓋って開くのか?」
正多と史家は二人掛かりで錆び付いた蓋を開けることにしたが、重量がかなりあって苦戦してしまう。しかし、そこに伏見が加わるとギギギ、とあっさり開いた。
ふふーんとどや顔の伏見。
腕っぷしで負けたことにやや不満を持ちつつも、史家は側溝の中を確認すべくデバイスを起動。夜間モードして側溝の中にカメラを向けた。
少しの間、側溝内の動画を取って確認してみる。
すると、暗い側溝の奥では怯えた様子で小さくなる一匹の黒猫が映っていた。
側溝の中に蓋を開けた猫缶を落としてみる。
ややあって、暗がりの中からは「にゃぁ」と鳴き声が聞こえてきた。




