「アポカリプス」
星がそうであるように、光は闇の中でしか輝けない。
【北海道・帯広市──2020年8月】
北海道で戦争が始まってから一年が経った。
あの日の空襲で多くの人が殺され、北海道の半分が占領された。家族や友人、それ以外の人もたくさん殺されたし、多くの敵兵を同じように殺してきた。
今の北海道は嫌になるほど死で満ちている。
でも、あと少し。あと少しで、この戦争は終わる。
『第五十六号攻勢──道東奪還作戦』この大地を取り戻す最終決戦の日だ。
八月八日午前三時。
砲列が一斉に火を噴き、重音が夜を切り裂いた。
戦車がエンジンを唸らせ畑を進む。野菜を履帯で引きつぶし、家畜小屋を車体で突破する。空ではヘリの群れが羽を回して帯広に向かって進む。
北海道市民軍の砲撃観測所が置かれている新嵐山陣地。
山の中腹に掘削された塹壕からは、広大な十勝平野に伸びる道東戦線が一望できた。戦車の波、歩兵の渦、砲弾の雨。
ここからは動く全てがミニチュアのように見える。
一番目立つのは照明弾に照らされていている帯広市の市街地で、黒煙が狼煙のように空へと伸びていた。
ヒュー。
風を切る砲弾の音がして反射的に塹壕の中で身を縮めた。
連続した地鳴りのような音がして、全身に大太鼓のような衝撃が響いてくる。
雷鳴のような音が耳元で響いて、キーンと耳鳴りに消されてそれ以外は何も聞こえない。
横を見てみると、隣の塹壕が丸ごと消し飛んで、大きなクレーターに変わっていた。続けて、ボンと音を立てて山頂にあった観測所が吹き飛ぶ。ぱらぱらと土砂が降ってきて、空からは土に混じって千切れた腕が落ちてきた。
《ノーターワン。こちら、ハウンド02。支援砲撃を要請する。オクレ》
雑音のひどい無線機から声が聞こえる。イヤホン越しに耳元から聞こえてくるが、耳鳴りのせいでずっと遠くの声に聞こえた。観測所がなければ重砲を撃つことができない。他の観測所も破壊されているようで、無線機からはこちらに何度も呼び掛ける声が聞こえた。
「ごほっ、おい!」
やっと耳鳴りが治ったと思った矢先、今度は怒鳴り声が入って来た。
自衛官が土の中から出てくる。その様子はまるで墓から出てくるゾンビみたい。
というか、ほぼゾンビだった。
顔は血まみれで、頬の肉が切り裂かれてだらりと垂れている。
「上の様子を見てこい! お前が観測しろ!」
その自衛官は血を吐きながら短く命令してくる。断るわけにもいかないので、塹壕の中に落っこちていた測距儀を手にすると山を登り始めた。
ヒュー、ヒュー、ヒュー。
またあの音がして、砲弾が降りそそいだ。小さく身を伏せて、当たらないことを祈る。直後、麓の方が壮大に爆発した。振り返って塹壕を見てみると、そこにはもうむき出しの黒い土しか残っていなかった。
どこにいても殺される。匍匐の状態で文字通り必死に上り続ける。そうしてたどり着いた頂上もひどい有様で、思わず目を背けたくなった。
砲弾が直撃した跡には、誰のものかも分からない内臓や体の破片が散らばっていて、足元は血で緩んで泥のようになっていた。
うめき声で生存者に気が付く。訓練所から一緒だった永山のおじさんだった。
「大丈夫ですか」
「おまえ、末広のガキか。助けに来てくれたのか……いや、観測か。そうか。帯広はあっちだ」
わきに抱えた測距義を見て男はすぐに察したようだった。彼は右手で帯広の方を示そうとしたが、そこで自分の右腕の肘から先が無い事に気が付き、左手で指をさす。男の右肩を縛って止血すると、クレーターの端に測距義を置いて覗き込んだ。
「やったことあるのか? おまえ無線手だろ」
「訓練で一回だけ……」
「陸自が進軍してる、誤射すりゃ大惨事だ。お前は無線をやれ」
そういうと男は押しのけて、代わりに測距義を覗く。
「ん、なんだ、あれ……まさか!」
無線を調整していると男の叫び声が聞こえてきて、とっさに振り向く。
そこには、澄み切った夜空に無数ともいえる光の線が走っていた。
何本も、何本も。まるで流れ星のように漆黒の夜空を照らしながら進んでいる。そのうち一本の方向がゆっくりと進路を変えて、こちらに落ちてくるのが見えた。
「だ、弾道ミサイル!」
「バカ! 伏せろ!」
体が勢いよく押し倒される。
直後、地震のような揺れが体を襲った。低いうなり声にも似た轟音が辺りを包み込む。大地が激しく揺れ、熱せられた爆風が吹き荒れる。
夜空が真昼のように明るくなるのが見えて、とっさに目をつぶった。
刹那、爆心地はすべて融解した。
そこから押し出された摂氏三千度の空気が、周辺のありとあらゆる物を燃やし尽くす。
人も、ビルも、戦車も。大樹や大地でさえも例外ではない。
森の木々は軽々しなって炭になる。
地表は埃のように飛ばされて、草原は全てめくれ上がって下層をむき出しにする。天高く上がった火球は、雲をはじいて空に穴を穿つ。
意識がはっきりしたのは、それから数分か、数十分後のことだった。巻き上がった土砂が雨のように降りそそいでいて、体は半分ほど土に埋まっていた。
辺りはパチパチと焦げるような臭いと、息が苦しいほどの熱気に包まれていて、オーブンか暖炉の中にいるのではないかと錯覚してしまいそうになる。
目は見えているが、耳がよく聞こえず、またあのキーンと甲高い耳鳴りだけが聞こえる。覆いかぶさってくれた男は、もうピクリとも動かなかった。
状況を確認するために、立ち上がって見渡す。
その瞬間、叫び出しそうになった。
世界が、生命の存在しない地獄と化していた。
地は赤黒く轟々と燃え盛り、焚火のように辺りを照らし出している。夜空の端、地平の先が黄昏のように赤く染まっている。
そして……大きなキノコ雲が空に向かって伸びていた。